第17話 XYZの呼ぶ声に

次の日は学校とバイトを休んで、薬を飲んで寝ていた。頭痛が酷いし熱もあったので薬を飲んだら気づけば夕方になっていたのだ。

スマホを見るとクラスの皆からメッセージが届いていた。藤堂は「昨日はありがとう。風邪大丈夫?」という心配をするシンプルなものだったり、福田からは「安静にするにゃー。次からは遠慮せずお泊りしていくといいにぃ。お布団でだっこしてあっためてあげるにゃあ」というなんて返信すればいいのか悩むようなものまで。稲架上からは「何かいるものがあれば持っていくぞ」というメッセージが来ていたし、花味や田草、男子達からもそれぞれに心配するメッセージが届いていた。皆に心配かけて悪いことしたな、と思いつつゆっくりと返信を打っているとスマホがメッセージの着信音を鳴らした。

画面に表示された発信者は―――大垣リナ。

「もしもし、九郎?あ、…電話かけちゃったけど今大丈夫?起こしちゃった?」

「いや丁度起きたところだよ。おかげさまでぼちぼち元気してる」

そんな俺の言葉にどこか安堵した様子のリナ。

「そっか…ごめん、私のせいで風邪ひかせちゃったなって思って…」

そんな沈んだ声のリナに、努めて明るい声色を出して返す。

「いや、リナのせいじゃない。俺が迂闊だっただけだからリナが気にする必要はないよ」

電話の奥で、あめりちゃんの声がする。「くろうおにいちゃんおかぜひいたのー?」と。

そんなあめりちゃんを宥めているのか、「ちょっと待ってね」と言って保留になり、暫くしてから再び通話が再開する。

「ごめん、あめりに聞こえちゃって、あめりもすっごく心配してた」

「おっと、それはいけない。九郎お兄ちゃんはバカで風邪をひかないから平気だって言っておいてくれ」

「…何それ。あはは、九郎ってあめりには甘いよね」

「子供には優しくなるもんだろ」

そんな事を言って笑っていると、リナの声色も明るくなった気がした。

「ごめんね、急に電話して。…心配で、なんだか急に声が聴きたくなって」

「俺もリナの声が聞けてよかったよ。…明日には学校行けると思うし、週明けの中間テスト頑張ろうな」

そう言って電話を切り、届いていたメッセージにゆっくり返信をしていく。

それからしばらくしたら随分と焦った声のリナから再び着信がかかってきた。

電話を取ると、何やらざぁざぁという音と荒い息のリナだった。

「どうしよう、九郎の方にあめり行ってない?!」

「…何?!あ、いや来てないぞ…というかあめりちゃんは俺の家知らないだろ。あめりちゃんになにかあったのか?どうした?」

「そ、そうだよね、ごめん、そうだ…えっとえっと、ごめんね」

「―――待て電話を切るな。どういう事か説明をしてくれあと今そこはどこだ?」

ざぁざぁという雨の音、鳩の時報の音…この時報の尾とは商店街の通りか?

「あめりが家からいなくなっちゃってて、『くろうおにいちゃんがげんきになりますように』って書置きがあったの。あの子、私が話してる最中にこっそり出かけたみたいで!えっと、それで、あめりの長靴と傘が無くなってて…お父さんもお母さんも今日は仕事遅くて、2人とも電話繋がらなくて、えっと、えっと」

涙声…泣いているのだろう、リナの言葉が支離滅裂になっている。

「警察には連絡したのか?」

「あっ、警察!そ、そうだね、警察にも連絡しなきゃ」

ティウンティウンティウン…というレトロな音が大きくて聞き取りにくい。

「…わかった。とにかく落ち着け、焦るな。今お前がテンパってもどうしようもない。いいな?」

「あ、えっと、う、うん。あ、電話、ごめんね、急に、しんどいのに」

「それはいい。…待ってろすぐ行く」

「駄目、だって九郎風邪ひいてるじゃない、大丈夫だから!安静にしてて!」

そう言ってリナは電話を切った。

いやいやこんな話聞いたら…寝てる場合じゃねぇ!と飛び起きて、30秒で支度した。寝癖なんかはどうせ雨でぬれるから治るだろ。無いよりましと雨避けに雨合羽を着込み、ヘルメットを2つ持つ。

