第26話 敗北者

午後、代表女子コンテストがはじまるので移動することになった。席は早い者勝ちなので一般の生徒はそれぞれに体育館へと歩いていく。

「そう言えばこれ場所は早い者勝ちだからいい場所ってもう取られてないか?」

俺がそう言うと、「それなら大丈夫だ」という稲架上。ところで2人で移動していると周りの女子が俺達を何かねっとりした視線で見ながらヒソヒソ話をしてるんだけどこれ本当大丈夫なんだよなぁ稲架上?

そんな雑談をしながら体育館に移動すると、体育館にはT字のステージが組まれていた。壁側に組まれたステージの背景には壁面一杯に移るほどの特大のモニターが設置されていて、そのステージから体育館の中央へ、ランウェイステージが伸びている。ランウェイの先にスタンドマイクが縦てあるのは、ここでアピールをするときに声を拾えるようにかな?そしてランウェイを取り囲むように―――コロッセオのように階段のように椅子がくみ上げられていた。…こういう所凄いなこの高校と素直に驚いてしまう。…そんな風に見回していると声をかけられた。

「よう、遅かったな判官。こっちだ!」

そう言って俺達に手を振っているのは甲府だ。隣にはサッカーの時に知り合った村正、村雨の2人もいて、うちのクラスの花味や田草達も一緒だった。

「―――ということだ、ステージ正面の一等地は席取りしてある。これもお前の人脈だな」

おぉ、そうだったのか。持つべきものは友達ってやつだよなー。俺は甲府に手を振り返しながら席に向かった。ランウェイの真正面、ちょうどランウェイを歩いてきた生徒と目線があう一番のベストポジションが確保されていた。

「俺の敏捷性ならこれぐらい楽勝だぜ!」

そう言って自慢げに言う甲府にお礼を言う。なんかお前って凄いいい感じのフォームでハイウェイ疾走したりとかしそうだもんな、その直後に退場しそうだけど。

それからしばらくして校長――2mはありそうな巨体に禿頭、髭を生やした和装の似合うオッサン―――が『女であれば美しく!!漢であれば女子供を護れるほど強く在れいっ!!以上!!!』と短く雄々しく前口上を述べ、コンテストが始まった。シンプルでわかりやすい前口上っていいよね。


『では司会進行は毎度おなじみ、新聞部の吾青葉(われあおば)がお送りします!では…参加者の皆さん、順番に登壇お願いします!』

壇上以外の灯りが消されたステージ、実況席にいる司会進行のポニーテールの生徒が、耳心地のよいしゃべりでさくさくと進行していく。生徒が番号順に舞台の袖から登場していき、総勢10人の参加者が並んだ。全員、水着の上にガウンコートを着ているのはやっぱり寒いからだろうね。ガウンに番号のバッジがついているのでわかりやすい。リナは9番目ガウンを着ているから水着はわからないけど、ワンサイドヘアにしていていつもと印象が違った。ついでに佳織は8番目でリナの1つ前の番号だった。…10番目の人は見覚えがある、去年の優勝者の須笠先輩だな。甲府の幼馴染で先輩で師匠だっけ?紫紺色のストレートの髪とかキリッとした目元とかとびぬけて美人さんなのに、甲府はというと須笠先輩をみて震えている…「人体はそっちには曲がらない」だの「もうガッツ3回使い切ってるから無理」とか呟いて怯えている。なんでだろう、あんななに美人の先輩なのになんでそんなに怯えているんだろう。不思議だなぁ。

そんな風に入場が終わり、10人の参加者がパイプ椅子に並んで座っている。どの参加者も美人で、俺たちの周りの観客席の生徒も皆ざわざわと誰が一番かわいいか盛り上がっている。

「頑張れリナ…お前がナンバー1だ!!」

「野菜王子か?」

俺が思わずつぶやいた言葉に稲架上が速攻でツッコみをいれる。いや、すまん狙って行ったわけじゃないんだぜ。

『それでは今年の代表女子コンテストはこの10名によって争われます!番号順にお名前を呼びますので、ガウンを脱いでランウェイステージでのアピールをお願いします。それでは1番―――』

1番の参加者から順に、名前やプロフィールを読み上げられるとガウンを脱ぎ、水着姿になるとランウェイを歩いてアピールをしていく。歌だったり、ダンスだったり、恐らく何か拳法の型だったりで参加者は皆それぞれの水着姿でアピールをしていく。そして背後の壁面のモニターにはそんなアピールをする姿が映るようになっている、成程…この学校資金と技術力の無駄遣いというかなんかこう、色々と規模が凄いよね。さすが大企業がじゃぶじゃぶ寄付してる総合学園だけあるというか。

「…次は眞知田か」

7番の参加者のアピールが終わった後、司会が『8番、…んん?あの顔は…あ、失礼しました!1年眞知田佳織さんです!』と名前を呼ぶ。フフン、と勝ち誇ったような佳織がバッ!とガウンを脱ぐ。その下から出てきたのは―――

「貝殻ビキニ…」

隣の席で稲架上が唸っていた。他の生徒達もどよめき体育館が騒がしくなる。

…やりやがった!!マジかよ佳織ッやりやがったッ!!眞知田佳織すげぇ!!

