第6話 嵐の前の・・・(3)
「ねぇ、ラフィール。私がカウンセリングを受けたのは何回?」
朝食を目の前にセッティングして、立ち去ろうとする執事を呼び止めたティアラは彼に質問をした。
「4回です」
ティアラは嬉しそうに食事を見ながら質問を続ける。
「失恋から抜け出したのは?」
「明らかな日付はわかりませんが、ご自分から出掛けたいとおっしゃられたのがその日だと推測すると、別れた日から数えて3ヶ月と17日」
ふーんと言ってティアラは朝食をひとくち頬張る。
「ふさぎ込んでベッドで過ごした時間もお教えしましょうか?」
ラフィールの声が少しいたずらっぽい。少し考えてからティアラは首を振った。
「・・・・・・どうしてあの人が言った台詞だけ
フォークを口にくわえながら考える。
ちらりとラフィールを見ると、彼はティアラを見ていた。人差し指の第2関節を唇にあてながら。
(これは、行儀が悪いって言いたいのね)
そろりと口からフォークを抜いてウインナーに突き立てる。
「主人が顔を合わせたい人、合わせたくない人は把握しています」
ティアラの口元を拭いて彼は続けた。
「言動が嫌いなのか損失を負わされたのか、原因についても情報を持っています」
穏やかな彼の声を聞きながらティアラは黙々と食事を口に運ぶ。
「しかしながら、口論の内容などは一部を除いてデータとしては残しません」
「一部?」
「後々、法に関わりそうな部分だけ記録しています」
ああなるほどと思う。
怒りがおさまらず法的に訴えたくなった場合のためか・・・・・・と。
「お嬢様のケースでは」
ラフィールの言葉を拾って目を向ける。
「カウンセラーが知っていればいい事かと」
そう言って彼は微笑んだ。
(ふーん、そこはプロにお任せって事ね)
答えに納得した。
納得したはずなのになぜだか落ち着きが悪い。いつもの枕なのに頭の収まりがしっくりこない。そんな感じに似ている。
「いま、こう言われたって話したら記録に残してもらえるの?」
「さぁ・・・・・・それは、AIが判断することなので私にはなんとも。残したければそう指示してください」
指示してまで記録に残したい言葉じゃない。口をへの字にしてティアラは首を振った。
(爺は指示しなくても覚えてた)
なにげない話や無駄に思えるとりとめのない会話も。
(私が忘れてた事も引っ張り出して話すから思い出してよく笑ったな)
ティアラが苦笑いするのをラフィールは見ていた。
「私が都会に住んでた時によく出掛けてた場所を知ってる?」
「はい」
「そうよね。どれくらい詳しく知ってるの?」
「どのカフェに何回通ったか、どのケーキを何回注文したか。出掛けた日付や同行された方がどなただったか。デリバリーの日付や注文内容なども」
満足そうに頷きながらティアラは目を細めた。
だんだんと面白くなってきて店名や商品名当てゲームのように次々と質問する。
「凄い、なんでもデータが残ってるのね」
一度入ったきりで不味かったからと2度と行かなかった店の名前まで出てきて、ティアラはお腹を抱えて笑った。
「1番のお気に入りのパティスリーは、メニューを網羅する勢いで毎日注文されてました」
「そうそう、そうだった」
スイーツに特にはまった頃だ。
「お店の雰囲気も好きだった。そうだ! そこの新作のケーキ!」
笑い出すティアラをラフィールは微笑みながら見ていた。
「お皿から滑り落ちて白いスカートを汚したことがあったわね」
ふいに笑う老執事の顔が浮かんだ。
『慌ててケーキを掴んでしまわれて、手は汚れるは、驚いて頬に手を当てたものだからお顔まで汚してしまわれて』
チョコまみれで酷い顔だったとふたりで笑った。
(あぁ、前にもこの話で爺とお腹を抱えて笑ったんだ)
「クリーニングに出した記録が残ってます。驚かれたでしょう」
「服も汚れたけど顔の汚れが恥ずかしかったな」
笑うティアラをラフィールは温かな眼差しで見つめていた。
「あの顔、ラフィールに知られるの恥ずかしい」
顔を両手で覆って彼の反応を待った。が、なんの返しもなくてそっと手をどけて彼をうかがう。
「大丈夫です。その映像は残っていません」
「・・・・・・そう」
まぁいいだろう。恥ずかしい場面は残っていない方がいい。でも・・・・・・。
(なんだか、つまらない・・・・・・ような)
高く上がった凧を楽しんで見ていたら糸がぷつりと切れて、どこかへ飛んでいってしまった。そんな感じがした。
「午後はどうなさいますか? こちらのお店を新規開拓しますか?」
ラフィールが朝食を乗せていた台を持ち上げながら聞いてくる。
「ん──・・・・・・。まずはスノーウィー達と遊んでから庭を見て回りたいな」
それはいいですねと言って彼は微笑んだ。
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