第15話 仁奈先生の個人授業と、兄フラなる謎の単語

カウンターに座って暫く待っていた後、仁奈さんが入れてくれたコーヒーを一口呑む。あたたかくて、美味しい。

「美味しいです」

「良かった。…父さんみたいにはいかないけどね。私もそこそこ自信あるんだ」

そう言ってにこっと笑う仁奈さん。

「今更ですけどいいんでか勝手にはいっちゃって。あ、お代は払います」

「いーのいーの。この状況で野暮なこと言うほど父さん小さくないし」

そう言いながら仁奈さんが俺の隣に座った。

「…幼馴染の子と何かあったの?」

見抜かれていた?まだ何も言ってないのに?

「え、ええまぁ…いや、直接何かあったというわけではないんですけど」

「ん。焦らなくていいから聞かせて?」

そういって穏やかな顔で促してくる仁奈さんに、何故か不思議と安心してさっきあったことをゆっくりと話していく。それを静かに聞いてくれる仁奈さん。

「なるほどねぇ…」


「そうね。まず結論から先にいうと、九郎くんからしたらショックかもしれないけれど別れた彼氏に関わるものを捨てる女の子ってのはいるわよ。大切に保管しておく人もいれば、すっぱり捨てて切り替える人もいる。これは人それぞれね」

確かに多少なりともショックを受けたけれどもそう言って普通な事、と言ってもらえると納得できて気分も随分落ち着いた。

「流石に部屋でその…そういう事をするところに遭遇してしまった、っていうのはお互いタイミングがわるかったかな、と言うしかないと思う。でも誰かと付き合ってたらそう言う事も起きるものだと思うし、…犬にでも噛まれたと思って忘れちゃいなさい」

たはは、と言ってフォローしてくれる仁奈さん。

「ありがとうございます…自分でも、いざそういう場面に直面するとやっぱり動転する気持ちがあったみたいですが…そうやって言ってもらえると、気が楽になります」

「そう、それなら良かったわ。辛い事や悲しい事は一人で内にため込んじゃ駄目よ。そうしてると、いつか…壊れちゃうから」

そう言って外を見ながら、寂しそうに言う仁奈さん。…何かあったのですか、と気になったが、はたして不用意に聞いていいものかどうかがわからず、今の俺では黙ってその横顔を見つめるしかできなかった。


「…そうだ、九郎君。折角だからお姉さんが勉強、みてあげよっか」

そう言って、チャキッ、と眼鏡を取り出しかける仁奈さん。

バタバタしてあまり仁奈さんの服をみれていなかったが、おしゃれなシャツとカーディガンの山を形作るのはリナに負けず劣らず…というより恐らくリナ以上の胸部装甲。今日はタイトスカートにヒールというスタイルもあって、先生っぽい感じがする。

「ふふっ。―――えっちで眼鏡なお姉さん家庭教師はお好きかしら?」

「テスト前で勉強教えてもらえるのは助かります」

「んもぉ、九郎君のいけずぅ!」

そういってふんす!と怒るニナさんだったが、お言葉にあまえさせてもらうことにした。教科書やノートを広げて、一人でやっていて気になったところなどを聞いていくとスラスラと教えてくれる。

「やっぱり九郎君、勉強も出来るのね。聞かれてるところも本当に難しいところや理解しにくいところばかりだわ」

そんな事を言う仁奈さんだが、仁奈さんこそ説明が端的でわかりやすく、こちらの疑問点を把握して理解しやすいように教えてくれる。…仁奈さんこそすごく出来る人の気がする。

「でもこれだけ出来るなら中学の頃とかも成績凄く良かったんじゃない?入学試験もこれならトップとってたりしそうなものだけど」

中学の頃…と思い出すと、殆ど佳織につきっきりだった。授業の復習は毎日やるが、テストが近くなると自分の勉強とは別で佳織が詰まっている所をチェックして教えたり、佳織の理解度が低いところを説明できるように自分がわかっているところでも何度も読み直して佳織に教えていた。このあたりは、佳織のおばさんが「佳織の勉強も見てあげて」と頼んでくるのもあり、自分の勉強の時間を減らして佳織のために使っていたのだ。

「中学の時は幼馴染について勉強してたりしましたね、そういえば。今回の中間は自分のためにずっと勉強できてたから、その分理解度がいつもより上がったのかもしれないです」

