第6話 嵐の前の・・・(4)

 スノーウィーがカリカリと小気味良い音を立てて食事をしている。その姿をティアラは楽しそうに眺めていた。

 こうしてのんびり過ごしていられるのは何日ぶりだろう。


「ウェットを食べてる顔もいいけど、やっぱりこの音を聞くと元気な感じがして嬉しいな」


 ティアラは肘掛けにクッションを立て掛けて、うつぶせにもたれかかって顎をのせている。そんなだらしない姿のティアラを執事ラフィールは黙認していた。


(ふふ、快適。朝はベッドで食事できて、こんな風にしてても叱られない)


 子供扱いされない。そう感じるだけで嬉しくて笑顔がこぼれてしまう。


「スノーウィーが家に来た時はまだ小さくて、食いしん坊だった。食べすぎてあっちこっちに吐き戻して、爺を困らせるし心配かけるしで、この子中心の毎日だったのよ」


 笑うティアラに合わせてラフィールも笑う。


「シオナにすぐ懐いてくれて、ふたりでじゃれてるのが凄く可愛かった」


 ティアラが黙ると静けさがやってくる。

 食事を終えたスノーウィーは音もなくソファーに飛び乗って、くつろぐシオナのそばに横たわった。


 静かにしずかに時間が流れていく。


(なんだか不思議)


 老執事がいた時にもこんな日があったはずだ。そらなのに、とても静かに感じる。


「そうだ、メッセージは来てる?」


 読み上げられる名前を聞き流して明日のスケジュールも確認する。

 アート作品の展示会とファッションショー、どちらも祖母関連。その後の茶会から移動して別のメンバーでの食事会。

 明日、おとなしくこなせば明後日は終日休みになっていた。


「休みかぁ、どうしようかな」


 今日はのんびり過ごすと決めてしまった。行動するなら明後日だ。


「ラフィール、明後日にはスケジュール組まないでよ。絶体に」

「はい、死守いたします」


 穏やかに微笑みながらうなずいた彼は、ふと思い立ったように口を開いた。


「したい事リストに目を通していただけますか?」

「リストに? なぜ?」

「項目ごとに分けられていますが、それほど重要とは思えないものも多く入っているようです」


 ティアラは部屋の片付けすらしたことがない。リストに追加したのも分類も老執事がやったことだ。


「重要じゃないこと?」

「無駄に思えるものであふれています」

「そう?」


 どんな事が書かれているのかティアラには皆目わからない。少し困り顔のラフィールにちらりと目をやった。


「ん──・・・・・・、わかった。気が向いたら見てみる」


 メイドが猫の皿を持って部屋を出ていくのを待って、ラフィールは言った。


「ティアラが今一番したい事を教えてくれたら明後日は素敵な1日にしてあげられうんだけど」


 優しく頭をなでられて彼を見上げる。


「うん、わかった」


 笑顔のティアラに笑顔を返してラフィールは部屋を出ていった。明日着ていく服の候補を選んでおくからと言い残して。


 テーブルの向こう側のソファーですやすやと眠る猫たちを眺めながら、ティアラもソファーに足を伸ばす。


「無駄・・・・・・か」


 ほんの少し言葉がひっかかる。


 セキセイインコのルルとモコは父と母から1羽ずつもらった誕生日プレゼントだった。両親に直接欲しいと言ったことはない。プレゼントされるまで欲しかったことすら忘れていた。


 でも、もらった瞬間の喜びは今でも忘れない。


 両親が老執事に聞いたことをあとから知って嬉しくて、どうして知っていたのかと彼に聞いた。


『リストに書いておきました。小鳥とお喋りがしたいとおっしゃったお嬢様が愛しそうに見ていましたから』


 オセロットのシオナも感想に近い言葉を老執事が拾っていてくれていた。


『あの大きな猫さんを抱っこして寝てみたい』


 両親といるより執事と過ごす時間の方が長かった。彼から得られる情報は両親にとってはより良いものだっただろう。


「ルルもモコも、シオナも大切な友達よ」


 唇に当てた手をスノーウィーとシオナへ向けて、ふっと息を吹きかける。シオナがひげをぴくりと動かすのを見てティアラは息を殺して笑った。


(無駄に思えるかもしれないけど、でも)


 なにげなく発した言葉を老執事はリストに残していてくれた。そのお陰でルルもモコも、そしてシオナもここにいる。


「とっても嬉しかったなぁ」


 お願いしていたプレゼントをもらった時のことは覚えていないのに、2羽をもらった日もシオナをもらった日もその時の感動を今でも思い出せる。


「あの景色も素敵だった」


 中層で見た天使の梯子の濃淡を思い起こしてティアラは目を細めた。


 やりたい事リストに順位をつけることはできるだろう。けれど、無駄や不必要のラインはどこに引けばいいのか。


「ちょっと忘れてたくらいの事の方がサプライズとしては最高だったりするのかもしれないなぁ・・・・・・」


 そう思うとリスト整理が難航しそうな気がする。


「とりあえず、やりたい事だけは伝えておこう」


 ティアラは腕を組んで考え始めた。






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