良く寝たおかげで身体は随分と軽くなったが、一応液体の風邪薬をぐいっと一本飲んでいく。高校の通学は徒歩だったので最近は使わなくなったが、丁度先週末にメンテナンスをして空気も入れておいた俺の「流星号(ママチャリ)」を引っ張り出す。ピンクのボディに、目のマークをペイントした俺のカスタムママチャリだ。

警察に電話なりすればはパトロールなりしながら探してくれているだろう。リナがそれをしてそれで見つかればよいが…と思いつつ、寝起き病み上がりの頭で情報を拾いながら考える。まず最近リナが話していたことを思い出し、今俺が風邪をひいていた事、あめりちゃんは俺の家を知らないから俺の家に来ることが目的ではない、という事を考えると恐らくあめりちゃんがいそうな場所は無いかと考える。…一つ、可能性がありそうな場所があるが、それをリナに伝えようと思って電話をどれだけ鳴らしても出ない。

スマホ見る余裕もないくらい追い詰められてるのだろうか。尚更放っておけねえよ。

鳩の時報の音が聞こえたという事は商店街通りの東にある時計だ。そこから最後に聞こえたティウンティウンティウンのbit音は恐らく商店街通りの西のレトロゲームばかり扱ってるレゲー堂。リナは商店街通りを東から西に歩いているとすれば、先回りして商店街の西側から進んでいけばリナと鉢合わせるだろう、5分もかからない。

だから今俺に出来る事は全力で、安全に、走る事。

走れ流星号!雨の中無事故無違反で全速前進DA!


うおおおおおっと気合と共に安全運転で進む。カッパもめくれて全身すでにびしゃびしゃだがもうこれはしょうがない。風邪をひいても明日の俺が頑張るだろう!!


そうして道を走って行くと、リナの姿を見つけた。疲れ切っているのか、息を切らせているのか。道端に座り込んで…泣いてる姿。近くには傘が落ちており、雨にうたれるままに身体を震わせている。雨の中で傘を差さずに踊る人間がいてもいい。自由とはそういうことだ―――なんていう言葉あるけどこれは違うんだろう?だから…俺はその横で停まるように、車体を横にして滑らせながら自転車を急停車させる。土煙の代わりに水をはね上げながらスライドブレーキ。

それに気づき、顔を上げる―――リナ。

「くろぉ…!?」

その頬を流れるのは、雨だけじゃないだろう。真っ赤に泣きはらした目が痛々しい。でもそんなのリナには似合わない。だから俺が言うべき言葉は決まってる。


「待たせたな。俺を呼んだのは君だろ?」


―――持ってきたヘルメットを渡し、泣きじゃくっていたリナをママチャリの後ろにのせて走る。リナに警察に電話してもらいつつ、俺は心当たりがある場所へと自転車を走らせる。

「警察の人もパトロールしてくれるって…これ、どこ向かってるの九郎?」

「―――河川敷だ!!」

そんな俺の言葉に「えっ」と息をのむリナ。

「リナこの間河川敷であめりちゃんが四葉のクローバーみつけたっていってただろ。俺に関わる事で、俺に絵に向かったんじゃないなら…もしかして俺が風邪ひいてること聞いてクローバーを取りに行ったんじゃないか?」

「ま、まさかそんな」

「相手はまだ6歳の子供だ、何をやってもおかしくない。子供ってそういうもんだろ!このあたりでシロツメクサがはえてる河川敷ってこの先の橋の下んトコだがあってるか?!」

「あってる!そこで見つけたの!」

「よっしゃ行くぞオラァァァァァァッ」

足も千切れろとばかりに川沿いの堤防の上を走って行く。あたりは雨天もあってかなり暗くなってきたが教会の十字架が丁度目印になるのが助かる。これも神のご加護ってヤツかな。

