第9話 超!エキサイティン!!サッカー(中)

中々納得しなかった佳織だったが、後半のチーム変更を呑ませる事には成功した。決め手となったのは「もし負けたら後半にチーム変更を提案した俺のせいにすればいい」と言う俺の提案だ。

自分の責任じゃなくなるなら、と渋々作戦を呑む佳織。

…うーん。佳織、言葉遣いも立ち居振る舞いもそうだけど変わったよなぁ、なんか…うまく言えないけど。前はあんな子じゃなかったのになんでだろう?もう彼氏でもないし振られた俺がとやかく言う事ではないんだけどさ。


「―――と言うわけで後半はまだ体力が残ってる何人かと、控えの俺達でいく事になった」

前半出てなかったクラスメートたちはマジで??という顔をしてる。

まあサッカー部含めたメンバーでで止められなかったんだからそういう反応になるよねぇ。

「すまんが、皆の命をくれ」

そんな事を言って敬礼すると、「しょうがねーなー」という顔をしながらも皆も敬礼で返してくれた。作戦が三段構えとかじゃなくてごめんな、と思うけどきっちりノってくれるクラスの仲間たち…頑張ろうな!!


「花味と田草はDFに入ってくれ。サッカー部の佐藤も前半から続けてで疲れてると思うけど一緒に頼む。稲架上は俺と一緒に前に出てほしい。」

あと他に見学をしていて体力がある男子陣にはMFをしてもらう。

相手チームも前半出ずっぱりのエース達以外の選手はちょくちょく入れ替えていたが、こちらは前半固定メンバーだったことで疲れていないメンバーを出せるのがここで活きる。

「えぇ?いや俺陰キャだし…運動してないし無理ですよ」

「お前ひとりでやるわけじゃない。俺や佐藤や他の奴らもいる」

花味は試合に出ることに納得していないようだが、筋骨隆々鍛えられた身体に角刈りの漢・田草がそう言って花味を宥めていた。

田草は仕事人って感じがするのと、花味も目の奥に何か…やる男の可能性を感じたので2人で組んでもらう事にしたのだ。…根拠なんてないが、ここは俺の勘による賭け。

「前半フィールドに出ていたクラスの仲間は奮戦していた。―――その頑張りに報いてやりたい」

そう言う田草にやっぱりこいつ見た目はいかついけどいい奴だなと思いつつ、頼んだ、と返す。

「で、稲架上は俺と一緒だ」

「出来る限りのことはするよ」

…この稲架上、なんかキャラ被ってるというか、大人しいふりをしているというか、猫被ってるというかそんな気はするんだよな。

他のクラスメートたちにも作戦を説明しながら、怪我をしないようにしながら頑張ろう、と声をかけあう。


「さて、それじゃ―――楽しんでこーぜ」


そうして始まった後半の試合は前半戦ほど激しくなかった。やはり前半の疲れがあるのか警戒していたメンバーがおとなしい。ただ、俺や稲架上も中々攻めあぐねていた。

「がんばれがんばれしょ・う・ちゃん!

フレー、フレー、しょ・う、ちゃん!

L・O・V・E・しょ・う・ちゃん!」

どこから引っ張ってきたのか、

相手のチームの女子―――藤島ほのかと言うらしい―――がチア姿でGKの彼氏、村正もといしょうちゃんを熱烈に応援しはじめた。2人は幼馴染のバカップルとのこと。

他にも数名の女子がチア姿で応援しているが、お団子頭に眼鏡の女子だけは緩慢な動きでポンポンを振りながら「村正がんばえー」なんていってた。向こうのGKしょうちゃんは随分と人気があるみたいだな。恥ずかしそうだがまんざらでもなさそうなしょうちゃん。

いやぁ、ラブラブだねぇ羨ましいぜしょうちゃん。

…幼馴染を寝取られたばかりの身にはちょっと眩しいね。

「彼女無しの身にバカップルのイチャラブはデバフだな」

「言うな、悲しくなる」

そんな事を言ってきた稲架上に溜息と共に返し、はー、と2人で改めて息の合った溜息をついた。なーんか稲架上とはウマがあうなぁ。


そんな中で相手のゴール前からこちらのゴール前へのロングパスが飛んだ。近くにいた花味が一瞬動こうとしていたように見えたが、走ってくる相手のFWの刷屋におびえて縮こまり動かなかった。

すかさず田草がボールのカットに入り事なきを得たが…そんな田草が、花味の所に歩いていった。

「判官、あれ、あの2人大丈夫か?」

そう言って稲架上が話しかけてくるが…田草の様子を見る限りたぶん大丈夫だろうと成り行きを見守る。

「花味。やる前からできないと怯える必要はない。駄目だっていいんだ、やってみることに価値がある」

「…何なんですかそれ。俺みたいな、こんな陰キャに何かが出来るわけないでしょ」

「そうだな。やっても出来ないかもしれない。だが、全力でやったという思い出と経験は手に入る。あのときああすればよかった、あれをやれていたらと思うよりも、やったけれど駄目だったの方がきっと―――後で振り返って誇れる思い出になる筈だ。たった3年間しかない高校生活だが、その記憶はこれから先、何十年も続く人生に残るものだからな」


