第5話 完璧(1)
「経験のない人を雇ったのはなぜですか?」
庭師たちとだいぶ離れた頃、執事はそう聞いた。
クラウドからクラウドへのデータの移植に問題はなかったはず。それなのに彼は知らない。
「ん──・・・」
ティアラは面接の時、その後に、老執事に理由について話しただろうかと思い返す。
(話さなかった。うん、話してない)
それなら知らなくても当然だ。
「センスが合いそうな気がしたから」
「経験よりもセンスを優先したんですか・・・・・・」
なにか思うところがあるような顔だった。でも、彼はそれ以上は何も言わない。
「造園や花木の知識ならアンドロイドの庭師に勝てる人間はそうそういないでしょ」
ティアラに執事は頷く。
「ええ、まあ」
風が吹いて草木を揺らしている。
ティアラは風にゆれる細い枝々にちょんちょんと触れながら歩いていた。
「ほんの少し華やかに、ちょっと緑を多く。細かく指示しなくても伝わるって・・・・・・心地良いの」
ティアラの話を聞きながら頷く執事の眼の奥がチカチカと光っていた。記録として残す。人ならば心に書き留めるといったところか。
散策を続けるティアラの後ろで、執事はそっと髪を耳にかけた。
「お嬢様、奥様から音声のメッセージが・・・・・・」
執事がそう言ったとたん、ティアラは目を見張った。
「大変! 忘れてた!!」
「どうなさいました?」
「聞いてる時間ないわ、急いでッ」
駆け出すティアラの後ろを執事が追う。
(着いたらすぐに顔を見せなきゃいけなかったのに!)
車を降りてからどれくらい経ったかとティアラの頭は世話しなく回転を始めた。
「お母様はどこ!? 案内して、早く!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ティアラは母親の部屋の前で息と服を整えた。そして、少し慌てて来たようにドアを開ける。
誰もいない応接間を抜けてベランダへ出ると、母の目とかち合った。
(怒ってる!)
穏やかに見える微笑みをたたえた母。でも、その目は笑っていない。
丸テーブルを前に座る母のその向こうには、彼女の母でありティアラの祖母が座っていた。
(アイシアお祖母様)
ティアラの背筋がことさらにピンと伸びる。
祖母のまっすぐ見据える様な瞳がティアラの頭から足先まで見ているのがわかった。
「もう、だいぶ前に着いたとお父様から聞きましたよ」
母の声が心なしか堅い。
「お祖母様方がいらっしゃるって朝のうちに言っておいたのに」
母の目がティアラの後ろに鋭く向けられた。
「不具合のある執事はすぐ返品なさい」
「お母様ッ、違うの」
「執事がついていてミスだなんて有り得ない」
冷ややかな声に抗ってティアラは言い訳を探す。
(車の移動で疲れてて休憩してたと言おうか?)
いや、それはまずい。メイドに見られていた。
(データに問題はないはず)
スケジュール管理は執事の役目。ティアラが忘れていても教えてくれるはずだった。
(どうして知らせてくれなかったんだろう)
青年執事をちらりと見て思い返す。
母と話していた時、老執事は数分席をはずしていた。これくらいの事なら自分で思えていられるから・・・・・・と、執事に言っておくことを怠った。
「彼は悪くないの、私が言い忘れたの。だからスケジュールに入ってなくて・・・・・・」
すっと立ち上がった母に声が詰まった。
「本当にヴァンに似てること」
母の声が冷たい。祖母は黙ってティーを飲んでいた。
「移動中、さぞかし楽しかったでしょうね。母とお祖母様の事を忘れるくらいに」
母の金の髪が光を受けて白く輝く。それは怒りの炎のように見えた。
「次からは忘れないようにしますから。ごめんなさい」
いつも完璧でいなさい、それは母の口癖。
父の実家に行くのは楽しみだった。でも、母の実家に行くのは緊張する。何度行っても苦手だ。
思い出せる一番古い記憶は物心つく頃の1場面。
楽しそうじゃない母。
ティアラの手を握る母の手が冷たくて、表情は堅い。子供心にちゃんとしなくては、とティアラは思っていた。
完璧であることは母が祖母から期待されてきたこと。ティアラは何回か行くうちに少しずつそのことに気づいた。
母はミスをしたティアラに怒っている。
祖母の目の前でミスをした。子育てがなっていないと、祖母に思われたんじゃないかと気にしている。たぶん、きっと。
(・・・・・・まずい)
ティアラの母を生んだ創造主、アイシア。
母にとって絶対的な存在。だから、完璧であることを求めて受精卵のDNAチェックをした。そしてティアラは生まれた。
それなのにミスをさらけ出してしまった。よりによって祖母の目の前で。
(どうしよう・・・・・・)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます