第28話 コンテストの後、そして穏やかな日

佳織は土下座謝罪が終わると、立ち上がり無言で鞄を掴んで教室を出ていこうとした。

「佳織」

今まさに教室のドアを出た佳織の背中に声をかける。

「…何よ。まだ私に何か用?土下座はもうしてやったじゃない!満足したでしょ!」

キッ、と目に涙を貯めながら睨みつけてくる佳織。教室にいる他の皆も、青葉先輩も、あと壁にもたれかかりながら成り行きを静かに見続けていた輝姫も皆静まり返っている。

「無理すんなよ」

別に明確な理由があったわけじゃない。去ろうとする佳織の背中に、昔の佳織の背中がふっとダブったのだ。佳織は目を丸く、驚いたような顔をした後、俯く。

「…五月蠅い。アンタはいつも、そうやって…!!」

手の甲でごしごしと涙をぬぐうと、佳織は足早に走り去っていった。

本当に、今日の事で反省して…前みたいに、とはもう言わないけどきちんと地に足がついた佳織になってくれたらと思う。

その後、青葉先輩はどさくさに紛れて土下座を撮影していたようで校内新聞に載せる特ダネが出来たとウキウキだったので必死に辞めるように頼みこんだ。

折角のスクープ、しかもミスコン上位入賞者の犯罪行為と土下座なんて校内新聞の一面記事と中々譲らなかったので、両手をしっかり掴んでどうかどうかと懇願したおした。

「わ、ちょ、ちかい、顔、近いですってばぁ!う、ううう、かっこよ…はう…」

そんな事を言いながら青葉先輩も根負けして折れてくれて、教室であった事はとりあえず校内新聞の記事にはしないことを約束してもらえた。貸し一つ、ですから!と言われてついでに連絡先を交換させられた。佳織がしたことは、俺を嵌めようとしたことはさておき罰を受けないといけないものだが、晒し者になるまでは忍びない。青葉先輩が印刷した資料を渡してくれたのでそのお礼を言うと、「お役に立ててうれしいです!判官君、今度お礼をよろしくねっ」なんていって手を振りながら去って行った。ぴょこぴょこ元気な可愛らしい先輩だったなぁ…なんて思ってると、心中を読んだのかリナが凄い目でジトーッとねめつけてきた。

プ、プレッシャーが凄いよリナさんや…。


それからその日の放課後、俺達は職員室で事のあらましや証拠などを出しながら佳織がやった衣装の破壊の説明をした。担任も渋い顔をしていたが、リナがそこで佳織がきちんと詫びをいれていたので、警察に連絡したりするつもりはない、代わりに学校の方できちんと厳重な注意と処分を下してほしい、という事を説明していた。衣装を作った藤堂も、リナがそう言うならそれでいいよ、勝ったしと右に同じと頷いていた。俺が2人に驚いた顔をしていると、パチン、とウインクをしてくるリナと藤堂。息があっているというか、…どうも俺よりこの2人が一枚上手の気がするなぁ。

その後、稲架上や輝姫も合流して、いつものケーキ屋に打ち上げに行くことになった。

店長にリナが代表女子コンテストで準優勝したことを話し、それを聞いた店長は我が事のように喜んでくれていた。そして女子たちにはケーキを1つずつオマケしてくれた。さすが女心のわかる出来るオネエである。いつぞやの中間テストの後のように乾杯をした後、いろいろな話をして他のお客さんの邪魔にならないように賑やかに楽しい時間を過ごした。

そんな中でリナと目があい、そういえば、と思い出したことがあった。

「あの後バタバタして言えなかったけどさ、コンテストの時のリナはドキドキしたよ」

あの時のリナを思い出しながら言うとリナがもじもじしだした。

「「「ほう?」」」

復活した藤堂と福田、あと輝姫がなぜかキラーンと目を輝かせている。

「あんな風に告白されたら男冥利に尽きると思うぜ。リナに想われる男って幸せ者だな」

…ん?なんだ皆目力が凄い名探偵みたいな顔して。目つき悪っ!