そんな田草の言葉を、花味だけでなくフィールドのクラスメイト達も静かに聞いていた。田草の言葉に、フィールドにいるクラスの仲間たちの熱が上がったように感じるのは多分気のせいじゃない。おっさんみたいな顔でおっさんみたいなことを言うが、なかなかどうして田草ってできた奴だと尊敬する。

「花味、俺はさっきいちはやくお前がボールに反応しているのを見た。あれはお前自身の心が今此処にいて何かを感じているからだ。自分を日陰者と卑下する言葉とは違う。―――やろうとするお前の生身の心だ」

そんな言葉に、「それは…」と口を噤む花味。

「今は時間がない。俺は進むが、お前は進んでもいいし下がって俺の合図を待っていてもいい」

「何をするんですか」

「柔道部(デカブツ)には、柔道部(デカブツ)の意地がある。お前もお前に出来る事を頑張ればいい」

そう言って花味の右胸をぽん、と手の甲で叩いた。


「ここが知っている。自分で自分を決められるたった一つの部品だ。なくすなよ」


そう言いつつボールを蹴り―――ドリブルで攻めあがり始める田草。2人のやり取りを見守っていた俺たちも、ここは田草に任せてみようと田草をカバーするように動き出した。本当は1人で突貫なんて褒められたものではないだろう。

それでも花味に何かを伝えるために進む田草を、あんなやり取りを聞かされて…止めるような無粋な事する奴いる!?

…いねぇよなぁ!!?

「俺のような男にも生まれるのだな。仲間と勝ちたいと思う望みが」

自陣から敵陣に上がっていく田草とのすれ違いざまそんな言葉が聞こえた。そのまま相手のMF達をその巨躯と威圧感で蹴散らし、皆で田草をカバーしながらゴール目前まで田草の思いのままに突き進ませる。

「うおおおおおおっ!!」

サッカー部の連中のような洗練された動きではないが、力を込めたシュート。


――――だが、そのシュートを敵のDF、薔薇崎が顔を顰めながらも胸で受け止めてボールを下に落とす。そして片腕を水平に腹に合わせるように―――まるでお辞儀でもするようにして横にスライド移動して退いた。その奥にいるのは、同じく相手のDFの赤井だ。

薔薇崎の身体の後ろですでにボールを此方の陣地に送り込むためのキックの動作を取っている。…ハッとして振り向けばすでにゴール前には刷屋がスタンバっている。

最悪な―――抜群の連携だ。

しまった、とUターンして自陣ゴールへと走るが間に合うかどうか。

このまま超ロングパスでガラ空きのこっちのゴール前までボールをとばされたらGKと花味と佐藤の3人であの刷屋にあたることになる…まずいと焦る。

「花味!!」

そう言って左手で敬礼をして振り返り、花味に声をかけ――――今まさにボールを蹴った赤井の前に跳び込む田草。


蹴られたボールの進路にあるのは田草の巨体。めぎり、と田草の身体にボールがめり込むのがスローモーションのようにみえた。


―――後を頼んだぞ、花味


そんな言葉が聞こえたような気がして―――田草の身体が崩れ落ちた。


「だ、ぐ…」


全力疾走した俺は花味のすぐ近くまで何とか戻ることが出来たが、ボールは田草の身体に阻まれていた。花味は崩れ落ちた田草の身体を見て小さくその名を呼んだが、田草は立ち上がる事も答えることもなかった。


これサッカーかなぁ、サッカーでいいよなぁ。サッカーとは一体…。そんな事を感じつつも前半最初に医務室送りになった小島に続いて2人目の医務室送り。やっぱりこれ超次元サッカーフィジカルバトルじゃんねぇ…と思うが、花味の様子が変わったようだ。なんか目が血走ってる感じもする。


抜けた田草の代わりに前半出ていたメンバーがDFに入ってくれた。

「大丈夫か、花味?」

声をかけるが、花味は敵陣を睨んでいた。プレイが再開して、再び相手がこちらに攻めあがってきたが…

「やったなぁ…!」

雰囲気の変わった花味が、敵のボールをカットして敵陣の奥へと蹴り飛ばす。破裂音にも聞こえるすさまじい音と共に、蹴り飛ばされたボールが敵DFの薔薇崎とその近くにいたもう一人の傍を通過し―――わずかに掠った一人が吹き飛ばされて動かなくなった。まるでマグナムでも撃ったかのような超威力の剛速球。

「掠めただけで?!」

遠目にも薔薇崎が戦慄しているのが解る。

敵だけでなくフィールドの味方も、観戦している男女も、花味の凄まじいキックに呆然としていた。


そうして動かなくなった敵DFが医務室送りになり、代わりの選手が入った後、何度も敵にボールが渡ったがその悉くを凄まじい気迫の花味が奪い取っては攻め上がり、敵のゴール付近へと蹴り込んでいく。

