第5話 麻婆神父の誘いと仁奈さんの誘い
ずびずびと泣いていた早織ちゃんが落ち着いてから2人で家まで帰ったところで、観月もちょうど帰ってきたところだった。
「あっ、お兄ちゃんお帰り!っと、早織ちゃん…」
俺と早織ちゃんが並んで帰ってきたことに、どういう反応を返せばいいのか観月も迷ったみたいだ。観月にも気遣いさせちゃったな…ごめんな、今度観月の好きなブーゲンダックのアイスご馳走するよ。
「ただいま。早織ちゃんとはそこであって一緒に帰ってきたんだ。な?」
ラブホに入っていった佳織を監視していた…なんて観月にいう訳にもいかないので、適当に誤魔化すべくそう言う。パチッとウインクするとなぜか顔を赤くする早織ちゃん。
「え、えっとそうなの…!そこで九郎お兄ちゃんと会って送ってもらったんだぁ」
そんな俺達の様子を交互に見ていた観月だが、
「…そっか」
と呟いてから、安心したように笑った。俺のせいで観月にも心配をかけてしまってたが、観月が笑ってくれるとお兄ちゃんも嬉しいぞー。
早織ちゃんが家に入っていくのを見届けた後、俺達も家に帰った。お互い荷物を部屋に置いた後、一緒にリビングでTVをみながらくつろいでいると観月が零した。
「良かった。…早織ちゃん、お兄ちゃんの事気にしてたから。私も話しかけたりしてたんだけど、いつも遠慮してるみたいだったんだよ」
「そうか、それは悪い事したなぁ…。俺と佳織は別れたけどそれは俺と佳織の間の問題であって、そこに早織ちゃんは関係ないからな。佳織と別れたからって早織ちゃんとどうこうはないよ。…って早織ちゃんにも説明したけどさ。だから観月もあんまり俺と佳織との事は気にしないでくれよ」
と言いながら観月の頭を撫でる。
「も~~~お兄ちゃんそう言う所ぉ~~~~!あ~~~、ここが千葉県だったらなぁ」
そういって猫のように身体を伸ばす観月。
「あぁ?なんで千葉なんだよ」
「千葉は実の兄妹でもオッケーなんだってさ。ねぇお兄ちゃん、千葉の大学に進学しない?一年後に追っかけてくからさ」
馬鹿なこと言ってるんじゃないの、と軽くチョップしてやると、本気なんだけどなぁ、ちぇっ!と舌を出す観月。そんな様子に、ませたことを言うってもまだまだお子様だなぁと笑うのだった。
そんな事もあったがGWも折り返しの4日目、バイトの合間に店のメニューを覚えた甲斐もあり、オーダーを取りに行くのも任せてもらえるようになった。これで雅東さんは調理に専念できるからお店をまわすのも楽になるよねー、なんて考えながらオーダーとったり洗い物していた昼下がり。
…一風変わったお客さんが来た。
「いらっしゃい」
「いらっしゃいませ」
雅東さんと俺の声に
「失礼する」
と言って頷いてからカウンター席に座ったのはカソック姿の神父さんだった。そう言えば街はずれに教会があったけどそこの人かな?
