第3話 年上のお姉さん、年下の妹分
そうしてはじめたアルバイトは2日目、3日目も順調に終わった。
日中から夕方までアルバイトをして、帰ったら軽くジョギングして汗を流し、シャワーを浴びてから勉強。食事がすんだらクラスメートに誘われてはじめたソーシャルゲームを少し触って、また勉強。
アルバイトがいい気分転換になっていて、生活サイクルの調子がでてきたようだ。
一日のアルバイトが終わり雅東さん達に挨拶をし、お店を後にしようとしたところで仁奈さんに呼び止められた。
「九郎君ちょい待ち、はいこれ」
そう言って渡されたのは紙袋だ。
「仁奈さん、これは?」
「洗顔フォームとか化粧水とか入ってるから、それ毎日キッチリ使うように」
突然そんな話をされてキョトンとしてしまう。
「君ぐらいの年頃だとまだ肌の手入れとか気にしないかもしれないけど…それは大きな間違い。肌の清潔感はモテに必要不可欠よ」
「モテ、ですか」
別に失恋しただけでモテたいわけではないのだけれど…、と思いながらも年上の話だし真面目に聞く。
「九郎君は清潔感あっていいけど、そこに手を加えたら普通にもっとモテると思うの。折角の原石なのに磨かないみたいで気になるんだよねー。
個人的には九郎君が寝取り負けた相手ってのがどれくらいの者か気になるけど…せっかくだからこの機会に外見を磨いてみなよ」
そう言いながらそうしようそれがいいよ、と頷く仁奈さん。
「―――例えばさ、よくTVで髪を切ってイメージ変わるってやつ。
実際にはTVでやってる髪切ってビフォーアフター!みたいなのは化粧とか眉毛整えたりもして、スタイリストさんがガッチガチに見た目を整えてるからそう見えるの。
ただ髪を切ればイケメンになれるほど現実は甘くなくて、TVでは髪形を整えるのもスタイリストがやってたりするけどいざ自分でスタイリングしようとしたらいきなりやってもプロのスタイリストがやるようにはキマらないし、産毛剃ったり眉毛整えたりとか、勿論肌の清潔感とかも必要。
…スタイリングってのは毎日回数をこなして身につくものなの。
女の子にウケるのってそういった色々な細かい所の積み重ねなんだよねー。モテは一日にしてならず!
神は細部に宿る―――ってわかるかな?」
結構な熱量でそう語る仁奈さん。
そういうものなのかぁ…。なるほどなぁ、と目から鱗が落ちる思いで話を聞く。
「うんうん、素直なのも君のいいところだよ、大事にしたまえ。…でさ、ぶっちゃけると九郎君私の好みだから、折角だしいい感じのモテ男になるように磨きたいんだよね!」
モテ男…モテ、かぁ…。
「モテってのはいまいちパッとイメージわきませんが、身だしなみの意識が高くなるのは俺もありがたいです。色々教えてもらえたら嬉しいです」
そういって、頭を下げる。仁奈さんはそんな俺の様子に、
「んんん、そういう所イイゾ~~~~」
と頭を撫でまわす。
「お姉さんに全部任せなさい!」
ぎゅうう、と仁奈さんの胸の谷間に顔を埋めさせられて、
窒息させられたりしそうになりながらも俺は店を後にした。
そんな帰り道、家に向かって歩いていると黒髪ポニーテールの…見知った女の子の後ろ姿を見つけた。
眞知田早織(まちださおり)ちゃん、―――俺の恋人で幼馴染だった眞知田佳織の、妹である。
快活で、うちの妹とは阿吽の呼吸で賑やかに騒ぎ立てる、俺にとってはもう一人の妹みたいな子だ。
そんな子が、木の影からじーっと、一つの建物を見ている。
―――何日か前、そこに佳織とヒョロ男が入っていくのをみかけたラブホテルを。
「早織ちゃん?」
そう言って後ろから声を賭けると、
「ズンドコベロンチョ!!?」
…なんて奇声を上げつつ飛び上がって驚いていた。
「あ…九郎お兄ちゃ…九郎さん」
振り返り俺の姿を見た早織ちゃんは、瞬時に申し訳なさそうな、悲しそうな顔をする。
―――俺と佳織の事、佳織から聞いてるんだろうな。
この子にまで気にさせちゃってたか…と申し訳ない気持ちになる。
「あのホテルを見ていたのかい?」
そう確認すると、すっと目を伏せる早織ちゃん。この早織ちゃんの反応で、いろいろな事が察せた。
「…そっか、佳織があそこにいるんだね」
そんな俺の言葉に唇を噛んで涙目になる早織ちゃん。
「姉さんが…あいつが…!お兄ちゃんを…!あんなポッと出のヒョロい男なんかに!!」
震えながらヒートアップしていく早織ちゃんだったが、
「そこまでにしておきなよ早織ちゃん」
と頭を撫でて落ち着かせる。SSFではないので言い方は優しくアレンジしておいた。
「自分の姉を、あいつなんていっちゃいけないよ。…少し、歩かないかい?」
そう声をかけるが、
「でも、あそこに――――」
とラブホテルを指さして言葉を選びながら伝えようとする早織ちゃん。
「―――いいんだ、もう。
それよりも、いつまでもこんなところにいると怪しまれたりするかもしれないし、佳織が出てきたらみられるかも知れないよ。そうなったらお互い気まずくなると思う」
そんな俺の言葉に悩んでいたようなので、ゆっくり手を差し出す。
「少し、俺の散歩に付き合ってくれないかな」
差し出された手を、ぼうっとみつめていた早織ちゃんが、おずおずと手を差し出してきた。その手を握り、ホテルを背にして2人で歩き出した。
俺達の家がある住宅街にほど近い並木道を2人で歩く。
「ごめんね」
手をつないだまま家に向かって歩いている途中、ポツリ、と早織ちゃんが呟いた。
「何がだい?」
早織ちゃんに謝られることも特にないと思うけど…と聞くと、
「…お姉ちゃんの事」
と、絞り出すように早織ちゃんが言った。
「あぁ、その事か。佳織と俺との間の事は、俺たち2人の問題だから早織ちゃんは気にしないで。大丈夫だよ」
安心させるように、努めて優しく諭したつもりだが、…それが良かったのか悪かったのか、早織ちゃんはぽろぽろと大粒の涙をこぼした。
「…でも、私!…もう、九郎、さん、を、お兄ちゃんって、呼べないよぉ。観月ちゃんとも、会えないよぉ」
そう言って足を止め、掌で顔を覆う早織ちゃん。…いつも明るく元気なこの子がこんなに落ち込むなんて、といたたまれない気持ちになる。
「…そんな事は無いよ、早織ちゃん。
佳織とは―――別れたし、俺も傷つきはしたけど…そこに早織ちゃんが負い目を感じる事は無いよ。
早織ちゃんも、俺にとっては幼馴染で、もう一人の妹…みたいな子だと思ってるからさ。それに観月も、早織ちゃんの事はすごく気にしてた。
…観月も、早織ちゃんも、お互いが一番の友達だっていってたじゃないか」
そんな俺の言葉に、鼻水をすすりながら真っ赤な目で俺を見上げる早織ちゃん。
「だから、もし早織ちゃんさえ良ければ―――これからも、今迄みたいに、変わらず俺達兄妹と仲良くしてほしいな」
「うえ、うえええん、九郎お兄ちゃん…!」
そう言って抱き着いてきた早織ちゃんを抱き留めて、落ち着くまでゆっくりと背中をさすってあげた。
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