第25話 大垣リナは追想する

くろうくん―――九郎に初めてあったのは、偶然。私が幼稚園だったころの話。

この街に引っ越してきた私は、金色の髪をしていたことで「皆と違う」と言われて仲間外れにされていた。両親が帰宅するまでの間、公園で時間を潰している時も金ぴかはこっちにくるなとか、あっちにいけと言われて泣かされていたけれど…そんな私にも分け隔てなく接してくれる男の子がいて、それが“くろうくん”だった。その日、たまたまいつも遊んでいる公園がいっぱいだったからと私の家の近くの公園に遊びに来た“くろうくん”に声をかけられたのがきっかけで、“くろうくん”とは、かけっこだったり、ブランコだったり、鉄棒だったり、シーソーだったり、いろいろな遊びをした。“くろうくん”と一緒にいる時間は、ただただ毎日が楽しかった。でも、そんな“くろうくん”の一番の隣には、私はいられなかった。“くろうくん”の隣には、“かおりちゃん”がいて、“くろうくん”の右手は、いつだって“かおりちゃん”のものだったから。


それから私は小学生に上がる前に、両親の仕事の関係で引っ越すことになった。

とても悲しかったけれど、くろうくんの思い出は、私にとって大切な宝物になった。引っ越した先で出来た友達がクラスの男の子の誰がかっこいいとか好きとか盛り上がったりすることもあったが、そういう時私はいつも穏やかで優しかった“くろうくん”の事を思い出すようになった。

―――それから数年がたち、私はまたこの街に戻ってきた。両親の仕事が落ち着き、故郷であり祖父母も住んでいるこの街に腰を落ち着けることになったからだ。

この街に戻ってきてすぐの休日、懐かしい思い出をなぞりながら街を歩けば、昔あった店がなくなっていたり、なかったものができていたりして道に迷ってしまった。まだ小学生の当時の私はスマホを持っていなくて、帰り道がわからなくなって公園のベンチで途方に暮れていた。どうしようかなぁ、どうやって帰ろうかなぁ。そんなことをぼんやり考えていると、男の子に声をかけられた。

「君、どうしたの?」

懐かしい声に顔を上げると、そこには…子供のころの面影が残る“くろうくん”がいた。

『…二度目は奇跡』、だったっけ。

ただ、“くろうくん”は私を見ても気づかなかった…覚えていなかったのかもしれないけど、初めて会った誰かへの親切として声をかけてきた。そこから少し事情を話すと、大まかな帰り道を教えてくれた。少しだけ成長した“くろうくん”は人懐っこい笑顔や親切で優し所は変わっていなくて、小さかった頃に毎日感じていたドキドキと、もう一度再会できた喜びで、その日はずっと眠れなかった。…この時点での九郎君は、まだ仄かに記憶に残る、思い出の男の子だったけど。

ただ、後から知ったけど学区が違ったようで“くろうくん”とは同じ小学校でなかったことは残念だった。


それから中学になって、同じ学校になった“くろうくん”―――九郎君は、一見すると控えめにみえるけれど綺麗な顔立ちに成長していた。そして人に優しいところも、なんでもそつなくこなしてしまうところは変わらない。そんな九郎君を校内で見ると、ついつい目で追ってしまったんだけど…でもその隣にはいつも、眞知田佳織(おさななじみ)がいた。

九郎君から大切に想われて、いつも護られている、幼馴染。

羨ましい、という気持ちはあった。でも、それが九郎君の望む幸せなら、それでよかった。幸せならオッケーです!なんて言葉があるけれど、九郎君が望んだ幸せがあるのなら、私は離れたところで九郎君をみているだけでよかった。あの2人は10年近い時間を重ねてきた関係で、そこに割って入る事は出来ないと思ったから。それに、幼馴染の恋人を見る九郎君の目がいつも優しくて、幸せそうだったから。

学校にはあまり馴染めなかったしいろいろな噂話をされているのは知っていたけれど、毎日を結構楽しく過ごしていたので私なりに満足していたから気にならなかった。

眞知田に向ける九郎君の笑顔に胸が痛むこともあったけれど…この憧れと記憶もいつか時間と共に過ぎ去っていくのだと、そう思うようにしていた。

子供の頃の思い出を後生大事にしているなんてキモチワルイ、なんていう人もいるかもしれない。けど…人から見たら些細な事だったとしても、一人ぼっちで居た手を引っ張ってくれたあの時の気持ちは、―――ずっと忘れられない尊い思い出になる事だってあるんだ、と思う。

