第14話 眞知田佳織②

九郎を振ってから、GW中も私は羽目田先輩と毎日ラブラブだった。

クラスではカーストのトップとして、部活では部長の彼女として順風満帆な学生生活を確立させた。勿論、部活が終わった後は、ホテルで、先輩の家で「そういう事」もした。

そんな事をしながら先輩は色々な事を教えてくれた。今までの私の考え方や価値観は間違っていたんだと先輩は教えてくれた。

その中でも初めて先輩と一つになったときの事はよく思い出す。

「―――いいかい、俺や君みたいな優れている人間はそれ以外の奴を好きにしていいんだ」

「私が、優れている…」

「勿論。一年でこれだけ可愛いのは佳織ぐらいだ。それにこれから俺と一緒にいればもっと垢ぬけて可愛くなれるぜ。」

そう言って先輩は、優れた人間…“上級”な人間はそれ以外の生殺与奪を自由に出来るのだと教えてくれた。

「所詮この世は弱肉強食。強いやつが食らい、弱ければ食われるんだ」

だから弱い奴は利用すればいいし、損得を優先して動けばいいと。そう言う先輩の考えは私の意見と完璧に一致していた。見た目が綺麗になれば皆私のところに寄ってきた。やっぱり“持つ者”は“持たざる者”を支配していいんだと。持たざる者…家畜に神はいないッ!!

学校でもトップクラスの人気イケメンという冠を手に入れた私は、“持つ者”としてふるまっていいんだと、そう確信したのだった。

手駒を増やし、敵になりうるものは懐柔し、駄目なら潰す。それが私の、シンプルな行動方針となった。

――そしてそれから私はクラスのクイーンビーとして、クラスの中でも順調に自分の地位を確立していったのだ。


だがそんな私の顔を潰す許せない女が現れた。―――大垣リナだ。

同じ中学から進学してきたギャルで、派手な金髪と馬鹿みたいにデカい胸をしたアバズレビッチだ。着崩したシャツは胸元を開けていて男を誘惑している、尻軽女ビッチ。そのくせ、他の女子とつるまず一匹狼を気取っていつも一人で居たのだが…ある日、がらりと雰囲気が変わった。私が棄てた男…九郎に向かって、眩しい笑顔を向けるようになったのだ。そんな大垣に、取り巻きの男子達が見惚れていてを見逃さなかった。私じゃなきゃ見逃しちゃうね。

…このまま放置したら、私の邪魔になるかもしれない。ならば早々にこちらのグループに取り込んでしまうのがいいだろう、と私は考えた。

取り巻きの中でも、特に大垣に対して鼻の下を伸ばしていた小島をけしかけて、お昼を一緒に食べるように誘わせた。

…だが大垣は、あの女は私の誘いを断った。挙句にあの冴えない九郎と昼食に行くなんて…完全に私を舐めてる。私の面子を潰すなんて…許せない。いずれ必ず、この落とし前はつけさせてもらうと心に誓った。


そしてその日の午後はクラス合同授業でクラス対抗サッカーだった。

…私はクラスの頂点らしく完璧な布陣を考え、指揮をした…筈だった。

だというのに情けない男子達は、相手のクラスにいいようにされて前半戦だけで5点もの点差をつけられて、本当にありえない光景だった。

くやしいくやしいくやしいくやしい、そう歯噛みしていると九郎が声をかけてきた。

―――そうして九郎が責任を負うという事で後半戦は九郎の提案に乗った。勝てたら幸い、負けても九郎が試合を滅茶苦茶にしたから避難も誹りも九郎に行くなら私は損をしない、と思っていた。。

だがここでも計算外が起こった。私が選手から外した奴らが活躍して、点差を詰めていくのを見て―――クラスの連中や相手のクラスの奴らまでもが、フィールドに立つ九郎達に黄色い声をあげだしたのだ。

…なにこれ。私が、できない奴みたいに陰口を言われている。そして、九郎達がまるでヒーローのように持て囃されている。こんなの絶対あり得ない。だって九郎は私とは不釣り合いだと私が切り捨てた奴なのに。こんな事あってはいけないのに。


その日のサッカーが大盛り上がりだったので、放課後は2クラス合同で打ち上げをすることになりカラオケに来たけど、やっぱりイライラがおさまらない。

九郎のおかげで逆転したみたいな雰囲気も、まるで私がダメだといわんばかりの空気も許せない。それに私の取り巻きの中では顔がいい方の藤堂と福田が私を置いて先にカラオケにいったのも輪をかけた。グループのトップの私を差し置いて先に行く?ありえない。

「…あぁもう!」

腹立ちまぎれに机を蹴ったら、机の上のグラスが落下して音を立てた。

「ちょっと佳織ぃ!」

近くに座っていた取り巻きがそんな声をあげた。


「どうした、何かあったのか?」


―――そう言って部屋に入ってきたのは、顔をみたくもない気分の張本人、九郎と…藤堂だった。助けてといってもないのにお節介を焼いて周るその性格を中学までの私は格好良いと勘違いしていたが…今の私から見ればお呼びでないのに首を突っ込むウザい奴でしかない。それに藤堂も、お前なんで九郎と一緒にいるの?知らない間に九郎に尻尾振ってたなんて。私が捨てた男なのに?…ばかばかしい。そんな私のおさがりのどこがいいのか理解に苦しむわ。2人が並んでいる姿を見るとなんだかムカムカして、さらに気分が悪くなった。

その後はむしゃくしゃして腹の中のいらだちを九郎にぶつけたが、ことごとく九郎に言い返されてしまった。そのくせ最後には部屋の空気を明るく戻して部屋を出ていった。なんなのよ。これじゃ私が馬鹿みたいじゃない…!


