第27話 ねぇ眞知田、土下座しなよ

着替えたリナが戻ってきたあと、皆でリナを労ったり、祝ったりした。リナも照れくさそうにしていたが嬉しそうで、そんな姿を見ていると俺も嬉しくなる。

それから暫くして輝姫と福田に両腕を抑えられた佳織が返ってきたが、逃げ出そうとしていたのを2人が拿捕したらしい。佳織はそれでも納得いかないのか、俺やリナを睨みつけている。

「はい、それじゃ確かに引き渡したわよ」

「受け取りのサインはいらないにゃあ」

そう言う輝姫と福田から佳織を引き渡され、佳織は舌打ちをしながらも逃げられないと観念したのか素直に従った。

「…それじゃ、きっちり詫びをいれてもらうわよ」

そんなリナの言葉に、フン、と鼻を鳴らす佳織。

「何を詫びるの?私女子なんですけど?男子に傷つけられた私に謝れって言うんですかぁ~?」

そう言って往生際悪く言い逃れようとする佳織。こ、こいつまだふてくされて駄々こねれば何とかなると思ってるのかよ…。

「証拠、証拠ねぇ。証拠ってのはこういう事かしら?」

リナがそう言いながらスマホを操作すると、何者かと電話をしている佳織の声が再生された。そこには佳織が自分の声で、自慢げに嘘をついて赤点を俺のせいにしたことを語っている音声が流れた。リナ、こんなデータいつの間に…?

「…そ、それ、は…なんでアンタが…?!どこから!?いつの間にそんなものを?!」

身構えながらリナを睨みつける佳織。

「さぁ?どうしてかしらね。私にもついさっき届いて…いえ、そんなのアンタに関係ないわね。もしこのデータがもっと早くに在ればこんな大騒ぎにならなかったかもだけれども、それは結果論。あんたは私に負けた上にここについた嘘の証拠もある。言い逃れはできないよ」

対してリナもスマホを持ちながら佳織を睨み返している。

「…早織かぁっ!!あいつぅぅぅぅぅっ!!」

そんな佳織の絶叫がクラスに響く。クラスの皆も、佳織がついた嘘が明らかになり引いた目様子で佳織を見ている。

「それに、藤堂が頑張って、皆で協力した私の衣装を台無しにしたのもアンタでしょ?それも詫びてよ」

そんな視線を気にすることもなく、リナに向き直った佳織が叫ぶ。

「何言ってるの大垣?私がアンタの衣装に何かしたですって?!戯言よ。何の証拠も無い!!私がそんなことをする筈ないでしょ!!ミスコンで勝ったからって調子に乗ってやってもしてない事まで詫びさせようなんて、名誉棄損で訴えるわよ!!」

顔を真っ赤にして絶叫する佳織。


「いや~、素敵なコンテストでしたね~。あれぇ、これはどうなさったんです?何なに、なんの話ですかぁ?」


そんな佳織の絶叫とタイミングを同じくして、一人の女子が教室に入ってきた。新聞部、と書かれた腕章をつけているポニーテールはさっき司会をしていた青葉先輩といったっけ。

「どうもー、恐縮です新聞部の青葉ですぅ!実はインタビューに来ましてぇ…お取り込み中ですかぁ?スキャンダルですかぁ?もしかして特ダネの匂い…?!」

キラキラした目で興味津々に聞いてくる青葉先輩。

「えっと、青葉先輩、でしたっけ?すいません。クラスでちょっとたてこんでまして。えっと、インタビューってことは準優勝したリナへのですか?それなら後で―――」

青葉先輩にそう説明しようとすると、ふるふると首を横に振る青葉先輩。

「いえ、私がインタビューに来たのはそちらの、眞知田さんですよぉ」

そういいながら意味深に佳織をみる青葉先輩。

「実は青葉、見ちゃいました!」

そう言う青葉先輩は、肩からタスキがけにしたサイドバックに手を突っ込み何かをさがしている。

「実は私、授業中もよく抜け出して特ダネスクープスキャンダルを探して回る放浪癖があるんですよねー。で、今日の午前もいつもの盗さ…じゃなかった隠密撮影スポットから校舎をみていたらなんと!教室で人の鞄から何かを引っ張り出して切り裂いている生徒の姿を見つけちゃったんです!!もちろん即座に撮影してチェックしたんで顔までバッチリクッキリ映ってたんですけど、その段階では誰だか分らなかったんですよぉ。でもさっき―――代表女子コンテストに参加しているこの中に、その生徒を見つけちゃったんです。実はここに来たのはそれもあったんですよね~」

そう言いながらプリントアウトした写真を鞄から取り出し、バサッと机の上に置く青葉先輩。そこには鮮明に、藤堂の鞄からリナが使う予定だった水着を引っ張り出し、切り裂いている佳織の姿が映っていた。…そういえばコンテストの時、司会していた青葉先輩が佳織の時に何か妙な反応していたような。