それから中学では同じクラスになったこともあったけれど、私は九郎君とはあくまでただのクラスメートとして接していた。


それから同じ高校に進学して、同じクラスになったのは驚いた。とはいえある程度の学力がある生徒ならこの総合学園…という名の色々な学科があるこの学校に進学するので、それは、ありえる事だった。それから暫くは特に代わり映えのない高校生活を送っていたけれど、GW前に突然九郎君が学校を休んだのが気になった。九郎君は記憶にある限り、公欠や余程体調が悪い時でなければ学校を休まなかったから。

そしてGWの最終日、なんとなく運動がしたくてだったので散歩をしていたら、見るからに頭の悪そうな不良崩れの男たちに絡まれた。ショートカットをしようとあまり人通りのない道を選んだ私が迂闊だったし、タイミング悪かった。男3人相手に、腕力で叶う筈がない。…困った、どうしよう。声を上げて誰か来てくれるかな?恐怖に抗いながらそんな事を考えていた時だった。

「おーい、どうしたマイハニー!」

そんなどこか間の抜けた声がした方を向くとそこにいたのは、判官九郎―――九郎君、だった。マイハニーってなんだろ、なんて思いながら事の成り行きを見守っていると、不良を軽くあしらった九郎君が私の手を取って走り出した。

…まるで物語のお姫様みたいだな、なんて頭の片隅で、ぼんやりとそんなことを考えてしまう自分が可笑しくて。そんな私の手を握る九郎君の手は、いつかの日と変わらず暖かかった。

それから2人で公園にたどり着いて、バカみたいな…いつか九郎君とそんな風に話が出来たらいいな、と思っていた、間の抜けたやり取りをした。ギャルだと思われていたこととか、お母さん譲りの胸のサイズの事とか、そんな他愛もない話。

そして九郎君が幼馴染と別れた事を聞いた。それはあり得ない事だと思っていたけど、九郎君がそんな冗談を言うとは思わなかったのと――その直後に、男と並んで男の家にイチャイチャしながら入っていく眞知田の姿をみて、それが事実であると知った。

その光景を見た九郎君の顔があまりもつらそうで、悲しそうで、思わず泣きそうになって九郎君の旨に顔を埋めて隠したり。…随分と恥ずかしい事をしたな、と思う。

でも、そんな九郎君を―――今度は私が手を引いて、連れ出した。

「あ、それとリナって呼んで?私も九郎って呼ぶからさ」

なんて、ちゃっかり名前で呼び合うように提案した私、グッジョブ、よく頑張ったえらい!

『3度目は必然』、だったよね。そんな3度目の出会いから、私は九郎君―――いや、九郎と友達として、一緒にいることが多くなった。


それからは楽しい事、賑やかな事があって、友達も増えた。クラス対抗サッカーでは九郎のかっこいいところをみることができた。対戦相手のクラスにチアがいたから、負けるものかとチア衣装を借りに行って対抗したり、我ながら頑張ったと思う。

それからの打ち上げで出来た藤堂も福田もノリがよくて、今では仲良しの友達だ。九郎と仲が良い男子の稲架上は…つかみどころがない印象があるけどいい奴だと思う。中学の頃は一人で居ることが多かったけれど高校になって、こんな風に友達とグループができて一緒にいるようになるなんて思ってもみなかった。

でもそんな中で、眞知田は執拗に九郎を敵視しているのが気になった。新しい彼氏が出来たんだからそっちと仲良くしてればいいのに、事あるごとにわざわざ九郎をバカにしに来るのだ。九郎は気にしてないと言っても…九郎と付き合っていて、あれだけ恋人としての愛情も幼馴染としての親愛も注がれていたのにそれを裏切って捨てた女。私が憧れた場所にいたのに、それを踏みにじったヤツ。眞知田が九郎と別れたから巡り巡って九郎と今みたいに仲良くなったんだけど、それでもやはり―――眞知田の行動も、その後の九郎を見下す態度もやっぱり許せない気持ちがあった。


それから中間テストに向けて皆で勉強をしていたけれど、大雨が降った次の日に、九郎は風邪で休んでいた。私を庇って濡れたこともあったので気にして電話をしたのをあめりに聞かれて、あめりが出かけてしまったのだ。慌てて家の周りを探してもあめりがみつからず、パニックになりながら心当たりを探したり、九郎に電話をかけたりもした。それでも私の力ではあめりを見つけることが出来ず、疲れと、恐怖で道端にへたり込んで泣いた。車道を通る車が奇異の目を向けていくのを感じる。道行く人はいない。世界中に自分が1人だけになったかのように感じる。どうしよう、どうしよう、誰か助けて―――そう思った時だった。