結局イライラがおさまらず気分ものらなかったので、先に帰ると言って部屋を出た。

そうして入り口に歩いている途中、多目的トイレから女子が足早にでてきて私とは反対方向へ歩き去って行った。

こちらには気づかなかったようだけど…あれは確かチア服で、幼馴染の彼氏を応援していた藤島ほのか…だったっけ。学年の女子の中でランクの高そうな女子はマークしていたが、あいつは幼馴染の彼氏にべったりって事で警戒していなかった。

しかしなんで多目的トイレから?お手洗いなら1階にも2階にも女子トイレがあるはずだけど…。柄にもなくそんな事を考えて少し立ち止まっていたからだろうか。

「おや…?」

さっきトイレから出てきた藤島と時間をずらすようにして、多目的トイレから店員が出てきた。セダックスの制服を着てはいるが、妙に顔の整ったイケメンだ。

それが何でわざわざ藤島と多目的トイレに…と思ったところで合点がいった。

―――藤島ほのか、他の男と浮気してるのか。

くくく、と笑みが零れた。しょうちゃんに一途で純情な理想の彼女?学年きっての清純派美少女幼馴染?なんだ、蓋を開けたらイケメン相手にお盛んなビッチじゃない。

「…君、何が面白いんだい?」

イケメンが私に、興味深そうに話しかけてきた。

「やっぱり男も女も一緒にいた時間とか思い出なんかよりも見た目がモノをいうなって思っただけ」

そんな私の言葉目を開いて驚いた様子を見せた店員だが暫くして、

「へぇ…君面白いね」

そう言いながらにやり、と笑った。

「…ん?あんたみた事ある顔ね。たしかモデルやってる、多羅篠(たらしの)…多羅篠世志男(たらしのよしお)。よしくんとか言われてる奴じゃん」

「エグザクトリィ。知っていてくれたなんて光栄だね。あ、サインいるかい?」

「いらない」

「それは残念。…ちなみに君は彼女――藤島ほのかちゃんを知ってるようだけど?」

「同じ学年だからね、名前としょうちゃんって幼馴染の彼氏がいることぐらいはね」

別に興味もないのでつまらないと思いながら質問に返す。

「それじゃあしょうちゃんにほのかちゃんと俺の事を言うのかい?」

すぅっ、と目を細めた多羅篠だが、その質問に関する私の答えは決まっている。

「いいえ?興味もないもの。藤島が他の男とシてても、しょうちゃんがそれを知らずに純情な幼馴染の恋人を信じて馬鹿みたいに騙されようが―――私には関係ないし」

中学までの私だったらきっと彼氏に教えなきゃとか慌てたかもしれない。でもそんな事しても私には何のメリットもないんだからやる必要がないと今の私ならわかっている。

ここで藤島の事をしょうちゃんに教えてやって…何か私の得になる?いいえ、ならない。

しょうちゃんはこのままズルズル騙されることがなくなって救われるかもしれないけどそんな労力無駄だし、わざわざ他人に関わる事もないから。

そもそも多羅篠のほうがアイドルでモデルでイケメンなんだからそっちに靡くのは当然の事。冴えない幼馴染なんて選ぶ方がどうかしてる。そう言った意味では私は藤島の判断をむしろ高く評価するし支持する。あんた、正しいよと。

「ハ、ハハハ!いいね、君面白いよ。ほのかちゃんを使って俺のコレクションに加える価値がありそうな“Bクラス”以上の女子を一部屋にまとめたはいいけど…銀髪野郎が目を光らせていて手を出せなくてね。何の収穫もなしかと思ってたが、これはとんだ掘り出し物だ」

そう言って多羅篠は私にスマホを差し出してきた。

「君のような子はタイプじゃないから“そういう”関係になるつもりはないけど…その濁った眼はいいね。君自身は面白そうだから、何か君が俺の力を必要にしたとき…面白そうなら力を貸してあげるよ」

そう言って差し出されたメッセージの交換画面。何様?という物言いをしてくれているが、イケメン無罪って言葉もあるし見逃してやる。

「…ふうん」

得体が知れない、というかTVや雑誌で見るのとは随分印象が違う…顔はいいけどゲロ以下の匂いがプンプンするような男だと思ったが、有名人にコネが出来るのは私には得だ。

「…まぁ、私にとって損はなさそうな話ね」

「得しかないと思うよ?改めて俺は多羅篠世志男。よしくんってフレンドリーによんでくれてもいいよ」

「遠慮しとくわ多羅篠。私は眞知田。眞知田佳織」

「それは残念、そして宜しくかおりん。―――君が何か、俺を愉しませるようなことを起こしてくれるのを期待して待ってるよ」

そう言って多羅篠は、くっくっくと喉を鳴らして笑っていた。

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