第19話 クズの才能

テストが終わったあとの土日はいつものように朝は教会でトレーニング、昼間はバイト、夕方は帰宅して勉強と落ち着いた生活を送った。来週は土曜日に仁奈さんとデートして、日曜日はリナの家にお邪魔することになってる。…週末が忙しそうだなぁ。

そして迎える月曜日、テスト返却の日である。教室に入れば皆どこかソワソワしている。まぁそうよね、テストが返ってくる日って学生としてはすごく浮つくし気になるもんね、俺もちょっとどうなってるか気になってるし。

「おはよう。判官にしては随分浮ついた様子じゃないか」

「わかるか、稲架上。…そりゃ俺だって気になるよ」

そう言うとははは、と稲架上は安心したといって笑っていた。

「いやお前、なんか同じ歳の筈なのに達観しすぎていると思ってたけど安心したよ」

…そうか、稲架上からはそう見えていたのか。

それはたぶん、佳織に振られて…俺の心のネジがどこか外れてしまったからかもな。

言われてみるとあの日を切欠に色々な事を許容したり受け入れたりすることがだいぶおおらかになった気がする。…良いのか悪いのかだけど。

「はよー九郎、稲架上。…うー、ドキドキするよお」

そう言って祈るようなしぐさをするリナ。

「わかるー、私も赤点は回避してると思うけどどんな結果かドキドキするし

「私は大体あってるはずだから気にしてないにぃ。にゃあにゃあ」

そういうのは藤堂と福田。稲架上は福田をははは面白いこと言うなと笑っているが…俺にはわかる。福田のそれはマジでいってる。テスト期間中一緒に勉強してたからわかるが恐ろしく授業の理解度が高いんだ。説明とかアウトプットは福田のにゃあにゃあ語まじりになるので伝わりにくいが正確にインプットされてるから福田は凄く頭がいい。

「テストドキドキするねー佳織」

「そうね…」

「あー、かおりんなら楽勝だろうけど、俺は自身ねぇなぁ」

佳織たちのグループもそんな風に騒ぎ立てているのが聞こえてきた。


一限目は数学からだった。87点。お、結構いい感じだった。細かいケアレスミスでの減点なんだがこれは出だしいいんじゃないか?

二限目、三限目、四限目ととテストはどんどん返却されて行く。皆一喜一憂しており、テストの返却って高校になってもこういうところは変わらないなーと思う。

昼休み、俺の机に集まってきたリナと藤堂と福田で机を合わせて弁当とテストを持ち寄ってのプチ反省会。

「で、九郎はどうだったの?」

「ぼちぼち。今のところ返ってきた分はこんな感じで80点代はとってるよ」

「うわーっ、すっご。私はこの通り70点台が多いかな。でも中学の時よりはずっといいよ!九郎のおかげだねっ」

そういってほくほくしているリナ。可愛い。

「私はもう少し下かな、大体60点台だったけど調子いいのは80点代あったし、私中学の時は結構赤点スレスレをやらかしたりしてたからやっぱり九郎様様だわ。ありがとうね」

