第9話 老執事の行方(2)

「普通に動いていたみたいだし、中古で売り出されてるんじゃないかな?」

「売りに出される? 執事が?」


 信じられない表情のティアラにフォレスタは困った顔で笑った。


「リサイクルっていってね、中古ショップに置かれるんじゃないかと思うよ。リッピみたいに」


 もちろんネット販売もされるはずだ。

 地面に視線を落としたフォレスタにつられてティアラも目線を下げる。すると、名前を呼ばれたと思ったらしいハリネズミのリッピが、下草から顔を覗かせていた。


「呼んでないよ。遊んでおいで」


 フォレスタの声を聞いたリッピの顔が隠れる。


「誰かが使っていた執事を買う人なんていないと思う」


 にわかには信じられないティアラは首をかしげる。


「そう? 都会の中・小企業の社長さんとかが落ちてきた執事を秘書に使ってるって聞いたことがあるよ」

「落ちてきた?」


 単語に引っ掛かるティアラにフォレスタが説明を足す。


「上層で使われていた物が中層で売りに出されると、そういう言い方をするんだ」


 ティアラは初めて知る事に驚き、そんな事があるのかと関心の眼差しをフォレスタへ向けた。


「上のはメンテナンスもしっかりしてるし、替えたパーツも純正の新品。使い回しのパーツが取り付けられてるのより持ちがいいだろ。────なにより、上で使われていたってことが箔がついていいんだろうね」


 これもマウントのひとつかとティアラは理解した。


「保管契約されなかったアンドロイドは売りに出されるのね」

「そうだと思うよ。大抵の物は」


 なんとなく、フォレスタの言葉尻が気になって彼を見つめる。


「あー・・・・・・。人気のない物とか型が古すぎたりしたら、バラされたり溶かされたりすることもあるから」


 次々と知らない言葉が出てくる。

 ひとつひとつの意味を尋ねることは気が引けて、ティアラは曖昧に笑顔を作った。フォレスタがその様子から気づいて補足する。


「使える部品を取り出してバラバラにすることをバラすって言って、古くて替えのパーツがないとかもう使えないのは溶かして金属に戻すんだ」


 うなづくティアラを確認して、言い終えたフォレスタは空を見上げていた。

 日の登り始めた空は明るくて、ところどころに大きく白い雲が浮かんでいる。羊のようにふわふわとした白い生き物が記憶の中から思い浮かんだ。


(溶かされる、か・・・・・・)


 びっこを引いて歩く白い犬。あの犬はどうしているだろうか。青い空がほんの少し心をブルーにさせた。


(かなり古そうだったけど、あの犬は大丈夫だったかしら)


 飼い主のあの少年は今どうしてるのかと思考が転がっていく。


「空は一生灰色のままかと思ってたのに、人生わからないもんだな」


 明るいフォレスタの声がティアラの耳を素通りしていく。


(あの日から2週間近くたつのね)


 あっという間にも思える日々。


「そう言や、お嬢様たちが越してくる少し前に人が訪ねてきたんですよ」


 お嬢様と言った言葉に引きずられてフォレスタの語尾が丁寧になっていた。


「そう」


 相づちを打つティアラの耳には彼の言葉は鳥のさえずりの様だった。


「お嬢様のいとこさんに連れてきてきてもらったって男の人が」


 空を眺めながら話すフォレスタは話を聞いていないティアラに気づかず話している。


(お父様に爺は要らないと言った気がする。もし、お父様が保管の手続きをしていなかったとしたら・・・・・・)


 ぽとりと不安が心に落ちた。


 フォレスタは物思いにふけるティアラに気づかない。聞いていると思い込んで話を続けていた。


「この庭を見てお嬢様らしいって言ってましたよ」


 フォレスタの言葉に「そう」とティアラの口が自動的に動く。


(今頃、爺は売りに出されてしまっているかもしれない)


 ゆるく閉められた蛇口から雫がこぼれ落ちるように、ぽつりぽつりと不安が音を立てる。

 フォレスタの話す言葉の一部がティアラの心に届いていた。


「中層に暮らしてたって話したらあの流行ったドラマの話になってさ」


(もし売られていたとしたら?)


「本をあげたんだって。買ったものじゃなく自分のを」


(誰かが買っていたら)


「謝りたい人がいるのにすれ違ってばかりで会えないって」


(もう爺に会えなくなる)


「もっと早く気づけばよかったって」


(早く気づいてたら確認しておいたのに)


「後悔しても遅いけどって言ってた」


(後悔なんて嫌だ。確認しておかなきゃ)


 そう思ったらじっとしていられない。すぐにでも確認しようとティアラは脚立を降り始めた。


「謝りたい人ってもしかして・・・・・・ん? お嬢様?」


 話の途中で突然脚立から降りたティアラにフォレスタが目を丸くする。


「ごめんなさい、用を思い出したの」


 走るように歩くティアラの背を見送って、フォレスタは小さく笑った。


「あの男の人に心当たりでもあるのかな? あんなに急いじゃって、なぁ」


 草の中からひょっこり顔を出すリッピにそう言って、フォレスタはくすくすと肩をゆらして笑っていた。


 すれ違った会話の一部だけが重なって共鳴していたことをフォレスタは知らない。


「物語のふたりはハッピーエンドだったけど、こっちのふたりはどうかな」


 フォレスタは独り言と一緒にコーヒーを喉に落とした。その瞳は晴れやかな空を写していた。





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