第4話 眞知田佳織①

 九郎君は子供の頃から頼りになっていつも優しかった。


―――そんな九郎君が大好きで、私たちはずっとずっと一緒だった。


 引っ込み思案だった私の手を引いてくれたのはいつも九郎君だったし、私が勉強で詰まりそうになると、いつも九郎君が勉強を教えてくれたりもした。

 中学生になってからはお互いの誕生日にプレゼントを交換したりデートにも出かけて、一緒にいる時間は10年をこえていた。そして中学3年生の私の誕生日には、九郎君と初めてのキスをした。

 …大人になるまでお互いを想い合いながら一緒にいようと約束も。


――――思い返しても、なんておぞましい記憶だろう。


 戻れるならその瞬間に戻って泥水で口を洗いたい。

 今となってはとんだ黒歴史だ。一刻も早く早くナノスキンで歴史の彼方に埋もれてほしいし、二度と掘り起こされないようにマウンテンサイクルの底に葬り去ってやりたい。

 私の足を引っ張り、ここまで私の目をふさいでいた・・・目障りで、鬱陶しい最低の、幼馴染の九郎君(ダニ)。


 高校生になるからと、お母さんにお願いして美容院に行かせてもらった。

 高校自体は私の学力では少し背伸びをするくらいの所だったけれど、勉強を頑張って合格したので無理を聞いてもらったのだ。

 私だって年頃の女子なのだし、「可愛い」に憧れがある。

 校則に違反しない範囲でと言う約束のもとで、美容師さんに腕を振るってもらった私は―――中学までの自分とは違う、可愛い「私」だった。垢ぬけた私の姿に一緒に美容院に行っていたお母さんも驚いていたが、自分の娘が可愛くなったのだ、結局は満足そうにしていた。

 …そう、私は絶対的に可愛い。こんなにも可愛いんだ!!どうして今まで気づかなかったのだろうか。


「えー、眞知田さん可愛い!今度一緒にカラオケいこーよ」


「ねー!」


「やばー、眞知田さんメッセージ交換しよー!」


―――高校に入学したその日から、私はクラスの中心の女子グループの一員だった。


 取り巻きはどいつもこいつも私に劣る外見の女子ばかり。そういう奴ほど、可愛い女子にすり寄るのだ。

 本当に―――無様ね。私は間違いなくこのクラスの『一軍』。今までの弱い自分とはお別れをした!・・・ってやつよね。


 女子のカースト上位が私を中心に集まれば、自ずと男子だって集まってくる。

 私の可愛さに惹かれた男子がホイホイされて、クラスの中でもカースト上位の男子は私たちのグループと一緒にいることが多くなった。

 その中にはまあまあの顔の奴もいたが、私に釣りあうような奴はいないから適当に私を持ち上げさせたり、奢らせたりするために侍らせておいた。見た目がよくなるとこんなに世界が変わるんだ・・・もう最高!!

 やっぱり人は見た目がマジLOVE1000%って本当だったんだ。

 当然、一軍グループともなれば話の内容も今までとは違う。

 誰がカッコいいだの、モテるだの、そんな話ばかりで退屈なのは仕方がない。だが、そう言った話はスペックが高い男子の情報ソースとしては有益だし、私に相応しい彼氏を探すためには重要だから適当に乗るようにした。


 かっこいい男子の話題はさておき、誰が可愛いとかなんかは私が一番かわいいんだからそれ以外の女子なんてど~~~~~でもいいだろと思うが、取り巻き同士も水面下で牽制しあってるのもみていて笑える。このクラスでは私が一番可愛いのは間違いないんだし、お前達は私を引き立たせるための有象無象にすぎないっていうのにね?ご苦労様って感じ。

 学年通しても私と張り合えるような女子はそうそういないだろうし、そういったやつらはどんどん蹴落として自分の立ち位置をしっかりしていくつもりだ。その時に使える駒は一つでも多い方がいいから、取り巻き達とも仲良くしてしっかり手駒にしておく。


「羽目田先輩めっちゃかっこいー」


「ほんとほんと、シュッとしてイケメンだし優しいしいいよねー、彼女いるのかなぁ」


 高校生活が始まってから暫くすると、取り巻きの女子たちはテニス部の羽目田先輩に黄色い声を上げていた。羽目田というのはテニス部の部長で、背が高くてマッシュの髪形のイケメンだ。

 取り巻きの話を聞いていると羽目田先輩は校内でも有名な男子で、学年問わずモテているらしい。

 集めた情報を整理しても、羽目田先輩の彼女狙いの女子は多いというのは間違いない。

 羽目田先輩ならイケメンで女子の人気も高いし、付き合えば他の女子も羨むだろう。私に相応しい彼氏では??


―――テニス部に入っていたことで羽目田先輩と接点があったのはラッキーだ。

私は計算の末、羽目田先輩に近づいていった。


「眞知田さんって、あの九番目と仲良いの?」


 九番目―――九郎君の事だ。可もなく不可もなく、微妙な男子。名前が九だから九番目、と女子の間では番号付けられていた、私の汚点(おさななじみ)。

 中学の頃までは九郎君ずっと一緒だったから九郎君が一番格好良いと思っていた。だけど、どうやらそうじゃなかったようだ。

 私の周りの女子は皆、羽目田先輩の方がかっこいいといい、九郎君は冴えない九番目だという。そうなのかな?…そうなのかも。


「えぇ?いや、家が隣なだけだよ。別にそれだけだし、“九番目”でしょ?ナイナイ」


そういって笑うと、


「だよねー」


「九番目って特徴がないのが特徴だしねー」


 そう言って私に追従して九郎を馬鹿にし始める取り巻き達。

 …私が知らなかっただけで、九郎君って全然イケてない男子だったんだ。

 そのくせ心配するふりして一緒に勉強しようとしたり、親切なふりしてずっと私を囲ってたんだ。私を騙して飼い殺しにしてたんだ、サイテーじゃん!