ハワイ、モロカイ島由来の伝説の水着―――ホタテ貝をチェーンでつないだものだ。

大事なところはきちんと隠してい―――前貼りもしているだろうが、トンデモないものを用意してきた。

もうただただエロい。限界まで露出を攻めた水着といっていいかわからない“ナニカ”に、体育館の生徒たちはウケたり、ランウェイウォークに近い男子は下から覗こうとしていた。エロに極振りした佳織は間違いなく今日一男子の支持を得たといっていいだろう。

「すげーなあれ見えそうじゃん…ハッ?!」

甲府もテンションが上がって身を乗り出して佳織を見ようとしたものの、10番の須笠先輩の氷のような視線に気づき、スンッ…と腰を落としていた。この2人のパワーバランスがみえてきたけど甲府お前姉さん女房に尻に敷かれるタイプか。

そんなざわめきと盛り上がりの中、佳織は蠱惑的に腰を動かしながらランウェイを歩き、その先端に来たところで次々とセクシーなポーズを取っていく。中にはI字バランスのようにその水着でそれをしていいのか?というようなものまであり、佳織が媚びる表情をしながらポーズをとるたびに喝采が起きていた。

そして俺と目があった佳織が、艶やかに、しかし俺を侮蔑するような蠱惑的な笑みを浮かべた。…だが俺はそんな佳織や、その光景をひどく冷めた心で眺めていた。佳織、お前そんな風に露出したり、簡単に脱いで男に媚びたりする奴じゃなかったのにな。本当に、俺の知っている佳織はもういなくて、全然別人みたいに変わっちまったんだな、と。そして佳織のセクシャルなアピールが終わり、リナの番になった。会場は佳織が作った空気に包まれていて、男子達は今の佳織の話で持ち切りだ。まぁ、貝殻ビキニだもんなぁ…。


―――でも、大丈夫だ。リナは負けない。

俺はグッ、と拳を握りながらリナを見る。

リナがバッとガウンを脱ぎ、セパレートタイプの三角ビキニに、短めのパレオとハイヒールのサンダルの姿が露わになった。切り裂かれた水着と同じ柄だが、全体の雰囲気が変わった事でリナのプロポーションの良さが引き立つものになっていた。リナ自身が飛びぬけた美人、そしてグラマラスな体型をしている事もあってシンプルな水着姿だけどとても目を引く。健康的で、それでいて可憐さや可愛らしさを感じる出で立ち。

中学の時から着るシャツに悩んでいた、マンデーのたわわ的なお胸さんに女子が羨むような腰の細さ。それでいてボトムも女性らしいスタイルをしていて、ありのままのプロポーションと可愛さを全面に押し出してきている。シンプルだが、それだけで十分すぎるほどに目を引く。呆れるほどに有効な戦術だなぁ…。ざわめいていた観衆が、そんなリナの姿に少しずつ静かになっていき、体育館が静寂に包まれた。

リナは静まり返った中を、ヒールの音を立てながら歩いていく。俺も含めた皆が、リナの一挙一動を静かにみている。

ランウェイの先端まで歩いてきたリナは、ゆっくりと周囲を見渡してから、丁度真っすぐ伸びた視線の先にいる俺と目があった。


―――にこり、と。


少し頬を赤くした、優しく穏やかな微笑み。…その瞳の中に俺が映っているような気がするのは気のせいだろうか?そんなリナがこちらを見ながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「―――貴方が、好きです」

その眼差しに、その言葉に。ドキッ、と胸の鼓動が早くなるのを感じる。

「今此処に居る、貴方の事が、好きです」

少し瞳を潤ませながらそう続けるリナの顔が、背景のスクリーンにも映っている。

―――その瞬間、此処に居る誰もがリナに心奪われたのを感じた。

そう言い、踵を返そうとする姿に、リナ、と小さく呟いていた。

誰にでもなく言ったその言葉が聞こえたのか、リナが足を止めて、こちらを見た。

ペロ、と少しだけ舌を出した、困ったような笑うような顔とウインク。

「かわいい…」「イイ…」そんな言葉が聞こえ、体育館が騒めく。

席に戻ったリナは、やり遂げたようなスッキリした顔で、座っていた。何故だろうか…そんなリナが、俺にはとても眩しく、輝いて見えた。


その後須笠先輩の番だったが、紫のビキニ姿の須笠先輩は凛とした立ち居振る舞いでランウェイを歩き、満面の笑顔でマイクスタンドからマイクを取り外すとスタンドを宙に放り投げてからオーバーヘッドキックのようにしてスタンドを甲府の股間スレスレに蹴り込んでいた。

「―――安易な色香に鼻の下を伸ばすとは、まだまだ教えが足らないようだな」

マイクを握りながら人差し指で甲府を指さしながらそう言う須笠先輩に、主に女子たちから黄色い悲鳴が飛び交っていた。あぁ、成程この先輩が人気なのって、男子票だけでなく女子票もあるんだなと理解した。かっこいいもんあの先輩。あと一部の男子は「羨ましい…」「俺も叱られてえ…」と声を漏らしていた。性癖大丈夫君たち?