「青葉ワレェッ!!!」

「きょーしゅくですー!」

憤怒の形相で青葉先輩を睨みつける佳織。だが青葉先輩はケロッとした様子でそんな佳織に全く怯まない。こ、これがブン屋かぁ…。

「他の参加者の衣装を破く妨害…いや、犯罪行為までしておいてコンテストで負けた今のお気持ち聞かせて下さ~い、インタビューお願いしま~す」

そう言ってメモを片手にストレートで容赦ない事を聞く青葉先輩。もう少しこう…手心というものを…。

「こ、こんなもの、こんなもの合成よ!!」

「動画もありますよ?というかこれ動画で撮影したものを印刷したものなので」

そんな青葉先輩の言葉にフリーズする佳織。

「…これがあんたがしてきたことの報い。散々人を見下して好き勝手した因果応報よ」

そんなリナの言葉に佳織は押し黙り、クラスの皆も静まり返る。

「まず九郎に詫びて。アンタがアンタの馬鹿さを擦り付けようとした事。あと、藤堂が頑張って作った衣装を台無しにしたことも」

「フゥー、ハァッ、ハァッ」

荒い呼吸で周りを見るが、佳織に同情するものは誰もいない。万策尽きたか、窮したのか。佳織は涙を浮かべた瞳ですがるように俺をみてくる。その瞳がどこか昔の佳織を思い起こさせたが、今の佳織に甘い顔をするわけにはいけない。

「佳織、悪いことをしたらごめんなさいをするのは当然だろ。嫌なら土下座じゃなくてもいい。…けどお前がやったことはしっかり謝らないとだめだ。」

子供に言い聞かせるように、穏やかに、ゆっくりという。

「ううううう、ぐ、あああああああっ」

歯ぎしりをし、歯噛みし、そしてクラスを見渡すが今の佳織に味方する者はいない。

佳織は俺の方に近づいてきて、顔を近づけながら親の仇でもみるかのように睨みつけてくる。なぜ私を助けないのか、と涙を流しながら怨嗟と憎しみをぶつけるようなまなざし。だけどこれは佳織がしたことの因果応報、自分できっちりけじめをつけるべき事で俺がどうこうするものじゃない。…嘘をついて俺に赤点をなすりつけるだけならまだしも、人の衣装を破いたのは一線を越えてしまっている。

「佳織、俺とお前の事だけならまだしも、人が努力してつくりあげた物を壊したのは――犯罪だ。きちんとけじめをつけなきゃだめだ」

「クゥゥゥ、ヴァアァァァ…!」

佳織は頭を抱えて、震えながら数歩後ろに下がる。俯き呻いていたが、暫くしてから固まったかのように動かない膝を何度も掌で叩き、ゆっくり崩れ落ちるように地面に座り込む。顔を真っ赤にし、口を大きくあけて、ぜぇはぁと過呼吸にでも陥ったかのような様子で、震えている。肩幅に開いた両手をゆっくりあげて、地面に拳を叩き付けるようにして振り下ろす。両手が地面についている。

「くっ、ぐう、クッ、ぐ、うううう、う、ううううううううう!」

唸り声なのかうめき声なのかわからない声をあげ、こめかみに血管を浮き上がらせながら、佳織がゆっくりと、しかし確実に、頭を下げていく。

ゴツッ、という地面に額をぶつける音が聞こえて、震えながらも佳織が土下座の型をしていた。…土下座までしなくてもいい、とはいったけどそれでもやるのは、佳織の意地だろうか。

「ハー、…ハー、…私、は…!!九郎を…嘘で、陥れようとしました…ハーッ、ハーッ私の、勉強不足の赤点を、ハー、ハー、九郎のせいにしようとしましたぁ…!!」

荒い呼吸と佳織の声が、教室に響く。どこぞの吸血鬼漫画みたいな荒い呼吸。今は学校なので丸太は持ってないけどね。

「…藤堂が作ってきた衣装を、アァァァァァッ、うぐっ、ぐおぉぉぉぉぉっ、ヂ、グ…グウッ、ジョ、うぐっ、衣装を切り裂いて、台無しに、しました…!ンァーッ、本当に、ぃ、すいませんでしたぁ…!!」

そんな佳織の姿を皆が黙って見ている。ほんの数か月前までは毎日一緒にいて、これからもずっと一緒にいると思っていた幼馴染のそんな姿に、うまく言葉にできない感情がいくつも沸き上がる。

「わかった。嘘をついて俺を陥れようとしたことは許すよ」

俺がそう言うのを、土下座したままの佳織は黙って聞いている。

「…うん。私も迷惑をかけられたことは許してあげる。勿論学校には報告したうえで、だけど。藤堂、福田は?」

「右に同じ」「今回だけ許してやるにゃあ」

リナと藤堂、福田もそれぞれ言葉を返している。

「ぐ、ぐうううううう!!」

それは悔しさか、後悔か何なのかはわからない。ただ、そんな佳織の嗚咽だけが教室に響いていた。

正直なところ、高校に入ってからの佳織は調子に乗りすぎていたと思う。今回こうやって大事になるような問題を起こしたけれど、…できればこれで反省して、高校になってからの自分の立ち居振る舞いを反省して立ち直ってくれればと思わずにはいられなかった。

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