第5話 完璧(4)

 姿見に後ろ姿を写し見て、ティアラは前に向き直った。


「うん、これにしよう」


 スカイブルーのワンピースは祖父母を交えた朝食にぴったりだと思えた。バラの模様が入った白いレースが部分的に覆っていて、清楚ながら華やいで見える。

 ノックに答えると青年執事が入ってきた。


「凄くお似合いですよ」


 静かにドアを閉めた彼がにっこり微笑んだ。


「ティアラにぴったりだ」


 言った彼が脱ぎ散らかされた服をひろう。


「あ、ごめんなさい」

「気にしないで、これは仕事のひとつだから」


 笑顔を見せる彼が爽やかにウインクする。彼の仕草につい頬がゆるんでしまうけれど、でも。


(爺だったら気にならないのに)


 さすがにこの有り様は恥ずかしくて一着ひろい上げた。それもすぐに彼の手に引き継がれてしまう。


(こういうところも完璧にしたいな)


 今朝は自分で起きられた。

 執事とは言え、ときめいた相手に寝起きを見られるのがほんの少しためらわれた。だから久しぶりに目覚ましを使った。

 オセロットのシオナに起きたい時間を言っておくと目覚まし代わりに起こしてくれる。

 ふくふくの猫手で頬を撫でて、頭を顔にすりつける。それでも起きないときはペロペロ攻撃。くすぐったくて絶対に起きられる最強の目覚ましだ。


「起こしに来なかったわね」


 と、ティアラは執事に言った。少し意地悪な言い方かなと思いつつ。


「うん、先客がいたから」


 彼はベッドで丸くなっているシオナの頭を撫でながら言った。


「そっか」


 アンドロイド同士だ。情報の交換をしたか彼が行動をチェックしたのだろう。


「午後は挨拶回りって聞いてるけど、相手の方の好みを確認して服を選んでおいてくれる?」

「好印象の最適な服を選んでおくよ」


 清楚系が好みか華やかな服装が好きなのか、そんな情報は相手のためにオープンにされている。それは上流階級ではマナーのひとつで、互いの印象を良くすることで無駄なきしみを作らないためのものだった。


 爽やかな笑顔がティアラの前を通過していく。彼の滑らかな動きを見ながらティアラはアクセサリーの置かれたチェストへ足を向けた。


「ピアスも小さい方がいいわね」


 アクセサリーケースを確認する。見たところ全部そろっているようだった。


(蝶ネクタイ)


 煌めく宝石が並ぶ中に黒いネクタイがひとつ。それは異彩を放っていた。


 昨日、ここに入れておいた老執事のネクタイ。

 それほど大切だと思っているわけではなかったけれど、なんとなくここが良いと思えた。

 中にどんなデータが入っているか見ずに捨てても良かった。でも、わざわざ残した老執事の思い出を、少しくらい見てからにしようかと思ったのだ。


(爺、どうしてるかな)


 ガラスケースの中の蝶ネクタイを撫でるように、指をすべらせる。指から伝わる冷たい感触が心の隅にある寂しさに触れた。


「そう言えば、あの白い犬どうしてるんだろう」

「白い犬?」


 髪を耳にかけながら執事がわずかに首をかしげる。


「ごめん、ティアラ。白い犬のデータが見つからない」

「あ・・・・・・そうか」


 老執事が連携から切り離された後の出来事だ。


「いいの、データとして残ってないと思う」


 フレンドリー社のクラウドどころか、いま使っているプロ社のクラウドにも取り込まれることのなかった出来事。


(あれは爺と私にしかない思い出なんだ・・・・・・)


 ふと、そう思った。

 あの少年の泣き声、びっこを引く白い犬の後ろ姿。そして、淋しげな老執事の顔。


(そっか、爺のあの顔は私だけが持ってるデータなんだ)


 別れの庭から見た景色はネットを探せば見つけれれるだろう。でも、そこにはティアラも老執事もいない。


(そうか、そうなんだ。クラウドには無いんだ)


 それはティアラにとって新鮮な感覚だった。

 悲しいとか淋しいと思うよりも、執事が自分について知らないことがあると言うことが不思議だった。


「そっか、知らないんだ。私と爺の秘密ってことね」


 ティアラがいたずらっぽく笑うと、珍しく青年執事がむっとした表情になった。


「怒った?」

「のけ者にされた気分だ」


 ティアラに背を向けて服をクローゼットにかける彼を横から眺める。


「怒ってはいません」


 すました顔で言う彼にティアラはくすっと笑った。


「ラフィールって呼んでもいい?」

「ラファエルをもじったんですね?」

「ふふっ、当たり」


 すぐに当てられてティアラは笑った。


(癒しをくれる私の天使)


 ティアラの思考の流れはクラウドにあるのだろうか。そんなことが頭をよぎった。






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