そう言って安堵しているのは藤堂。

「皆それぞれ頑張った結果だな。いや、皆満足いく結果出て良かったぜ。ところで福田は?」

「全教科満点だにぃ」

むぐむぐと弁当を食べながら何でもない事のようにさらっという福田。と、「100」の書かれた4枚の答案…パーフェクトデュエルしてるぅ。

「…凄いな福田」

「むふーん、褒めてくれても良いのじゃぞ♪なんてにゃあ」

福田をよく知る藤堂は、やっぱりねーという表情だが俺とリナはなんかすごいものをみたと驚いていた。

そんな風に賑やかにご飯を食べていたが、佳織の取り巻きの声が響いた。

「あーも全然だめだったー!私赤点だから追試確定だよー!!」

ウガーッ、といってあたまをかいているのは佳織の取り巻きの中でも元気がいい子だ。

「あ、あはは…」

対する佳織はなぜか乾いた笑いを浮かべている。

「いーよねかおりんはどうせ赤点なんて無縁だろうけどさー」

声が大きかったのでついついそちらを見てしまったが、「ん?」と気になって声を上げてしまう。

「どうしたの九郎」

「いや…、なんでもない」

いつもは賑やかな佳織がおとなしいと思ったが、乾いた笑いを浮かべているというかなんか汗を流しながら狼狽しているようだった。

「かおりんは何点だったの?」

「え?私?…私は…」

そう言って言いよどむ佳織の手元にあるのは裏返されたテスト用紙。

「―――あっ!!」

換気のために開け放たれた窓から吹き込む風が、そんなテスト用紙を吹き飛ばし、宙に舞った。

「うわっ、ちょっ…!!」

そう言って叫ぶ佳織の声もむなしく、散らばったテストの点数を1人の男子生徒がみて声を上げた。

「…3?」

なに、ドルドルの人とか?…ではないだろう。え、それ点数化?

「かおりん、これ…3点とか、12点とか…マジ?」

散らばった答案を拾った生徒が信じられないものを見る目で佳織を見ている。

「え、佳織…え…?」

取り巻きの女子たちもうわぁ、と言う目で香りを見ている。

「そ、それは…」

そう言って俯き、その、う、えっと…小さく呟いている佳織。…なんだ?別に勉強ができなかったならそれはそれだし、追試受ければいいだけなのに何してるんだろうか。成り行きで様子を見ていたが、俺だけでなく教室にいた男女が佳織の事を固唾をのんで見守っている。

「佳織ってもしかして勉強苦手だったりしたの…?」

恐る恐ると言う様子で取り巻きの女子が佳織に聞いている。


「―――それ、判官、そう、九郎の事があったからなのよ!!」


俺ぇ?!?!突然名前を出されてギョッとするが何で俺が関係あるんだ?!これには隣のリナも、藤堂も福田も同じようにびっくりしている。

「ちょっと何がどうしたのよ九郎」

ヒソヒソとリナが聞いてくるがそれは俺が聞きたい。今更佳織と縁なんてないしなんで俺の名前が出てくるんだ?!?!

「実はテストの直前、そこの九郎が入院したの」

そう言って俺を指さしてくる佳織。おおお?!

「入院?それ本当なの?」

佳織の取り巻きの女子が聞いてきた。

「ん?あぁ、確かに病院にいたぞ」

アメリちゃんを助けてから病院に入院して寝込んでいたからな。確かに事実だ。

「私の家、九郎の隣何だけど、お父さんとお母さんがそんな話をしていて…幼馴染だったし、そんな事を聞くとどうしても心が落ち着かなくて、心配で全然勉強も手に付かなかったの」

そう言ってぐすっ、と涙を浮かべる佳織。

は~~~~~~~~~~~~~~~?!いやいや、いやいやいや嘘だろそれそんなお前が心配してたとか俺聞いてねーよ。というかそれなら退院してから様子みにきたり、月曜日に登校したときに俺に話をしに来ないか?!?!

「私、すごく九郎の事心配してたのに…九郎は全然、私に連絡来ないし…そりゃ、別れたけど中学の時に少し付き合ってた事もある相手だから?そんなの気になるじゃないっ」

えうえう、えぐ、と涙をぬぐいながら、集められて渡されたテストを受け取り、引き出しにそっとしまう佳織。えうえうじゃねーだろ!えうえうには高難易度お世話になるけどお前みたいに邪悪じゃないわい。

「…別れた相手から話しかけられるのって、嫌だと思って…でも私、私、ううっ」

そんな佳織の様子に、静かに、しんみりする教室。

「えー、佳織かわいそー」

取り巻きの一人がそんな事を言う。

その瞬間、手で覆われた佳織の口元がにやり、と歪んだのを俺は見逃さなかった。


―――佳織(コイツ)、自分が勉強不足で赤点取った原因が俺だってなすりつけやがったな!!


