第37話 そのVの名は三毛羽ころん

観月と早織ちゃんの2人に手を引かれて部屋に入ると、パソコンに映された画面を見せられる。


―――そこに映っていたのは、昨日の俺を視聴者側から見た画面だった。


 水色の髪の可愛らしい女の子のイラストが動いているが、それがチャットでリクエストされたネタを拾って喋っているまとめ動画だ。


「この『I_am_blue_leaf』ってアカウントの人が、昨日の切り抜き動画をアップしてるみたいなんだけど拡散希望ってしてて、しかもこの人がインフルエンサーみたいで凄い勢いで拡散されてるんだよぉー」


 あわわと慌てる観月と、はわわと慌てる早織ちゃん。

 スマイル動画とかツブヤイターとかでも拡散されているようで、スマイル動画ではランキングに入っているしツブヤイターには万越えリツイートされている。


「ど、どうしようお兄ちゃぁん」


「いや…なんか…すまん…俺が変な事したばっかりに」


 どう反応したものか困りながらも騒ぎを起こしてしまったのでとにかく謝る。


「…これ次の放送の時に絶対突っ込まれると思うよ…」


 そういってうーん、と悩んでいる早織ちゃん。折角2人で楽しくやっていた活動が俺のせいで滅茶苦茶になってしまったのか…これもう腹切るしかないんじゃねえのか、ハイクを詠むしか…グワーッ。

    

「…これは、九郎お兄ちゃんにも協力してもらうのが、よいかも」


 早織ちゃんが悩みつつも、俺にお願いをしていいものかと迷った眼差しを向けてくる。


「俺の不注意が起こした騒ぎだ、俺に出来る事なら何でもするぞ!!」


「ん?今なんでもするって」


 何故かそこに食いつく観月。目が、目が捕食者のソレだぞ観月ィ?!

 ―――ということで相談の末、俺は三角はんぺんにうどんみたいな足が生えたゆるキャラ状の生命体としてたまに動画に出ることになった。

 顔も点が2つと横線一本で幼稚園児でもあっさりかけるくらいのゆるい生き物で、これぐらいのほうが自己主張しなくていいだろうという俺のアイデアが採用されている。

 早織ちゃんがさくさくとイラストを描いてくれたので、後はライブ2Dの動きをつけたらこれでVtuberのアバターとして使えるようになるらしい。

 …俺は…俺がダムガンだ…じゃなかったVtuberの「くらげ兄」だ!!もしくはVtuberに、俺はなる!!


 そして今週末、丁度両親が揃って外泊で出かけるという事だったので早織ちゃんが家にお泊りに来ることになった。

 お泊りと言っても隣の家だからなんていうことはないが、その時に俺のくらげ兄のテストも兼ねて放送をする予定だ。

 勿論、粗相があってはいけないので、俺も合間の時間にVtuberの動画を色々と見て勉強に勤しんでおくのは忘れない。

 その日は放課後はバイトまで少し時間があるし、教室でゆっくりして時間を調整して行こうかなと思ったのでスマホを操作して調べていた。

 ツブヤイターなども見て最近人気急上昇のVtuberをチェックすると、最近デビューして凄い勢いで伸びているVtuberがいるらしい。


「三毛羽(みけは)ころん…ね」


 グリーンを基調にしたツインテールの女の子で可愛いデザインじゃないか、なになに…イラストレーターは『おしゃぶり脇の下カイザー太郎』?この間、佳織と一緒にいるのを街で見かけた人か。チャラい感じのお兄さんだったのに、凄く可愛い絵を描くんだなぁ。人は見かけで判断しちゃだめだよね。

 このころんというVtuberは、《何度でも甦って倍返し!絶対復讐してやる!!》のフレーズがウケて大人気?…浮気は許さないガチ恋営業Vtuber?…ガチ恋営業ってなんだろう。

 藤堂に聞いたら教えてくれそうだな。本人はオタクバレをしたくなさそうなのでこっそり聞くか。

 俺の視線に気づいたのか、目があった藤堂がウインクしながら掌を上に向けて俺を指さす。お前の罪を数えろって?なんで俺が罪を数えなきゃいけないんだよ。品行方正に生きてきてるからあんまりねーよ、多分ね!

 うーん、教室でVtuberの話をしても困るだろうし…ちょっと違う所で話を聞くか。藤堂のところまで歩いていくと、座って鞄を片付けていた藤堂が俺を見上げている。


「うん?どうしたの判官」


「悪い、藤堂。…ちょっと話があるんだけど、今って時間いいか?」


 そんな俺の言葉になぜか教室が静かになった。…なんだ?視線を感じるとリナがショックを受けたようにこっちを見ている…なんだ、どうしたんだ?ちょっとオタクな話をこっそりしたいから人のいないところに行きたいだけなんだけど…。


「え、え、え?私?リナじゃなくて私なの?」


「何故リナ?それで、人前で話すような事じゃないから、ちょっと人のいないところに行きたいんだけど大丈夫か?」


 だって藤堂オタクな事バレたくなさそうだったじゃん。人でにぎわってる教室でそんな話を振られるのも困るんじゃないのか?