…狙いはあれ、薔薇崎と…いや、赤井か?ゴールを狙ってるのか人を狙ってるのか判断しかねる。

「おい、いいのか判官。完全に、狂戦士(バーサーカーだぞ)」

「…まさか花味にあんな面があるとはこの九郎の目をもってしても見抜けなかった」

「お前それ、節穴(リハクアイ)じゃないか」

稲架上に容赦ないツッコみをうけたが花味のあの覚醒っぷりはこの状況においては天祐だ。田草は心配だが、あいつの突貫は可能性の獣を呼び覚ましたんだ…!あとあの様子の花味は多分止めようと思っても止まらないと思う。

「人は見た目じゃわからないし、どんな才能持ってるかってわからないよな」

「現実逃避は辞めろ判官。俺を視ろマクギリス」

ははは、と稲架上と顔を見合わせて笑った。…花味、恐ろしい子!!


そうして幾度目かの攻防のうち、ドリブルしたまま花味が敵のゴール前まで自分で攻めあがっていた。

おいおい花味ってリベロ?すげぇよ花味は!俺と稲架上も追いかけるようにしてゴール前に走る。ゴール目前まで迫った花味のボールを、咄嗟に誰もいない方向に蹴って奪う薔薇崎。

「蹴ってしまった…赤井君の戦場を汚してしまった。…私に蹴らせたなぁ!!」

なんか一人で激昂している薔薇崎。そういえば薔薇崎はボールをとっても全部赤井にまわしていたが何かそういうポリシーでもあるのかね?知らんけど。だがそのボールも再び花味が奪ってゴールに向かっていく。

「所詮は素人だ、赤井君の手を煩わせることは無い。俺たちで挟み込むぞ!」

薔薇崎ともう一人のDFが花味を挟み込もうとするが、ゴールとの直線上に入ったもう一人のDF向けてマグナムなシュートが打たれた。

「誘い込まれた?!」

直線上のDFはボールが掠って吹き飛ばされて転がっているようだが、ゴールそのものはしょうちゃん…じゃなかった村正がパンチングで阻止していた。惜しい。

「安十郎、逃げろ。彼は普通じゃない、離れろ」

赤井が、パンチングされてはじかれたボールをおいかけていた薔薇崎―――あいつ下の名前、安十郎(あんじゅうろう)っていうのか―――に声をかけている。

俺や稲架上もカバーに回るが、花味がボールを獲った。

「化け物が…!」

ボールを奪われ悔しそうな顔をしながら呻く薔薇崎をかばう様に赤井が割って入り、花味からボールを奪い返そうとする。

「赤井君、離脱して!君がこんな事で怪我をするなんてあってはいけないんだ!!イケメンモデルで、初心な子も彼氏持ちの女子もまとめてホイホイ寄ってきてモテまくりな、僕たちの王になる人なんだ!」

薔薇崎の悲鳴が響く。

なんかイケメンモデルで彼氏持ちの女子だろうとホイホイ寄ってくるってところでなんかチア姿の藤島がピタッて動きを止めて滝のような汗を流してるけどなんだあれ?…まぁ彼氏の村正をしょうちゃん♡ってよんで一途な清純派幼馴染らしいし深い意味はないんだろうけどね…!

「――――NT(ネトリ)-D(デストロイ)!…あんただけは、落とす!」

そう言ってさらに攻め続ける花味。気づけば、再度ゴールとの一直線上の場所に赤井がいた。すげーな花味また誘い込んだぞ。ゴールと多分赤井を狙ったシュートだったが、赤井はすんでのところで身をひるがえして回避していた。一方GK村正の手は届かずボールはゴールネットに収まる。

初ゴールだ!!!!

肩で息をしている花味だが、ゴールしたことに喜んでいるのか、俺達の方を振り返って、グッとサムズアップした。

ちなみにさっき掠って吹っ飛んでた敵DFも医務室送りになった。花味ハンパないって!


「うおおおやるじゃん花味!」「やったー点が入ったよ!」「花味君すごいー!」「ねー、花味くんちょっとかっこいいかもー」「これだとなんか花味君達外さなくてよかった気するよねー」「あんな自信満々だったけど佳織の采配って…」「シーッ」「田草もアイツ散り際なんか熱かったよな」「いや散り際とかいうなよ縁起でもない…」

観客席のクラスメートたちが口々にそんな事を言っている。その中には―――皮肉な事だが、佳織の取り巻きの女子たちもいた。見るとリナの姿がないけどどこかいったのかな?お手洗いでもいったのだろうか?…ともかく、田草の犠牲と花味の計算外の頑張りによるものが大きいが点は取れた。流れ変わったな。


チラリ、と見ると佳織と言えばそれでも喜んでいいのか納得いかないのかで、ぐぎぎ…これじゃ私の采配が駄目みたいじゃない…くやしいのう…くやしいのう…でも点は取れた…ぐぬ、ぐぬぬという様子で歯噛みをしていた。

折角点取って流れ変わったんだしそこは素直に喜べ場いいとオモウアルヨ…?

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