「うぐっ、ひっく、わたし、わた…」

そう言ってすすりなく佳織の方を近くにいた女子がさする。

「かわいそー、ちょっと判官ー佳織に謝りなよー」

「そうだよ、佳織こんなに心配してたんじゃん」

口々に女子たちがそう言う。

「いや、だったら隣の家なんだし直接聞きにくればよかっただろ、俺日曜日には帰ってきてたし」

「うわあああん、でも、でもぉ…!」

「判官やめなよー、佳織泣いちゃってるじゃない!」

「今佳織は泣いてるのよ!」

「本当、判官サイテー!!」

「ううん、わたしが、私が悪いのぉ。私が勝手に心配して…うあああああああああっ」

そんな佳織の鳴き…いや泣き声に、教室中の視線が集まる。


…どうする、どこまで説明する?そもそも俺がなぜ入院していたかの話をするとリナに飛び火して迷惑がかかってしまう。

今教室中が俺の一挙一動を見ているが、先に佳織に泣かれてしまったので今俺が何かを言っても後手になる。佳織にデモデモダッテと言われてしまえば俺が顰蹙を食らう。

これ、まずい状況じゃないか?

ありのままに事実を言っても男の俺が何を言っても言い訳にしか聞こえない。完全にこれは佳織にしてやられてしまった、のではないだろうか。

女子に背中をさすられた佳織は、完全に被害者のポジションに位置している。

…おい、お前が普通に勉強できなかったって言えばいいだけなのに何で俺を巻き込んで俺の仕業にしてんだ?!――――他の人間に見えないようにほくそ笑んでいる佳織の顔に、お前なぁ…と歯噛みする。自分のプライド護る為に俺を巻き込むな、関係ないだろ…!!

そう言いながら何を言えばよいか、と迷っていたが―――


「みっともないうそ泣きしてんじゃないわよ」


そんな空気を一蹴する声があった。リナだ。

「な、何よ大垣。アンタは関係ないじゃない」

そう言って佳織の背中をさすっている女子がリナに反論する。

「ハァ?あるわよ。あるから口出してんのよ。何も知らないのはアンタ達の方でしょ」

それは決して怒鳴るような声ではない。だが強い意志と、凛とした声色で聞くものの挙動をとめるものだった。腕を組み、佳織とその取り巻きの女子を睨むリナ。

「九郎は、雨の中で行方がわからなくなってたアタシの妹を一緒に探してくれてたの。それで風邪をひいたの。だから私はおおいに関係あるわよ」

佳織が「え?」と驚いていた。どうやらそこまでは両親から聞いていたなかったのか?まぁそうだよな、俺が入院したとは聞いても何故とまでは聞かないもんな。

「っていうかそもそも泣くほど心配ならお見舞いにでもくればよかったじゃない。私、毎日朝から晩まで九郎の傍にいたけどアンタ顔みせにも来なかったじゃない。九郎が寝てるときにアンタの妹はお見舞いに来てたわよ…あっしまったこれ言わないでって言われてたんだっけうわっ」

―――そうなの?!?!早織ちゃんお見舞いに来てくれてたんだ…

「だからアンタだってお見舞いに来ようと思えば来れたわけじゃない。アンタの妹みたいに本人に会わずにこっそり様子を見に来るだけだけだってできた。でもしなかった。それをいまさら心配で勉強が手につかなかったぁ?…寝言は寝て言えってばよ!!」


ちょっとリナさんや興奮して最後どこぞの忍者みたいになってるってばよ!