ちなみに股間ぎりぎりの位置の椅子にマイクスタンドがぶっ刺さってる甲府はガタガタ震えて命乞いをする準備はOKしていた。おお甲府よ、死んでしまうとはなさけない。死んでないけど!

そして震える甲府を一瞥した須笠先輩は、髪を片手で払い、すい、と戻っていく。その一挙一動すべては完成された美しさと言っていい、女王の威厳を感じるものだった。

そんな事も有りながら全員のアピールが終わり、投票の時間になった。順位は審査員票、そして生徒からの票の合計で決まる。投票は学校の共用アプリの中に投票画面があったので、スマホからポチポチと投票する。俺はもちろんリナに投票するけどね。そうやって皆が投票している間、壇上の参加者たちの反応もそれぞれで一喜一憂するもの、ソワソワするもの、佳織は不機嫌そうにむくれていたし、リナは…静かにじっと座っていた。途中、須笠先輩に話しかけられてしどもどろしていたようにみえたけど何か女の子同士色々話すこともあるのだろう。


『それでは皆さんお待たせしました!投票の結果が出たようですよ~、ではでは発表しちゃいますね!今年の代表女子コンテストの順位の発表です~!』

司会の声に体育館いいる皆が固唾を呑んでスクリーンを見守る。体育館内の照明が全て消されて、壇上も薄暗くなる。

『今年はなんと、なんと、なんと!一年生の女の子が入賞していますよ~!!期待の新入生ちゃんですね~!!』

一年生と聞いてリナが緊張したのが見えた。佳織は自分である事を疑わない自信に胸を張っている。

『さぁさぁさぁ、それでは発表です。今年の代表女子コンテスト優勝は…!』

でん、とモニターに映されたのは―――須笠先輩のアップだ。

『安定の二連覇、10番の須笠さんです!!』

その声に、わぁ~っと拍手が飛び交う。そうか、優勝は須笠先輩だったか…。

スポットライトを浴び、呼ばれた声に立ち上がって手を振る須笠先輩。その所作も堂に入ったもので、流石2連覇の女王というものだった。リナも拍手をしながら須笠先輩を讃えている。…自分が負けてもそうやって人を祝うことが出来るのっていいよなぁ、と思う。その隣の佳織が不機嫌さを隠さずおざなりな拍手をしているので余計にそう感じてしまう。そんな須笠先輩を讃える声がひと段落したところで、司会が続けていく。

『では惜しくも優勝は逃してしまいましたが、僅差での準優勝となったのは…9番の大垣さんです!』

次いで呼ばれたのはリナだった。スポットライトの灯りの中、驚いたような顔をしていたが、それから頷き喜び、目尻をぬぐいながら立ち上がると、観客席に向かって一礼をする。

おめでとう、リナ!と俺は全力で拍手をしている。「…やったな、判官」隣の稲架上もそう言って祝ってくれてる。いや、これはお前のおかげでもある…ありがとうな、稲架上。

そんな俺達に気づいたのだろうか?リナはこちらに向かって、ブイッ!とピースサインを突き出し、満面の笑みを浮かべた。その様子に、拍手がより一層大きくなる。

おめでとう、おめでとうリナ!!そんな気持ちで俺は拍手を贈り続けたのだった。

その後3位で呼ばれたのは山茶花こころちゃんという別の1年生だった。海外へ留学?していたようだがGW明けから甲府や刷屋、村雨や村正達のクラスに復学した女の子で、ツーサイドアップの髪形に2m近い巨体と豊かな脂肪を蓄えた、世紀末漫画で拳法殺しとかしてそうな容貌の美少女である。復学してから校内の不良を成敗した後、更生した元不良達に慕われ自主的にモヒカン頭になった元不良を率いて清掃活動や校内外の奉仕活動にいそしむ人気者である。圧倒的な強さと優しさで皆に慕われていて、親愛と愛情をこめハート様と呼ばれていたりもする。こころちゃんが3位なのは多分女子票も多く入ったんじゃないかなぁ、誰にでも優しい凄く良い子だからね。

結局、貝殻ビキニのインパクトで釣ろうとした佳織は4位となんともいえない順位で名前を呼ばれた。それでも十分に高いのだが、よく考えてみれば佳織のやり方は男子票はとれても女子票は集まらないだろう。…遠目に見ても佳織のメイク等はまるでプロのもののように整っていたのに、「水着だけ」が露骨に媚びに走ったような不思議なアンバランスさを感じた。どういう意図だったんだろうな…俺が気にすることじゃないしいいか。

結局佳織は最後まで自分が負けたことが信じられないという表情をしていて、順位と名前を呼ばれたときも呆然としていた。


そうして代表女子コンテストの表彰式は大盛況のうちに終わったのだった。

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