第6話 嵐の前の・・・(1)

 朝食は少しの緊張感はありつつおおむね穏やかに過ぎた。

 祖父母と両親がぽつぽつと会話をして、ティアラは聞かれたときだけ返答する。あとは機嫌良さそうな顔でお行儀良くしていればやり過ごせる。


 自宅へ帰る前にティアラの庭を見たい。そう言った祖母クリスティアの要望に答えて一緒に散策をした。


 ティアラの穏やかな1日はそこまでだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「信じられない」


 車から降りて玄関に入った瞬間、ティアラはぐちりはじめた。うんざりした声が冴えなく床に落ちていく。


「毎日寝に帰ってるみたい」


 ティアラは両親より先に自宅へ帰っていた。ひとりでロビーを歩きながらハイヒールを脱ぎ捨てる。


「挨拶回りは仕方ないとしても、パーティーの連続だなんて・・・・・・。何が楽しいの?」


 執事のラフィールは黙って彼女の脱ぎ捨てた靴を拾い上げて後に続く。


 ティアラだって子供じゃない。挨拶の大切さもご近所付き合いや社交界との接点を強固にすることが大切なことも知ってる。でも・・・・・・。


(クリスティアお祖母様と散策したっきり庭にも出られてない)


 スノーウィーやシオナをなでる時間はあるものの遊んであげることもままならない。

 感情を横にのけて社交的笑顔を張り付ける日々。毎日パーティーばかりで立ってるか座ってるか。体が疲れているとは言えないのに毎日疲れてる。


「神様でも安息日があるんだから、明日は私もフリーにして」


 ティアラの言葉に執事の返事はなかった。


 田舎に10代の若者は少ない。

 ティアラは行く先々で年配に引っ張りだこだった。

 実際「まぁ、なんて愛らしいの?」なんて言われて摘まむように頬に触れられることが多かった。その度にエネルギーを吸い取られてるみたいに力が抜ける。

 相手を見て子供っぽく反応を返したり大人っぽく受け答えしたりと臨機応変に対処してきた。その時々で大人になったり子供になったりできる年齢は気楽だけれど、こんな時は中途半端で面倒だと感じる。


 ティアラは階段を裸足で上がっていく。足裏を絨毯がなでる感触がふいに消えて彼女の体がふわりと宙に浮きあがった。


「きゃっ」


 ティアラの口から思わず小さな悲鳴が突いて出る。


「ちょっ、ラフィール」


 ラフィールは子猫を抱き上げるように軽々と彼女を持ち上げて階段を上がっていた。


「足が汚れてしまいますよ」


 大好きなヴァンにそっくりな顔。その顔がティアラの間近で微笑んでいる。ティアラは直視できなくて彼のネクタイを見つめた。


「耳が真っ赤ですね。お部屋に着いたら熱を測りましょう」

「熱なんて、ないから」

「そうですか?」

「ないの!」


 彼がいたずらに微笑みかける。


「もぉ、ラフィールったら」


 くすっと笑う彼の表情につい顔がほころんでしまう。


(あぁ、爺とは違ってなんだか楽しい)


 幼い頃から何度も老執事に抱き上げられた。疲れた時や眠い時、姿が老人だろうと安定感のある力強さで安心ができた。


(抱き上げられてときめいた事なんて今までなかったな)


 彼のやわらかい髪に触れる。ちらりとこちらを見たラフィールと目があってティアラは顔をそらした。




 ティアラの自室までお姫様抱っこしてきたラフィールは彼女をソファーにそっと下ろした。


「足、疲れてるね。ちょっと待ってて」


 立ち去る執事の背を眺めるティアラの顔は満足げだった。


 フルーツティーを持ってきたラフィールは一旦席をはずしてまた戻ってきた。お湯を張ったバケツを手にティアラの前に膝を着く。彼はティアラの足をとって湯につけた。


「掃除は行き届いてると思ってたけど?」

「ええ、完璧ですよ」


 言いながらラフィールはティアラの足をもむ。


「う、ん」

「力を弱めますか?」

「ううん、気持ちいい」


 痛みが和らいでいく。

 初めてじゃない、老執事もしてくれたことだ。同じようにしゃがみこんで足をもんでくれた。でも今日は景色が違う。


(静かだな・・・・・・)


 ラフィールは黙々とティアラの足をもんでいる。温かな空気が心地よい香りを乗せてティアラの鼻に届いた。


(爺はこんな時もお喋りしてたっけ)


 くすっと笑うとラフィールがティアラを見上げて、ティアラは何でもないと首を振った。

 温まって痛みも和らいだ足をラフィールが拭いてくれる。ふかふかのスリッパに足を潜り込ませてからラフィールは顔を上げた。


「いかがですか? お嬢様」


 その言い方も表情も執事とは違う。仲のいい幼馴染みが執事の役をしてるような感じで、ぐっと近い距離を感じた。


「うん、すっきりした。とても気持ち良かっ・・・・・・」


 ラフィールの顔がすっと近づいてきてキスされるかと身構える。ティアラのおでこに額が重なって、息が止まった。


「な、なに」

「熱はないね」


 キスをされそうなほど近い距離で微笑む彼に驚いて目が離せない。


「血行が良くなっただけだね」


 そう言ってラフィールはティアラの頬をなでて立ち上がった。


「うん・・・・・・ぽかぽか」


 恥ずかしさを隠して自分の頬をなでる。


「寝室をチェックしてきます」

「うん」


(何よ、いつも突然なんだから。びっくりするじゃない)


 心のなかで突っ込みをいれてときめいてる自分に笑った。


(・・・・・・1年前には、考えられなかったな。こんなこと)


 他の子達が恋愛モード最高って言ってた意味がわかった気がした。


「失恋で空いた穴は恋で埋める・・・・・・か」


 あの頃、ティアラには付き合ってる彼がいてアンドロイドと疑似恋愛のどこが楽しいのか理解できなかった。


「・・・・・・私のリアルも、疑似恋愛だったのかもしれない」


 別れた彼の横顔が浮かんだ。

 3つ年上の彼から別れを切り出されたあの時の彼の顔と彼の声。



 あの時の冷たい台詞を思い出してティアラは胸に手を当てた。






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