だが、そんなリナの言葉に教室の空気が変わった。リナの言い分に賛同して佳織に疑惑の目を向ける側と、佳織の側から俺やリナを敵視する者。ちなみに前者は一緒にサッカーしてた男子達が多く、後者は佳織の取り巻きの女子たちだ。

「…そ、そんなの、だって、だってぇ…」

「都合が悪くなったらでもでもだってて言い逃れ?アンタって卑怯ね」

他の人間は気づかないだろうが、佳織の怒気が膨れ上がったのを感じる。これは長年一緒にいた幼馴染だからわかるんだろうけど、泣き真似を続けながら佳織は今リナに向かっての怒りを堪えている状態だ。

「もういい、リナ」

そう言ってリナを止める。

「九郎。駄目、ここは譲れない。九郎はあめりと私を助けてくれたんだから―――ここは引けないよ。さっき九郎が私を巻き込むまいって、入院した理由言い淀んでたのがわかった。でもね、私、我が身可愛さに口噤むほどダサい女じゃないから」

強い意志の宿った目で俺を見上げるリナ。そんな目をされたら何も言えなくなっちまうじゃないか。本当は、俺が自分で佳織にうまく言い返せばよかっただけなのに…俺、庇おうとして庇われるなって…かっこ悪いと自分が嫌になる。だがそんな俺の心中を慮ったのか、

「初めて会った時からこの方、散々助けてもらったんだから…ここは私に意地を張らせてよ」

そう言ってウインクするリナに―――こんな状況なのに、不覚にもドキッとしてしまった。

教室の皆も、事の成り行きを黙って見守っている。あんなにうるさかった佳織の泣き声も、顔を覆ったまま今はぴたりと停止している。

「ねぇ佳織。アンタと私で勝負しようよ。私が勝ったら、アンタには九郎に詫びいれてもらうわ。焼けた鉄板の上で土下座なんていわない。しっかり頭を下げてもらうけど」

「な、何よそれぇ…」

そう言いながらも、掌の隙間から、確固たる闘志を燃やしてリナを睨み返している佳織。教室の皆はリナをみていてこの視線に気づいていないが、佳織を見ている俺とリナだけは多分この佳織のうらみと怒りのこもった眼差しをみている。

「アンタさぁ、ルックスに自信があるんでしょ?来週ある代表女子コンテストでどっちが上か勝負しようよ。もしもアンタが勝ったら――――クラス全員の前で全裸土下座でもなんでもやってやるわ」

ざわっ、ざわっと騒めきはじめるクラス。全裸、土下座…だと…?!いやいやそこまでしなくていい、そもそもなんでそんな話になってるんだリナァー?!

「うっ、うっ、…くふっ。…く、九郎も、いっしょに、あやまって、くれる…?」

うわ佳織こいつ泣きまねしながら俺まで…いや、リナにだけリスクを負わせられるものか。リナが身体張ってくれてるんだ。ここで俺だけ安全地帯にいれるかよ。

「わかった。もし佳織が勝ったら俺もクラス全員の前で全裸土下座するよ」

ええい、ままよ、というものもある。

「ちょっと九郎?!」と隣で驚いているリナ。

「ひっく、ひっく…く、くふっ…。くふっ…。そ、それじゃあ…私、出るよぉ。私が、かっ、ったら、2人とも、謝ってよ、ね?」

そういう佳織は泣いているようで絶対に笑っている、俺は詳しいんだ!

クラスの皆もなんかえらいことになったぞ…という雰囲気だ。

「クラスの皆が証人だからね!」

そういうリナだが、

「あ、今の会話録音しているにゃー。あとでクラウドにあげておくにぃ」

そう言って会話に口を挟むのは福田。福田グッジョブというか判断が早い!

「や、やくそくだよ、九郎、大垣さん」

そう言って――――涙声を出しながら掌の奥で笑っているであろう佳織を睨み返す。


「「上等だ!」よ!」


かくして佳織のはた迷惑な行動に始まったこの騒動で、リナと佳織が勝負をすることになってしまったのだ。…そしてこのどさくさでテストの点が赤点だったことをうやむやにしきった佳織はなんというか…と呆れるのだった。

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