第4話 動物たちと庭師(4)

 アンドロイドの庭師が隣に立っている庭師になにか伝えていた。帽子のつばで口を隠した囁き声はティアラには届かない。


「ああ、そうか」


 苦笑いする彼にアンドロイド庭師がほっとした表情を見せる。


「ごめん・・・・・・じゃなかった、すみません。庭師も始めてならお金持ちの使用人も初めてなもんで」


 そう言ってこめかみを指で掻く彼は30才を少し過ぎた細身の人物だった。まだ帽子を被ったままの彼を見てアンドロイド庭師が取り本人に持たせる。

 執事が指示しているに違いない。


 口で直接言ってもいいけれど、使用人といえど人間は人間。人を尊ぶようにプログラムされている執事は人目がある場所での指摘を避けた。目の前で言っては恥をかかせることになる。


「彼はいいの」


 執事をちらりと見たティアラは庭師へと顔を向けた。


「どうぞ、フォレスタさんはそのままのスタイルで」

「スタイル? 服装? ・・・・・・ですか?」


 彼には言葉の真意がわからなかった。正解を求めて庭師と執事の間を視線が往復する。少し戸惑った様子にティアラはくすりと笑った。


「フランクに話してもらってかまわないし、服装も彼に合わせる必要はないわ」

「お嬢様」


 少し困り顔の執事が割って入ろうとする。


「庭でたまに会うくらいだもの、いいでしょ?」


 ティアラがにっこりと笑顔を向けると、執事は言いかけた言葉を飲んで微笑み返した。


「そう言えば、向こうの庭師もオーバーオールを着てたな。庭師の正装?」


 向こうと彼が指差したのは建物をはさんだ反対側の庭の方だった。


「行ったの?」

「さっきも言ったけど、庭師の経験がないから参考にと思ってね」


 あちらは両親の部屋に面した庭で、母が造らせていた。


「幾何学的にカットされてたり、複雑なラビリンスがあったりで驚いたよ。まさに完璧」


(・・・・・・完璧)


 ティアラの表情がわずかに曇った。


「イングリッシュガーデンもいいけど、若い子はあっちの庭の方がいいんじゃないの?」


 庭を見回しながら話すフォレスタは彼女の様子に気づかない。


「派手っていうか、わくわくする感じがさ」

「このままでいい」


 強い口調だった。お嬢様らしからぬきつい声にフォレスタは彼女に目を向けた。


「自然な方がいいの」


 きっぱりと言う彼女の頑なな気配に面食らったフォレスタが黙る。先ほどまでの落ち着いたやわかい印象の話し方とは違う。

 驚いた様子のフォレスタを見てティアラは取り繕うように笑顔を作った。


「私はわたしだから」

「そう・・・・・・だね」

「生木とフェイクを半々に植えてるんでしょ?」

「うん、そう。前に指示された通りに」


 ティアラはやって来た時と同じやわらかな口調に戻っていた。


「紅葉も開花も生きてるものに合わせて」

「わかりました」


「こちらの都合で花を咲かせたりしなくていいから」


 フォレスタははいと短く返事をして彼女を見ていた。庭を眺めるティアラの瞳がほんの少し暗い気がする。そうフォレスタは思っていた。


 木々を眺めていたティアラはグランドカバーに植えられた小花に視線を落とした。どれがフェイクでどれが生きている花か見分けはつかない。


「?」


 きれいに咲き揃った花の一部が妙にゆれている。じっと見つめるティアラの視線の先にとげとげを被った小さいものがひょっこりと顔を出した。


「え?」


 つぶらな瞳がまっすぐこちらを見ている。


「動物? 小さい、何この子。見たことない」


 目を丸くするティアラの足元へそれはちょこちょこと進み出た。全身とげとげの小さいもの。


「可愛い」


 急に10代の少女に戻ったティアラにフォレスタは笑顔になった。


「僕の相棒のハリネズミ。リッピっていうんだよ」

「ハリネズミ?」


 しゃがみこんでリッピを観察している彼女は子供のようだ。


「花を荒らしたり食べたりしないから、自由にさてても・・・・・・いいよね?」

「もちろん。ねぇ、触ってもいい?」

「いいよ。刺さらないけどトゲトゲしてるからそっと持って」

「わかった」


 ティアラの目はハリネズミに釘付け。フォレスタに対応しているのは耳だけだった。


「どうしたの? この子、足の動きが変よ」


 リッピの左後ろ足の動きがぎこちない。


「中古の売れ残りを買ったんだ」

「ちゅうこ?」


 ティアラは聞き慣れない単語を繰り返す。でも、フォレスタは聞き取れなかったものとして流した。


「うん、中古。毎日アンドロイド販売店の前を通っててさ、ずっと外を眺めてる姿がなんだか可哀想でさ」


 ティアラの手の中でリッピはつぶらな瞳で見上げている。小さな手足が愛らしい。


「直す費用まではなくて、動きに困るほどじゃなさそうだしこいつの個性ってことでいいかなって」


 フォレスタの言葉を耳にしたティアラがぱっと顔をあげた。


「不具合も個性!?」


 ぱっと花が咲いたような笑顔だった。


「あ、うん。・・・・・・えっ?」


 飛び付くように近づいたティアラにフォレスタが面食らう。


「そういう所! 好きよ。あなたとは気が合うと思う」

「あ、ああ、そう・・・・・・か」


 一回り以上の年の差ギャップを感じるフォレスタと、年の差を飛び越えて友人のように感じているティアラだった。






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