第9話 老執事の行方(3)

 小道を歩いて屋敷へ向かう。

 庭から部屋を見上げると、3階のテラスからラフィールがこちらを見ていた。階段を上がっていくティアラを待っていたラフィールが声をかける。


「ティアラ、おはよう」


 朝日の似合う爽やかな笑顔でラフィールが迎えてた。

 ティアラがベッドを抜け出したことは確認済みのはずだ。けれど、彼はとがめることはしなかった。


「ここにいたのね」

「ティアラがどこにいるかルルとモコが教えてくれたから」


 誰と一緒なのかも小さい友達から報告を受けているに違いない。

 彼女が庭から出るようなら即座に駆けつけるが、庭にいるなら心配入らない。執事のいない時間も配慮するようにプログラムされているということなのだろう。


「爺のことで確認をとりたいの。フレンドリー社に繋いで」


 ラフィールに指示したティアラはテラスのソファーに腰かけた。間もなく彼女の目の前にビジョンが浮かび上がる。


「おはようございます。クローウィル様」


 AIが作り出した平均的で好ましい顔立ちの人物が、心地よい声で対応した。


「そちらに渡した爺の保管状況を知りたいの」


 そうですかとにこやかに応じて、人のように息継ぎするほどの間をとった。そのわずかな間に老執事の製造番号をチェックし現在の状況を把握したのだろう。


「クローウィル様から受け取ったアンドロイド執事は保管されていません」


 聞き間違いであってほしかった。


「・・・・・・え?」


 ティアラの記憶違いで父親はちゃんと書類にサインしてくれていた。そんな事実を知ることになると期待していた。そんな思いがさらさらと崩れ落ちていく。


「手続き、されてないの?」


 機械はミスを犯さない。答えは変わらないと知りながら繰り返し聞かずにはいられなかった。聞き返すティアラの質問に短く「はい」と答えが返ってくる。表情は変わらないのにそっけない。


「保管手続きはされていません」


 再度、丁寧な口調でそう言われた。

 事実を伝えるだけのモナリザの微笑みに心はない。好感をもたれるはずのその表情が冷たく感じる。


「手続きをしなかったら・・・・・・どうなるの?」


 知りたくないのに聞かずにはいられない。息を詰めるようにそっと聞いた。


「直営店で販売されるか、古い型及び修理に見合わない製品は処分対象になります」

「処分・・・・・・」


 映像はにこやかに微笑んだ。


「処分対象になった場合は使えるパーツを取り出すか、もしくは溶かして再利用となります。大切に処理させていただいています」


 フォレスタが言った通りの答えが返ってきて心がざわめく。

 棚に置いた物を手に取るみたいにいつでも気軽に取り寄せられる。いままでティアラは当然のことのようにそう思っていた。


『爺は要らない』


 父へ言った言葉の輪郭がくっきりと浮かぶ。

 あの時、新しい執事を手に入れたくてどうしても買い換えたい気持ちが先走っていた。


(どうしよう・・・・・・)


 店頭に立つ老執事の姿が浮かんで消えてくれない。

 記憶違いだと思いたいのに、言った事実が確信に変わっていく。


(もう誰かの執事か秘書になってしまったの?)


 急き立てる心を横に押しやって軽く咳払いする。そして、平静な顔で尋ねた。


「いまどこにいるか教えて」


 自分でも声が固いと感じた。

 置かれているショップがわかったら今すぐにでも買い取ろう。そうしようと心は決まっていた。

 執事を2つも持つなんてと母親は嫌な顔をするだろう。だけど、キツく叱られても部屋から長く出してもらえなくなってもいいと思えた。


「この製品は登録抹消されています」

「え? 何て言ったの!?」


 あっさりとそう言われて思わず身を乗り出した。


「この製品は登録抹消されています」


 AIは律儀に同じ言葉を繰り返した。

 予想もしなかった返答に頭が追い付かない。


「抹消って・・・・・・どういうこと!?」


 言葉の意味は知っている。


(そんなはずない)


「抹消された理由についてはこちらではわかりかねます」

「・・・・・・どうして」


 呟いたティアラの疑問を拾ってAIが似たような答えを返す。


「理由が明記されていません」


 AIの人物はどこまでも穏やかで微笑みを絶やさない。質問を重ねても堂々巡りになるだろうと思えた。


(不具合なんてなかった。どこも変わりはなかった)


 冗談を言って最後まで笑顔を見せて普通に歩いていた。不具合があるはずがない。けれど、抹消というインパクトの強い単語が心の中にどっかりと居座っていた。

 否定する材料を探して質問を投げる。


「抹消される理由で考えられることは?」


 無駄な質問だった。


「修理不可能な不具合があるか、型が古すぎるために廃棄処分リストに載った場合が考えられます」


(・・・・・・処分)


 たどる道は同じ。

 ティアラの瞳がゆれる。


「そんなはず・・・・・・ない」

「申し訳ございません」


 AIはすまなそうな表情を作って頭を下げるだけだった。


(爺が廃棄されるわけがない。処分されるほど古くなんてない! 不具合なんてあるはずがない)


 老執事を馬鹿にされたような苛立ちを覚えて、ティアラは奥歯を軽く噛みしめた。


「もういいわ、ありがとう」

「ご利用ありがとうござい・・・・・・プツッ」


 言葉の途中で切った。AIにまで気を遣う必要はない。


 登録抹消。

 廃棄。


 思ってもみなかった答えにティアラは頭を抱えた。


「何かの手違いよ」


 人なら有り得るかもしれない。けれど・・・・・・。


「間違いよ」


 AIが間違うわけがない。思いを思考が否定する。


「なにかアクシデントが起きたのよ。爺が廃棄だなんてそんな・・・・・・」


 そんなはずがない。


(あの時、要らないなんて言わなければ)


 ティアラは唇を噛んだ。

 たらればだ。

 老執事の顔と一緒にシャイアの顔が二重写しに頭をよぎっていく。言い直さなかった事や言えなかった言葉がざらざらと心を擦る。



『くだらない話がしたくなったら引き取ってあげる』


 ティアラがそう言った時、老執事は困った顔をしていた。彼女は別の意味にとらえて流したけれど。あの表情は・・・・・・。


(爺・・・・・・!)


 老執事は知っていたのだろうか、自分の行く末を。

 手放した後の事も考えないでのんきに言った自分が情けなくて腹立たしい。


「嘘よ、間違いよ」


 信じたくない、受け入れたくない。


「お父様に確認しなくちゃ!」


(そうだ、フレデリックおじ様へ確認を取ってもらおう!)


 ティアラは弾かれるように立ち上がった。

 フレンドリー社のトップなら詳しく調べてもらえるに違いない。


「どこに行くの?」

「お父様たちのところよ」

「いま行くの?」

「起きてる?」


 ラフィールと会話しながらティアラの足は廊下へ向かっている。


「ティアラ、確認を」

「待ってられない」


 ずんずん進むティアラの後ろを静かにラフィールが続いた。




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