この先の箸は旧道の道で人通りが少ない。スケボーやってる人たちが練習場にしてても誰も文句を言わないようなところだが、そんな所にいたら早期に発見されることもない。

「まにあええぇぇぇぇぇっ!!」

タンクをまもる小隊長の如く絶叫しながら走る、走る。

「いた、あそこ!!黄色いカッパ、あめりの!!」

既に濁流に分断された中州に、取り残されている黄色いカッパの小さな姿があった。

「クソッ、最悪だ」

「あめりー!!」

叫びながら堤防を駆け下りようとしたリナを抱えて止める。

「九郎?!」

「リナじゃ危険だ、俺が行く。リナは警察にここを電話してくれ、救急と消防にも」

「えっ?!」

「増水して分断されてるけど俺に考えがある。まぁみておれ」

そういってリナの腰をばん、と叩く。

「…俺は不可能を可能にする男なんだぜ」

「それ盾になって爆死しちゃうじゃない!!」

リナが堤防で叫んでいるが、まぁ続編で生きてたし大丈夫だろ。


…とはいえそもそもこんな危ない事するのは正気じゃないし、やるべきじゃない。

大人の救けを待つのが正解だが―――川が増水があまりに早すぎる。5分か?10分か?確実に持たない、あと数分もすれば中州は川に沈んであめりちゃんは川に流される。(表現が冗長かと)

なんとかなるなるなんとかさんじゃねぇ。なんとかするんだよ!!!!

俺は流星号にまたがり堤防を突き進み、そのまま中州へとジャンプして中州ギリギリに着地できた。

「あめりちゃぁぁぁーん」

「ぐろ゛う゛お゛に゛ぃ゛ぢゃーん」

あめりちゃんが号泣しながら抱き着いてくる、怖かったろうに、心細かっただろうに。

「もう大丈夫だ。…俺が来た!」

あめりちゃんを抱きかかえながらリナに手を振る。

「あめりちゃん確保ーー!!」

そういいながら俺はあめりちゃんをかかえつつ、スケボーの練習に使われているアールが向かい合わせになっているところまで自転車を引いていく。

中州自体は陸地と切り離されているが、河川敷に設置されたアール2基は幸いにもこの中州用に取り残されている。

そしてアールの先…アールから距離にして3メートル、高さにして4メートルほどの差に橋がある。

…やるしかねえ、跳躍初期値でダイスロールってところか。

ちらり、と灯りに照らされた教会の十字架が見えた。

「頼むぜ神様…!!」

そんな俺の様子に、ひしっとしがみついて泣きながら謝るあめりちゃん。

「くろうおにいちゃん、ごめんなさい。あめりが、ここにきたから…」

「いいさ、あとで一緒に大人に叱られような」

そういってあめりちゃんを抱きかかえる。ママチャリのカゴに巻いてあるヒモで、あめりちゃんの身体と俺の身体をぐるぐる巻いて縛る。

「あめりちゃん、一応しばったけどしっかりしがみついていてくれよ」

「うん」

「九郎ー!!警察や消防、救急にもここを連絡したよー!」

…そうか。でもやっぱり間に合わない。アールの底が水没するまであと少しだ。このアールは鉄板曲げただけの簡易的な物なので上に乗るところはないが加速には使えるだろう。

俺は流星号に跨り、アールを往復しながら加速する。

「きゃああああああああっ!」

「下噛むからお口チャックだあめりちゃん」

「んーーーーーーーーーー!!」

いい子だ。

「あめりー、九郎ー!!」

橋げたに回ったリナが何かを察したのか叫んでいる。

「テンテンテン、テテテテン」

歌のリズムを口ずさみ、自分を鼓舞しながらアールの上をぐるぐるまわりながら流星号で加速し続ける。雨に濡れた鉄板は気を緩めると滑って大惨事になりそうなので気合を入れる。水かさがあがってきてアールの底がいよいよ水に沈み始めた。加速も十分、ここが限界だろう。

「ゲッワイエンターフ!!」

思い切り流星号で加速してのジャンプ。

――――そして、頂点まできたところで流星号を踏み台にしてジャンプする。

教会で教えてもらっていることを思い出せ。発勁!