肩まで伸びた癖毛の髪に、何の光も感じさせない死んだ魚のような虚ろな目が印象的な人だ。
お水とおしぼりを持ってオーダーを聞くと、メニュー表を見ることなく注文をしてきた。
「激辛麻婆豆腐をひとつ」
「畏まりました。―――マスター、激辛麻婆ひとつです。」
とマスターにオーダーを伝えに行ったところでマスターはすでに激辛麻婆を作り始めていた。あぁ、いつも頼むメニューが決まってるタイプの人か。そういうのあるよね、あるある。
ほどなくして出来上がったのは燃えるように赤い香辛料の香りでむせ返るような麻婆豆腐。
グツグツ…コポォ…フォカヌポゥと煮立った麻婆さんを神父の所に運んでいく。
人が食べて大丈夫なのか迷うようなものだが、神父さんはさも当然といった様子で深紅の麻婆豆腐を口に運んでいく。すげぇ、見ているだけで辛そうなシロモノをどんどん食べている。そうやって俺がみていたのに気づいたのか、顔をこちらに向けて
「食うか?」
と聞いてきた。
「あ、いえ…すみません」
そう言って頭を下げて仕事に戻る。
「―――少年。激辛麻婆豆腐、もう一つ頼む」
踵を返したところで背後からそう声をかけられた。食べてる最中に追加の、おかわり…?!どんだけ激辛好きなんだこの神父さん。あ、雅東さんはもう次の麻婆豆腐作り始めてる。…やっぱりそういう常連さんなんだな。
「ところで初めて見る顔だな、少年」
2杯目の激辛麻婆豆腐を持って言ったところで神父さんに声をかけられた。
「ええ、一応GW中はこちらで働かせてもらう事になっています。判官といいます」
簡単に自己紹介をすると、神父さんはふむ…と言ってからじっと俺の方を見る。
「そうか。私は街はずれの教会で神父をしている中田という。宜しく頼む」
そう言って笑う中田さんだが、にこっとしているはずなのに目が笑ってないし、
瞳が真っ黒で生気がないので本当にわらっているのかわからなくて…失礼だと思うが少し不気味だった。
「話は変わるが君は最近何か―――嫌な事でもあったのではないかね」
そう言って俺をみてくる中田さん。
「え?…ええ、まあ。…でも、どうして?」
驚いてそう答えると、静かに頷く中田さん。
「職業柄、どうもそういう事には敏感でね。君は一見すると平然としているが、所作の端々で気落ちしているのが見える。――気に障ったのならすまない」
「いえ、お気になさらず。…神父さんって凄いんですね」
そんな俺の言葉に、静かに笑う中田さん。
「こうして会ったのも何かの縁だ。私で良ければ、悩みを聞かせてもらうよ」
そんな中田さんの言葉に、何と言ったものか…と少し逡巡したが、軽く触りだけでも、と口を開く。
「色々と、恋愛関係でありまして」
俺のそんな言葉に、ほう?と興味深そうに眼を開く中田さん。
「それは―――例えば幼馴染を寝取られた、というものではないのかね」
ズバリ言い当てられてドキリとする。
「ふっ、君は少し正直すぎるきらいがあるな。
何、君位の年頃になると、幼馴染を寝取られるというのはよくある事だ。…だが、そうか、惚れた女を他の男に奪われたと。それは実に――――――――」
そう言って静かに目を閉じる中田さん。
静かに目を閉じるその表情からは、何を考えているかは窺い知れない。きっと神父さんだし、聖職者らしく心を痛めてくれていたりするのかもしれない。
「…時に少年。君は、身体を動かすことに興味はあるかね?」
暫く瞳を閉じて何事かを考えていた中田さんだが、何かを思いついたようにそう言ってきた。
「え?ええ、人並みには。部活はしてませんが毎日ジョギングはしてます」
「そうか。…ならば毎朝少し早起きをして―――教会に身体を動かしに来ないかね」
そう言って中田さんは、毎朝教会の庭で中国拳法のようなものの鍛錬をしている事と、心身を鍛えることで見えてくるものもあるのではないかと言って朝稽古に誘われた。
朝6時過ぎに起きて教会まで自転車で5~10分程、そこから20~30分程軽く稽古をしてから家に帰って学校に行く―――という事になる。
早起きは苦ではないし折角のお誘いだし一度行ってみるのもいいかもしれない。そう考えて、折角だしお言葉に甘えてお邪魔してみることにした
中田さん雰囲気は変わってるけど話してみたらいい人そうだし…まぁ、神父さんだし変な人じゃないと思ったのだ。
「うわっ!…じゃなかった、いらっしゃいませ中田さん」
大学から帰ってきたのか、リュックを背負った仁奈さんが中田さんの姿を見て変な声をあげていた。
「やぁ、仁奈君。お邪魔しているよ」
そう言って仁奈さんににこり、と笑いかける中田さん。
「ど、どうもー」
そう言いつつ俺たちの横を通りすぎると思ったら、俺をぎゅうっとハグして顔を胸の間に挟みながらバックヤードまで引きずって行く。
「九郎君大丈夫だった?変な事言われてない?ハグする?バブみいる?仁奈さんに甘えたさんする?」
「今まさに窒息させられるところでした」
「おどれあのエセ神父ゥ!トンプソンコンテンダー心臓にブチ込んだらァ!!」
「いえ仁奈さんの胸にです」
ヒートアップしている仁奈さんにそう言うと、そっかー私の胸はGのなんとかギスタだからそれはしょうがないねーと笑って安堵していた。…安堵するところそこ?あと劇場版普通に面白かったんで模型再販して欲しいレコンなんとか。そして仁奈さんGなんだ…。
「まぁ、よくある世間話をしていただけですよ、ハグとかバブは結構ですし甘えたさんとか何なのかわからないんでいいです」
バブでほしいのはムキムキマッチョの肌黒金髪さんの召喚石だけだぜ…!なんてサクサクッと切り返すと、
「九郎君がつれねーでごぜーますよ」
といっていじけてみせる仁奈さん。
…大学生で、年上なんだよなぁこの人。それ言うの着ぐるみが似合う小学生アイドルでは?