ぽん、と肩を叩かれて稲架上が静かに首を左右に振っていた。なんだよお前やれやれ系主人公だってのか…え、違う?何その悲しそうな、哀しみを知ることが出来たような目は。

「九郎君はもっと女心を知るべきね」

横を通りすがった店長さんにまで残念な目でみられてしまたった。…なんだってんだよォ!そんな風に打ち上げも大盛り上がりで、打ち上げが終わった後はリナを家に送りがてら2人で歩いた。

「ありがとな、リナ」

並んで歩きながらそう言うと、リナが首をかしげている。

「…いや、いろんなことでどこからリナにお礼を言えばいいのかわかんないけど…たくさん助けてもらったなって」

そういうと、あはははは!と声を上げて笑った。

「それはこっちの台詞、だから…お互いさまってことでいいんじゃない?ありがとね、九郎」

そう言いながら優しい笑顔を浮かべるリナに、なんだかドキドキしてしまう。

「…焦らず、ゆっくり行こうよ」

そんなリナの言葉に、そうだなー、今日は疲れたしなーと頷く。

「そう言う意味じゃないんだけど…まぁいっか」

そんな風にリナと並んで歩く時間も、なんか良いなぁ…と思う俺であった、まる。


―――結局、佳織は一週間の停学になった。


被害者であるリナや藤堂達の申し入れも有り、警察沙汰にはされなかったが佳織は学校での事情聴取の上にきっちりと罰が下った。青葉先輩も約束を守ってくれたので新聞の記事にすることはなかったけれど、人の戸口に戸は建てられないもので佳織がしでかしたことは佳織がいない間に随分と広まってしまっていた。佳織が復学して来たらそれと向き合わなければいけないのだが、彼氏の部長が佳織を支えるのだろう。…むしろ彼氏なんだからそれはやるべきだと思うし。

早織ちゃんから聞く限りは一応、部屋でまじめに勉強をしているようだ。ただ、日中はどこかに出かけている様子だとか、部屋に見覚えのないゲーミングPCが増えていたり深夜に部屋で通話か何かをしているようで、もしかして…と何か早織ちゃんは思い当る節があるようだったが口を噤んでいた。佳織の通話を録音していたのはやはり早織ちゃんだったようで、帰宅したら佳織がロクでもない話をしていたから咄嗟に録音してくれていたようだった。それは本当にファインプレーで俺にとっては天祐だったのだが、姉の報復を恐れて送るかずっと悩んでいたようだ。それでも当日、意を決して―――お見舞いの時に連絡先を交換したそうで―――リナに送ってくれたことが、結果として俺とリナを助けてくれたので早織ちゃんには本当に感謝してもしきれない。

早織ちゃんの事だから何か佳織の事で俺に話をする必要が出来たり、助けが必要な事があれば頼ってくるだろうからその時はもちろん力になるつもりだ。

一番いいのは佳織が更生して真面目に勉強していてくれる事なんだけどな。


「九郎、おっはよー!」

最近ではリナが朝、家まで迎えに来てくれるようになったのでなんやかんやで一緒に登校するようになった。朝早起きして教会で身体を鍛えて、リナが迎えに来てくれたら一緒に登校する毎日だ。そういえば中学の頃は佳織を起こしに行って2人で毎日通学してたけど、俺が迎えに来られる側になるとはちょっと不思議な気分がする。

「今日は福田が寝坊したから、途中で藤堂と福田も一緒になりそうだって」

「へぇ、それは朝から賑やかになりそうだな」

そんな事を言いながら家を出て、リナと歩く。

「あれ、道向こうにいるの稲架上と輝姫じゃない?わ、腕組んでる!!いいなぁ…」

「なんだよ稲架上も隅におけねえなぁ」

そう言いながら2人に手を振っていると、向こうも俺達に気づいたようでそれぞれに手を振り返してきた。美しいランナーのフォームで甲府が駆けていき、マウンテンバイクに乗った刷屋に声をかけられた。先を歩いているのは花味や田草達だろうか?サッカーを通じて仲良くなった男子達もそういうグループになって仲良くなってるみたいで何よりである。竹刀袋に入れた木刀を背負った村雨や、腕を組んで歩く村正や藤島、あと巨体が目立つこころちゃんにも会った。なんだかんだでちょっと変わったやつも多いけど面白い奴がいっぱいいて退屈しないよな、この学校と思う。…ちょっと変なイベント多いし。

日差しが眩しい初夏の朝、―――今日も賑やかな一日になりそうだな、という予感を感じながら、思わず笑みがこぼれるのだった。

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