 ―――と、そう思いながら藤堂を見ているとなぜか赤面してわたふたしながら立ち上がろうとして…ハッとしてリナの方を見ている。なんだ?リナは、うるっとして、何かを我慢するようにしてから藤堂にニッコリ笑って頷いている。

 え、何その自分の気持ちを押し殺して人の幸せを優先するみたいな反応。何々なんなのこの空気。そして顔を真っ赤にして唇を薄く噛んだ藤堂が、俺の後ろをついてきて――――



「Vtuberァ?!」


 俺のそんな質問にオウム返しのように声を上げて、ガクッと力が抜けた…というか脱力したのか、へなへなと力なく座り込む藤堂。

 いやぁ、あんまりこういう話をクラスの皆のいるところでされるの嫌かなと思って校舎裏に来てもらった、と説明をする。


「は~、どうせそんな事だろうと思ったよ、あーも紛らわしい事しないでよ判官!ばかっ、あほ、あんぽんたん、すけこましー!」


 なんか藤堂にボロクソに言われてしまう…えぇ、俺、かぁ?そんな俺の様子に、深くため息をついた後立ち上がり、スカートについた砂埃を払う藤堂。


「―――で、Vtuberの何が知りたいの、判官」


 さくっと切り替えて教えてくれる藤堂。なんか悪いことしちゃったみたいだけど、それでも頼りになる女の子である。

 さすがこういう事に詳しい(と思われる)藤堂―――いや藤堂先生!今話題のVtuber三毛羽ころんについても当然のように知っていた。さす藤堂!!


―――『三毛羽ころん』、ゾンビ少女という設定のVtuberで、人気イラストレーターの『おしゃぶり脇の下カイザー太郎』がデザインした、ちょっとゴスっぽいミニスカドレスを着た美少女Vtuberだ。

 色白で可愛らしい顔をしているが女王様のように自信過剰、でも時々ポンコツな面をみせながらのトークやゲーム配信、歌ってみたといって歌を歌う配信をしているVtuberとのこと。

『ファンは食料!がぶーもぐもぐっ』というフレーズにちなんでファン達が自称し始めてから公称になった“フーディエンス”と言うファン達に支持されている。

…ここからが“ガチ恋営業”になるけれど、ファンのツブヤイターをエゴサしてマメにリプやいいねをつけて回ったり、他のVへの浮気はダメ!と徹底的に他のVの支持禁止するリプをしてファン一人一人にツンデレ&ヤンデレな面をみせる事でフーディエンスに本気で恋をさせる事、らしい。

 そのガチ恋勢という本気でころんに惚れこむファンから強烈な支持と投げ銭をされていいて、特に名前を覚えたフーディエンスがツブヤイターで他のVの感想を呟くときっちり悲しむリプをいれてくるのでそれで落とされたフーディエンスも少なくないとか。

 中にはデビューしてからのこの短期間で100万円近い金額を投げ銭したファンもいるらしい。

 人を惚れさせるのも、それを繋ぎ止めるのも上手く、熱心に支持しているフーディエンスは放送中にも名前を呼んでくれるのでガチ恋フーディエンスどうしでも熾烈なしのぎの削り合いとマウントの取り合いをしている修羅の界隈と化している。

 今後もっと伸びていくであろう個人V、ということ。

 そう説明を受けながら藤堂オススメの切り抜き動画をみてみたが…なんだろうこの違和感、なんか聞き覚えというか聞き馴染んだ声のような気がする。…気のせいかもだけど。


 でも、藤堂先生すごくわかりやすく詳しく説明してくれて助かった。いや、恐ろしい界隈だしガチ恋勢ってすごいね…カルチャーショックを受けたよ。


「ちなみに個人Vっていうのは?」


「あ、それはね。Vtuberって企業がやっているのと個人がやっているのとがあって、前者はそういうVtuberをプロデュース・運営する企業が母体になってやっているもので、今だと大きく分けて2種類が競合してるけどそれは今はそれは割愛するね。

 で、…このころんはどちらにも属していない完全な個人Vなの。個人にしては金がかかりすぎている、とか下手な企業よりもクオリティが高い、なんていわれてるけどそれ位に完成度が高いのよこの三毛羽ころんは」


 そんな風に藤堂先生に教えてもらったことで勉強になった。いやぁ、Vtuberの世界って凄いね。オタっぽいことなら大体なんでも知ってる藤堂先生本当に頼りになるわ。

 その後に教室に帰ったらリナが半泣きになっていてなぜかおめでとう?と声をかけられたので、慌てて否定した藤堂に促されてリナを連れ出し、藤堂と一緒に事のあらましを説明したら校舎裏で藤堂に言われたみたいにけちょんけちょんに言われた後で無言でタイキック連打された。…痛いッス、リナさん。


…三毛羽ころん、かぁ。なぜだろう、何だか妙にひっかかるんだよなぁ。

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