「待たせたな。俺を呼んだのは君だろ?」


どっかの映画のバイクが滑りながらブレーキをかけるように現れたのは、九郎だった。それからの九郎はすごかった。パニックになって全然ダメな私を連れてあっという間にあめりをみつけて、危険を冒して助けてくれた。風邪で寝込んでいたはずなのに、まるでヒーローみたいだった。

「…僕は死にましぇーん」

「何それ…それじゃプロポーズだよぉ…」

そんな事を言い合っていたが、ゆっくり瞳を閉じていく九郎に心臓が止まりそうになったけれどすぅすぅと寝息をたてていて胸をなでおろしたりとか。

そう、『4度目は――運命』。

だから私は、もう迷わない。誰かに遠慮することも、もうしない。

子供の頃の思い出の男の子だった。ちょっと気になるクラスメイトだった。

だけどこの時、私はハッキリと自覚した―――私は九郎に、恋してるんだ、と。


…ちなみにあとから知ったが、あめりは四葉のクローバーを探しに雨に河川敷にいっていたんだけど、ちゃっかり四葉のクローバーは見つけてポケットにしまっていた。九郎お兄ちゃんがおねえちゃんと結婚してお姉ちゃんが奥さんになるなら、私は九郎おにいちゃんのお嫁さんになるね!とかなんとか…あめりも大概九郎が大好きなんだけど、九郎は女の子を惹きつける何かもってるのかな?

それから九郎を招いてホームパーティーをした後、お母さんがすっかり九郎を気に入っていて、「将来は大学に行きながら結婚するの?babyはママが面倒みるから大丈夫ヨー!」なんていってたり。父さんも九郎のお父さんと意気投合していて、「寂しくなるな…」なんて盛り上がっていた。そういうのじゃないってば、と言って説明しても、父さんにも母さんにも“私の気持ち”はすっかりバレてしまっていた。


それから暫くしての中間テストの発表で、眞知田は見るも無残な点数を取っていた。それなのに、あろうことか眞知田は自分の実力不足と勉強不足でとった赤点の責任を、九郎に押し付けてようとしてきた。泣けばいいと思っている甘ったれた考えと口八丁で、場の空気と同調圧力で九郎のせいにして押し切ろうとしているのを黙って見ていることはできなかった。何より私を巻き込むまいと口を噤んだ九郎を見た瞬間、これ以上眞知田の好きにさせられないと思って私は眞知田と対立した。そこから売り言葉に買い言葉で眞知田と代表女子コンテスト…ミスコンで勝負をすることになって、負けられない気持ちと、「勝ちたい」気持ちで、皆に協力して当日を迎えた。なのに、それを眞知田が卑怯な手で妨害してきた。


…うん。絶対に、負けられないよね。


「フヒッ、フヒヒッ!私の縫製技術は学校一ィィィッ!出来んことは無いィィッ!」

「間に合ったようで良かったわ。あぁ、頑張ったから疲れちゃった…ちょと寝て、後で稲架上にかまってもらおうっと」

そんな事を言っているのはエナドリ飲みすぎてすっごいハイテンションになった藤堂と輝姫。午前中に抜け出してから、福田が教師に色々と説明してくれたようで家庭科室を借りてひたすら縫製をしていた。その間、稲架上が邪魔が入らないように見張っていてくれたり、九郎が昼食をもってきてくれたりしたが私たちはひたすら衣装を仕上げることに専念していた。が、なんとかギリギリで間に合った。輝姫の協力と申し出が無かったら、私は詰んでいたと思う。

「無事衣装が間に合ったようでよかったにぃ。…落とし前とかはあとで私が色々と何とかするから、リナちんはコンテスト頑張るにゃあ」

そう言ってぽむぽむと肩を叩いてくる福田。

「うん、皆ありがとう。…私頑張る。なんか今日の私は、負ける気がしない!」

グッ、と両こぶしを握りながら言うと、福田が「おー」とパチパチ拍手をしている。よせやい…なんてね。

「頑張って。それと、私から一つアドバイス」

椅子に座って背伸びをしながら輝姫が話しかけてきた。

「うん?」

「あの“偽物の子”がどんなアピールをしたとしても、シンプルにストレート…それが一番いいと思うなぁ。あ、あと、判官九郎は稲架上に任せておけば大丈夫だから」

そう言ってふあぁ、とあくびをしながらうつらうつらとうたたねを始める輝姫。ずいぶんとはしょっていってきたけど、初対面なのに随分と世話になっちゃったな、と思うのでこのお礼はまた改めてしようと思う。


コンテストの時間まであと少し、準備は間に合った。…頑張れ私。えいえい、おー!

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