第6話 嵐の前の・・・(2)
真っ暗な世界に彼だけが立っている。
別れ話の時のあの服装で。
ああ・・・・・・、これは夢だ。
優しかった瞳が氷のように冷たい。
『恋人もステイタスのひとつ、そうだろ?』
怒りを封じ込めた冷ややかさに心を突き刺されて何も言うことが出来なかった。一瞬にしてあの瞬間に気持ちが戻ってしまう。
『君もみんなと同じとはね』
冴えざえとした瞳に見つめられて苦しくて喉が締め付けられて声がでない。
(違う、そんなの関係ない)
そう言えたらよかったのに。
『僕だけ知らなかったなんて、滑稽だな』
(私も知らなかった、本当よ)
夢の中なのに自由にならない。言いたかったことをここでぶちまけてしまえばいいのに、現実を繰り返して何も進まない。
言えなかった言葉が闇を叩くだけ。
彼からもらった本がバラバラに千切れて白く舞い落ちてゆく。
必死に拾い集めようと手を伸ばしてみても、
楽しかった日々がこぼれ落ちていくみたい。
『自分で道を切り開く主人公っていいね』
『親のレールに乗らないで自分の気持ちに忠実なところもいいね』
『運命の出会いって、本当にるのかな』
互いに自分と重ね合わせて主人公の人生を熱く語り合った。
ティアラと彼の出会いは偶然だった。
本当に。
親同士が示し合わせるよりも前に、ふたりはもう仲良くなっていた。指示されて彼の前に現れたんじゃない。彼の背景に恋したんじゃない。
言いたくても言えなかった言葉は夢の中でも喉に詰まったまま出てこない。
本当に
ステイタスは
関係なかったか?
闇の中から問いかける声がする。
(この人ならお母様も喜んでくれる)
心の隅の矛盾に亀裂が走って闇が派手な音を立てて砕けた。
「はっ!」
目が覚めると窓から入る朝日が部屋を明るくしていた。
「・・・・・・あぁ」
無意識に手を当てたこめかみが濡れている。
「夢を見ていたようだね、大丈夫?」
「大丈夫よ、爺」
言った自分の声にはっとして声をかけた主を確かめる。
「ごめん。いま、爺って言った?」
ラフィールは穏やかに微笑んでいた。
「6回目ですが、気にしてません」
「ごめんなさい」
笑うラフィールは、枕に顔を埋めるティアラの頭を優しく撫でた。
「あの夢よ、また見ちゃった」
「73日振りですね。カウンセリングの予約をいれましょうか?」
ティアラは黙って首を振った。
(2ヶ月と少しか・・・・・・。もう見ないと思ってたのに)
泣きながら目覚めて老執事を何度心配させたことだろう。
『あんな酷い事を言う人なんて夢の中で殴ってしまえばいいんですよ』
ファイティングポーズを作って自分の事のように怒ってくれた。
『お嬢様が人を飾りのように扱わない人間だと爺が1番よくわかっていますよ』
人間なら呆れて慰めの言葉も失くすほど泣き続けても、ずっとずっと彼だけはティアラに付き合ってくれた。それが執事でありアンドロイドの仕事なのだとしても、それで救われた。
「大丈夫だけど・・・・・・。あの台詞はやっぱり痛い」
ラフィールの返答はわずかに遅かった。
「なんと言われたの?」
「?」
見上げると心配そうなラフィールと目があった。
「知らない?」
「残念ながら」
ほんの少し不思議だった。
夢の事もカウンセリングの事も知っているのにあの言葉は抜け落ちてるなんて。
「・・・・・・いいの、気にしないで」
すまなそうな顔のラフィールにティアラは首を振った。
その言葉を伝えるには頭の中で思い返し、声に出して、その声を耳で聞かなくてはいけない。夢に加えてあと3回も同じ台詞を浴びたくなかった。
「あっ、いけない。着替えなくちゃ。今日のスケジュールどうなってたっけ」
ベッドから起き上がろうとするティアラをラフィールがそっと止めた。
「午前中に入っていたものはキャンセルになりました」
「えっ?」
「午後のスケジュールも旦那様と奥さまにお願いしてお嬢様をはずしてもらえました」
話を聞いているティアラの目が徐々に丸く見開かれていく。
「うそ・・・・・・」
「本当です」
「本当の本当!?」
「ええ」
両手を天に伸ばして「やったぁ」と言ったティアラはそのままベッドに倒れこんだ。
「今日1日フリーなのね?」
「はい」
ティアラが喜びを噛みしめているところへラフィールが言った言葉が拍車をかける。
「朝食はここで食べる?」
「うそ、いいの!?」
驚いて飛び起きたティアラを見てラフィールが目を丸くする。
「ゆっくりできる朝やお疲れの時には、多くの方がそうしてますよ」
ティアラは祈るように手を組んで満面の笑みで執事の提案を受け入れた。
「爺なら絶対ダメって言うわ。病気の時しか許してもらえなかったのよ」
喜ぶティアラを見てラフィールも笑顔を返す。
「先の執事には教育プログラムが入っていたようですからね」
「そう・・・・・・か、なるほどね。考えても見なかったけど、口うるさかったのはそのせいもあったのか」
感心するティアラをベッドに残して執事ラフィールは部屋を出ていった。
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