第1話 フレンドリーとプロ(2)
今では車は全てオートだ。
人が運転する必要も安全対策に座らせることもしない。ティアラにとってはそれが当たり前。
(人を座らせるなんて)
馬鹿みたいだ。ティアラは黙って首を横に振った。
都会の中層・下層では中古の車が走っていたり、今でも人が運転する車はある。でも、それは上層に暮らしてきたティアラにとっては別世界の話だった。
(お祖母様もご友人の方も運転手をつけてたっけ)
遊びに行った時に見て知っていた。
父の行動からして、これから住む「田舎」でのマウントの1つだろうと今ならわかる。一握りの富豪が住むエリア「田舎」。都会とは違った張り合いがあるに違いない。それだけは何となくわかってきた。
(舐められないために人をつけるの?)
呆れてまた首を振る。
人は労働時間が決まっている。休日も与えなくてはいけないし病気にもかかる。その上、ミスもする。
慈悲と寛容を人を雇うことで示す。そう言うことなのだろう。
都会の金持ちなら馬鹿にするかもしれない。金を無駄遣いしていると
(馬鹿馬鹿しい)
ティアラはまた首を振った。
ここでのマウント取りに飽き飽きしているのに、田舎ではまた別の静かな戦いが始まるのか。そう思うとうんざりする。
「お嬢様、首をどうかされましたか?」
老執事が心配そうにそっと声をかけた。長年蓄えてきた情報があっても黙ったままの彼女の思考は読み取れない。
「なんでもない」
説明も口喧嘩もしたくない。だから、短くそう言って建物の正面玄関へと進んでいく。
彼女が近づくと1枚板に見えたガラス扉が滑らかに動いた。
中央に細い切れ込みが入って、両側へ順々に上から下へと短冊状の線が入っていく。真ん中の2枚が横回転をしてそれぞれに外側に並ぶガラス板に重なる。重なって一緒に回転し、さらに外側の板に重なってくるくると回る。そうやって中央からドアが開いていった。
外の光を反射してキラキラと輝きながら開いていくのに2秒ほど。
「綺麗ね」
「そうでございますね」
老執事を従えて1歩中へ踏み込む。
「あっ」
1歩入った足の下。床の上に雪の結晶が花開いた。
2歩目・3歩目。足が床に着くたびに足元に結晶が生まれては細かく砕けて、小さな結晶になって消えていく。
花火のように美しく儚い雪の結晶。その映像をティアラは目を輝かせて見ていた。
「フレデリックおじ様らしい演出」
「ええ、心が弾みますね」
陽気で好奇心旺盛なフレンドリー社のトップ。彼はティアラの父の友人で、彼女が好きな大人の1人だった。
(プロ社とは真逆)
両方のトップの顔を思い浮かべてティアラはくすりと笑った。
前に一度だけ、青年アンドロイドのオーダーのためにプロ社へ出掛けたことがあった。あちらのビルは無駄を省いたスタイリッシュな造りだった。大人格好いいと言うのが似合う感じだ。
「不思議ね」
「何がでしょう」
「お父様とフレデリックおじ様、そしてロイドおじ様が仲良しってことがよ」
眉を軽く押し上げて老執事は小さく頷いて見せた。
「会社もそうだけど、お喋りなあなたも物静かだと評判のプロ社のアンドロイドも、トップの性格が反映されてるみたい」
無駄こそ発想の母と言うフレデリックと、無駄を省いた先に新しい発想が生まれるというロイド。水と油のように思える。
老執事は首を小さく傾げながら言った。
「まぁ、そうなのかもしれません」
この執事にしては言葉数が少ない。
「当たり障りのない答え。まぁ、いいけど」
2人の進む先に案内人が立っていた。女性とも男性ともつかない中性的な印象から、それが人ではなくアンドロイドだとわかる。
「いらっしゃいませ、クローウィル様。本日は
ティアラは滑らかに話し始める案内を手で止めた。
「いらないわ。爺が知ってるでしょ」
彼女は足を止めることもない。
「ですが・・・・・・」
前を過ぎ行くお客様に案内人が食い下がろうとして一瞬止まった。そして、すぐに頭を下げる。
「後程、お迎えに参ります」
老執事が指示をしたのだろう。
感情の尾を引くこともなく、あっさりと業務に戻っていった。
「私は1人でも大丈夫ですよ。お嬢様は空港へ向かわれては?」
「来て欲しいくせに」
「そんなことは・・・・・・」
「見送ってあげる」
そう言ってエレベーターに乗り込んだ。
自分のわがままで手放すのだから見送ってあげる。ティアラはそう決めていた。
エレベーターは上っていく、止まった階で降りれば「別れの庭」。そう呼ばれる場所にたどり着く。
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