 ここで皆から、どういう男子がかっこよくてイケてるのかを知ることが出来て良かった!

 あー、なんか九郎君がウザくなってきたなぁ…。アイツと関わってなかったら、私もっと早くにこうやってカースト上位になってたかもしれない。

 受験の時も鬱陶しいくらい私に勉強させてさぁ、そんな事されなくても余裕だっただろうに。

 お互いの家の事もあるから時々一緒に帰ってやったり嫌々デートは付き合ってやってるけど、なんか一緒にいるだけで今まであいつと一緒にいたせいで機会損失してたって考えると無限にムカついてくるし。

 …なんか今までの復讐に思いっきりみじめったらしく突き放して『ざまぁ』してやりたくなってきたなぁ…。


「眞知田さん、一緒に帰らない?」


 ある日、練習の後に羽目田先輩に誘われて一緒に帰った。

 羽目田先輩が女子に人気があるのを知ってから、それとなく羽目田先輩に近づいたり、練習を見てもらうようにお願いしたり、さりげないボディタッチをしたりとアピールを繰り返してきた。

 それがついに実ったんだ!!絶対先輩意識してる!これ意識してる!

 ガッツポーズをグッと堪えた。だ…駄目だ。まだ笑うな…こらえるんだ。…し、しかし…


――――やったぜフラン!!


 思わずやったぜフラン砲をぶっぱしたくなるこの気持ち。


 入学一か月足らずで私が羽目田先輩を彼氏にしたら、私の地位は不動のものになる。

 私が学年トップの女子といってもよくなるだろう。羽目田先輩は私に相応しい最高の飾りなのだから。

 そうして一緒に帰った羽目田先輩は色々な話で盛り上げてくれて、笑わせてくれて、そして褒めてくれた。それに私の事が何でもわかるみたいに、心の中をどんどん言い当ててくる。凄い。

 羽目田先輩の方が私の事理解してくれてるじゃん。イケメンで性格も良くて相性もバッチリ!!


これ…九郎君よりも、羽目田先輩の方が「いい」よね?

もう、九郎君…いや、九郎ゴミなんてもう、「いらない」よね?


 その日から、部活が終わった後は毎日羽目田先輩と一緒に帰るようになった。

 羽目田先輩はユーモアのセンスもあって、一緒にいるとずっと私を楽しませてくれるので、毎日が楽しくて仕方がなかった。

 そんな中で九郎がメッセージを送ってきたけど、鬱陶しいから気づかないふりしてスルーしたり、次の日に適当に返信した。正直相手するのも億劫だし面倒くさい。

 九郎と一緒にいても私には何の得にもプラスにもならないって“理解わか”っちゃったから。


 それからしばらくしたある日の放課後、他の部員が全員帰った後、私と羽目田先輩は2人で道具の片づけと部室の掃除をしていた。そうしていると、ふっと、後ろから誰かに抱きすくめられた。

…羽目田先輩だ。


「眞知田さん。俺、眞知田さんがテニス部に入ってからずっと…眞知田さんの事凄く気になってたんだよね」


 そんな事を言いながら、私の両肩を優しく掴む羽目田先輩。


「えっ、先輩?」


 体を密着させて来る先輩に、その意図を理解して緊張する。


「俺、優しくするから。それにこういう事、皆やってるぜ?」


 耳元でそんな事を甘く優しく囁く羽目田先輩。どうしよう。

こういう事は結婚するまでしちゃダメ、なんだよね?九郎君ともキスまでしかしなかったけど―――そんな事を考えていると、先輩の指が優しく私の身体をなぞる。


「大丈夫、絶対気持ちよいから、さ――――」


 そう言って私を振り向かせ、キスをしてくる先輩。

そうして体を触られながらキスをしていると、だんだんと気分が高揚してくるのを感じた。


―――そしてその日、私は羽目田先輩に、私の大切なものを捧げた。


 一度『して』しまえば、あとは遠慮なんてなかった。

先輩に抱きしめられるだけで満たされて、今までにない快感に溺れることが出来た。先輩は心も体も満たしてくれる。部活が終われば先輩の家やホテルで毎日のように、「そういう」事をした。


 …もう、九郎君なんていらないんじゃない?っていうか邪魔。

 あんなのさっさと捨てちゃって、正式に羽目田先輩の彼女って自慢できるようにしたほうが私のためだよね。


 そう思い立った私は、面倒くさいが九郎に声をかけて一緒に帰る帰り道で、今まで私の足を引っ張ってくれた恨みを込めて振ってやった。

 イメトレ不足でなんて言ったら九郎を傷つけて泣かせてやれるかと思って言葉に悩んだが、ガクガク震えて絶望した顔をしてる九郎をみれたから結果オーライかな。

 あぁ、スッキリした。少しずつでも立場をさっぱりさせないとね!

 それにしても先輩とエッチしたって言ってやったときの九郎のあの惨めで無様な顔。今にも泣きだしそうで、ざまぁ!!!!!!って笑いを堪えるのに必死だった。


 本当に―――ポルカミゼーリア!!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る