第12話 バグにハグを(1)

 ティアラはラフィールとルシフェルに抱きしめられたまま泣き続けていた。

 彼女の膝の上にはシオナとスノーウィーが加わって、広い部屋の中で団子のように小さく丸まっている。


 すんとひとつ、ティアラが鼻をならすとルシフェルが顔を覗き込んできた。


「酷い顔だ」

「・・・・・・うるさい」


 小声で反抗するティアラにルシフェルはくすっと笑う。


「目はぱんぱんに腫れてるし、口は尖っちゃって。まるでデメニギスだ」

「デメ・・・・・・何?」

「デメニギス。深海魚」


 ティアラは泣き顔に不服そうな表情を加えてルシフェルを睨む。


「どんな魚か知らないけど、なんだか可愛くはなさそう」


 その感想を聞いてラフィールがぷっと吹く。


「ラフィール・・・・・・その魚を見たのね?」


 彼はすっとした顔に戻って目を合わさない。


「今日の上映会はこれにて終了」

「ちょっ、何を勝手なこと言って」

「終わり」

「待ちなさい」

「待たないよ」


 勝手に終了宣言したルシフェルはさっと団子から飛び出した。


「映像はまだ沢山あるけど・・・・・・。見終わったら、僕は捨てられるんでしょ?」


 虚をつかれてティアラは黙り込んだ。


「ゆっくり時間をかけて見ようよ」


 ルシフェルはそう言って向かいのソファーへ腰を掛ける。伸ばした両腕を背もたれに置いて足を組んだ。


「なんなら繰り返し見てもいい。ティアラの泣き顔、見飽きなさそうだから」


 いたずらっぽく笑うルシフェルにティアラはむっとほほを膨らませる。

 もう気軽に返品だなんて言えない。冗談だとしても、もう・・・・・・。


「これ、返した方がいい?」


 ルシフェルが首元の蝶ネクタイに手を掛けた。


「データは取り込んだから、僕はもう必要ないんだ」


 ティアラはそっと手を差し出して、ルシフェルは彼女の手の上に蝶ネクタイを置いた。

 老執事が大切だと言った思い出がここに入っている。執事の残したオリジナルが。


(どこにでもあるようなネクタイなのに・・・・・・。捨てられない)


 別れの庭で執事から手渡された時の温もりが残っている。そんな気がする。握っているのはティアラで、自分の熱が移っているだけなのに。


 溶けるようにソファーに体を埋めて黒い蝶ネクタイを見つめていた。


(ランプの精みたいにこすったら爺が現れるといいのにな・・・・・・)


 親指でそっとそっとネクタイを撫でる。


(爺が出てきたら謝りたい。ぎゅって抱きしめて謝りたいのに)


 瞼は重くてまだ熱が残っているのに、また目頭が再熱する。そんなティアラにラフィールが声をかけた。


「ティアラ、通話が来てる。録画する?」

「・・・・・・誰から?」


 気のない湿った声で尋ねる。


「フレデリック・ハイアット様から」


 名前を聞いたティアラは弾かれたように身を起こした。


「フレデリックおじ様から!? 繋げて! ちょっと待って、フィルターをかけてッ」


 軽く髪を整えて服をチェックする。


「いいわ」


 目の前にフレンドリー社トップ、フレデリックの姿が浮かび上がる。ティアラは小画面に写った自分を素早く確認した。いつも通りのティアラが写っている。目も鼻も赤くない。


「おじ様、こんばんは」

「こんなに遅くからごめんよ、おチビさん」


 時間はもう夜の12時を回ろうとしていた。


「いいえ。爺の件ですよね?」

「そう、おチビさんがベッドで泣いてるんじゃないかと思って」


 見透かされてる様でティアラは困り顔で笑って見せた。


「泣いてなんて・・・・・・」


 湿った声はフィルターをかけているかとラフィールに確認したい。けれどいまは無理だ。


「良い知らせと悪い知らせ、どちらから先に聞きたい?」


 ティアラは目をしばたたいた。


「おじ様、悪い方の話はもう知ってると思います」

「ん──。それはどうかな?」


 何を言いたいのかわからず、ティアラは小首をかしげた。


「ま、それは置いといて。おチビさんは僕の弟を覚えてるかい?」

「ええ、はい。最後にあったのは数年前ですけど」


 フレデリックが人差し指を立ててウインクした。それは、とっておきの土産話をする時の彼の癖だった。


「あいつ、いまどこにいると思う?」

「いえ、それは知りませんけど」


 何を隠しているのか、ティアラは焦れる心を抑えてフレデリックを見つめる。


「都会の端っこにいるんだ。マリーナでヨット暮らしをしているらしい」


 フレデリックは楽しそうな笑顔になっていた。


「あいつが執事を持ってた」

「え?」

「あいつがおチビさんの執事を持ってるんだ」


 頭が真っ白になって言葉が上手く飲み込めない。


「え? 誰が・・・・・・何を?」

「ああ! 良い知らせって言うのを忘れた!」


 頭を抱えてフレデリックが笑っている。


「不具合はあった。廃棄リストにも載った。でも、溶かされない。無事だ」


 無事と言う単語だけが頭の中に響き渡った。


(・・・・・・ああ!!)


 声も出せず立ち上がったティアラにルシフェルが抱きついた。


「良かったね! 爺さん無事だったんだ」


 喜べない。驚きすぎたティアラは笑顔にもなれず真顔のまま立ち尽くすばかり。


「あとでマリーナの位置情報を送るから」

「いま送って!」


 涙と一緒に声がほとばしり出ていた。


「いますぐに送って! おじ様、大好き!」


 フレデリックをエアハグして投げキスを送る。




 彼はまだ何か言っていたけれど、ティアラの耳には届いていなかった。


(爺に会える! 爺に会えるんだ!)


 ティアラは部屋を飛び出していた。


「ラフィール! 車をまわして!」




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