「まぁ、兎も角変な事言われたりされてないならいいけど、もし何かあの神父に変な事されたら仁奈さんにすぐに言うのよ!お姉さんがあんなのやっつけてあげるからね!」
「えぇ…?!やっつけるって…。話してみたけど物腰丁寧でいい人でしたよ」
「…そうね。でもなんかこう…私の第六感が危険を感じるのよ」
そう言う仁奈さんに、人を疑うのは良くないですよ、気のせいですって、と宥めながらホールに戻った。
ホールに戻ると中田さんが静かに笑って迎えてくれた。
「そうだ、私にも君ぐらいの年頃の娘がいてね。そこの坂の上の高校に通っているのだが、君はどこの高校に通っているのかね?」
「あ、同じ高校です。俺は一年生なんですけど娘さんは何年生なんです?」
「二年だ。中田ゆずりと言うが、知っているかね?」
「いえ、あった事は無いですが―――どこかでお会いしたら声をかけさせてもらいます」
そんな俺の言葉に、くっくと笑う中田さん。
「それは辞めておくといい。アレは少々変わった性根の持ち主でな。父親である私にも何を考えているかよくわかない。―――いや、困った娘だ」
年頃の女の子ってそういうものなんじゃないかなぁ、と思いながら話しつつ、どんな人なんですか?と聞いたら思案した後、ゆっくりこう言った。
「―――私と同じ声をしている」
この、ダンディな?赤ダルマ異星人とか、英国の対吸血鬼機関の鬼札とかそういう雰囲気で女子?…まっさかー。それから暫く中田さんと他愛なし!な話をした後で、洗い場に戻って洗い物に専念した。
中田さんを見送った後で、雅東さんに謝る。
「すいません、今日は仕事中なのにお客さんと話し込んでしまいました」
「構わないよ。お店も丁度暇になったところだし、ああやってお客さんとコミュニュケーションをとるのも社会勉強の一環だからね」
雅東さんはそう言って笑っていた。本当にいい店主だよね、雅東さん。
どこぞの軍の残党になってもカリスマにつられてついていく腹心とか一兵卒がたくさんいそう。
その日のバイトが終わっての帰り際、仁奈さんに呼び止められてシャンプーやリンス、ボディーソープといったものをごっそりと渡された。
「忘れてたけどこれ追加!毎日使ってね、使ってみた中で肌に合わないものとかあったら別の物を用意するから!」
「ありがとうございます。でもお代払いますよ、いろいろいただいてしまってますし」
そう言って財布を出すが、仁奈さんはうーん…と思案する様子を見せる。
「んー…じゃあ、お代の代わりに今度私とデート行こうよ。お姉さんが傷心の君を慰めてあげる!」
えっ?
「九郎君を振った幼馴染が後悔して歯噛みするくらいのいい男になるために、私とデートに行こうそうしよう!はい決定~~~~答えは聞いてない!いーじゃんすげーじゃん」
えっ?紫色で武器は銃の?
っていうかデートって…えっ?
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