ペダルを強く踏み、次いでサドルを踏んで少しでも高く、上へ、上へ。

でっていう―――そんな流星号の最後の声が聞こえた気がした。濁流に落ちていく流星号。すまん…。お前を犠牲にしてしまった…。

「ぬおあああああああっ!!」

あと少しで橋げたに届く、届かない・せめてひもを外してあめりちゃんだけでも橋げたに投げ―――


「無茶をしたな少年。―――だがよく頑張った」


橋の欄干を片手で掴みながらから身を乗り出したカソック姿の男の人が、俺が宙に伸ばした腕を掴んだ。片手だけで俺とあめりちゃんの体重をしっかりと支えて―――持ち上げている。

「中田さん!!」

「フッ、何。夜になり教会の明かりをつけて回っていたら、何やら橋に誰かがいるのが見えてね。見知った顔ではないかと気になって来たのだが―――これも神の御導きというやつだろう」

そう言いながら橋の欄干の向こうに下ろす中田神父。

「た、助かりました!!死ぬかと!!」

「フフフッ、それは君の日頃の行いの賜物だろう。そちらの子供も、大丈夫かな?」

傘を差さず雨の中にいるのに、一切ぶれることのない体幹。凄いなと思うと同時に一期一会に感謝する。やっぱり神様っているのかもしれない…。

「ごめんなさあああい、ごめんなさああああああああああいい!!」

そういってわんわんなくあめりちゃんを、「…あめり、このバカッ!!」とおこりながらも、同じように泣きながら抱きしめている。姉妹が抱き合って泣くを、俺は座り込みながら見ていた。ともかく、みんな助かってよかった。

「ふむ。生還を喜んでいるところをさえぎるようだが、年長者として君たちに言わせてもらうが随分と無茶をした。このような事は、安易にするものではない。もしそれでそこの子供だけでなく、君たちまでも命を落としていたかもしれない」

そう言う中田さんの言葉はもっともで、俺達3人は素直に謝った。

「何、私に謝る必要はない。君たちが今日の行動を糧とし、今後同じことを繰り返さぬようにすればいい」

そんな言葉に、改めて俺は―――恐らくリナもあめりちゃんも、心にしっかりと戒めたことだろう。こんな事、もう2度とやらないし…無理だと思うけど、ともかく無茶をしすぎた。反省して、こういう事はしないようにしようと誓った。


「…あぁ、安心したら力が」

そう言って力が抜けて、地面に倒れ込んでしまう。

「九郎?九郎!!」

「む、いかんな。…熱か」

「くろうおにいちゃん?おにいちゃーん」

救急車の音が聞こえて、リナとあめりちゃんと一緒に救急車にのせられる。

「神のご加護を、少年」

警察や救急隊員や消防への説明はしておく、という中田さんを後に、俺達は救急車で運ばれて行った。

「…ねぇ、しっかりして九郎!」

「頭がボーッとするだけだから大丈夫だって」

ぼんやりする頭でそんな事を言うが、

「でも九郎なんか目が半分トローンとしてるし!ねぇ、九郎死んじゃいやだよぉ」

そう言いながら大粒の涙をこぼし続けるリナ。困ったな、そんな泣き顔なんて見たくないんだけど。

「…僕は死にましぇーん」

「何それ…それじゃプロポーズだよぉ…」

そう言って、涙をぬぐいながら笑うリナの顔を見ながら、俺はゆっくりと降りてくる瞼に意識を手放した。


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※作中のように雨の川に近づいたり入る事は危険です。川に流されます。

九郎君がチートハイスペック人間と強運の持ち主だったから助かっただけなのでくれぐれも雨の前後の川に近づくことはやめましょうね!


そして中間テストでございます

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