そんな風に思案しながら答えると、仁奈さんは成程…となにか得心したような、納得したような様子を見せた。


「…ふぅん。それを彼女の方がわかってたらいいんだけどね」


なんとなく、あきれたようにそんな事を言う仁奈さんに首をかしげるが、「いーのいーの、九郎君には関係ない話だから」と言って話を終わらせてしまう仁奈さん。

――その後も、仁奈さんに見てもらった勉強はすごく捗り、テスト範囲までほぼ全部教えてもらえた。疑問点や不安なところがなくなりもう明日にでもテストが受けれるぞ、というぐらいに仕上がったのを実感した。仁奈さん、本当に先生みたいだと思い感謝を伝えると、「中間テスト後のデートでお返ししてくれればいいよ」

そう言ってウインクと共に見送ってくれた。…うん、このお礼も兼ねてその際にはしっかりエスコートしようと固く心に誓った。


帰宅すると両親も観月も帰ってきていた。リビングで父さんと母さんにただいまを言った後、母さんにご飯が出来たので観月を呼んできてほしいと言われた。トントントンと足音を鳴らしながら階段をあがり、観月の部屋の前でノックをする。

「おーい、ただいまー?母さんが晩御飯できたってー」

『フンギャロ!?』

なんか観月の声だけどいつもと調子が違う…アニメ声?な声が聞こえた。

『ん、いや今のは違って!ギエピー!』

「ギエピー?漫画版の桃色生命体がどうした」

『ち、違うッピ!「あああえっとすぐ行くからー!」ということであのその今日はここまで!』

何だろう、観月がいつになくテンパっているというか混乱している様子。

と、観月の部屋のドアがキィィ、と音を立てて開いた。ドアがもともと半開きだったのだろう。


『ふニャァァ!!』


別に部屋の中を見るつもりもなかったが、ドアが開いたので部屋の中が見えてしまった。

「おっとすまん」

観月も年頃の女の子だ、兄に部屋の中等見られたくもないだろう。咄嗟に手で視界を遮りながら顔をそむける。…一瞬、部屋の中では…PCのモニタにケモノミミか何かの可愛らしい女の子のイラストが表示されている画面と、ヘッドセットマイクを装着している観月がいた。

画面のチャットウインドウか何かに「親フラ?」「兄フラ?」「イケボ兄フラだ!」とかメッセージがチラッと見えた。親フラ?兄フラ?何かの単語だろうか。

「ふ、ふー、セーフ!」

何か、わたわたと画面を閉じたりしているようだがよくわからないな。

「あ、もう大丈夫だから!部屋の中みても!え、えへっ☆」

そう言う観月だが、なんだかとっても焦った様子に見えた。気のせいかな?まぁ、観月も年頃の女の子だし兄にいえない事も色々あるだろう。お兄ちゃんとしては少し寂しい気もするが…何かあったら気兼ねなく俺を頼ってほしいと思う。可愛い妹だからね。

「そ、そうか?なんだかよくわからないが…晩御飯が出来たから母さんが呼んでるぞ。俺も鞄をおいたら降りていくつもりだけど一緒に行くか?」

「あ―――うんっ!お兄ちゃんと一緒にいくー♪」

途端に上機嫌になり、腕を組んでくる観月。なんだ、こういう所はまだまだ子供だなとほほえましい気持ちになる。

「うむ…親フラ?か兄フラ?かわからないが…観月がハマているものがあるなら一緒にするか」

「ビェェェェ?!見てたの?!みえたの!?忘れて!全部忘れてー!!だめぇぇぇ!」

途端に涙目になる観月。ど、どうした一体、と戸惑うが観月がそんなに悲しむなら…触れないようにしておこう、そうしよう。

そしてその日のご飯は観月の好きな母さん特製キノコノパスタだったが、観月はどんよりと虚ろな目をしていた。父さんや母さん、俺が声をかけても「あは、あははー」と笑うだけ。観月は大丈夫と言っていたが…本当に大丈夫なのか?誰か相談できる子がいればいいんだけどなぁ…そうだ、早織ちゃんに聞いてみるとか?

そんな事を考えながら、寝る前に今日の授業と、仁奈さんに教えてもらったことを復習するのだった。

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