第5話 完璧(2)

 母は言い訳を重ねることを嫌う。苛立つ母の気に当てられて頭が上手く回らない。


「引き継いだ時点で漏れがないか、私が確認するべきでした」


 ティアラの横へすいっと並び立った執事がそう言った。


「申し訳ございません」


 頭を下げる執事はほんの少し彼女の前に出ていた。


「お母様、お祖母様、時間をとらせてしまってごめんなさい」


 執事とならんでティアラも頭を下げる。


「家族だからいいものの、他人の目がある場所でしでかしたらどうするつもり?」


 いつもなら端的に言って終える説教が、今日は長くなりそうだった。そして、祖母が黙っていることが緊張感に拍車をかけている。


 カチャリ


 祖母がカップをソーサーに置いた音が冷たく響いた。


「もういいわ」


 カップに目を落としたままこちらに目を向けない祖母、アイシアの声は突き放すように聞こえる。

 頭を下げるティアラの視線の先で、母のスカートの裾が震えるように揺れるのが見えていた。


「お母様・・・・・・」

「もういいと言ってるでしょ」


 とりすがるような母の声とひんやりした祖母の声。どちらの声もティアラの心に痛かった。

 自分に何かできないかと最善策を考える。けれど、母と同じく萎縮した思考でそれを見つけることは難しい。


(泣き落としは嫌だけど・・・・・・)


 泣いてみようかと心が揺れた。心がきゅっとしていて、いまなら泣けそうな気がする。ティアラがそう思った時、明るい声がふわりと間に入った。


「あらあら、どうしたの?」

「・・・・・・! お義母様」


 父方の祖母クリスティアの姿に、ティアラの母ダイアナがまごつきながら言った。


「ごめんなさい。私がもう一度念をおしておくべきでした」


 頭を下げる義理の娘にクリスティアはころころと笑った。


「私はよくってよ。それより、ティアラが蛇に睨まれた蛙のようだわ」


 そう言いながらクリスティアは両腕を広げてティアラへ近づいて来た。


「さぁ、魔法使いが来たわよ。蛙さんを人間に戻してあげましょう」


 クリスティアは「んーっ」と声を出しながらティアラを抱きしめる。ふくよかな体に包まれてティアラはほっとしていた。


「お説教はこれぐらいでいいわよね、アイシア」

「私の子育てはこうだったのかしら」


 アイシアがちらりと自分の娘に目を向けた。


「あら、ダイアナの叱り方は貴女そっくりよ」


 くすりっと笑ったクリスティアは、孫娘ティアラにウインクする。


「反省点の1つね」


 そう言ったアイシアの声は冷たく聞こえる。でも、それは怒っているのではなさそうだった。


「アイシア、許すときにはね、笑顔で言うものよ。貴女顔が怖いんだから、ねぇ」


 ねぇ、と話を振られたティアラはかすかに苦笑いを作った。


「孫に会いたさで押し掛けて来たのは私たちお祖母ちゃんの方だもの。ティアラが叱られてると私の胸も痛いわ」


 クリスティアは手を胸に当てて少し大袈裟に言った。そして、後方に目を向ける。ベランダの端、部屋の入り口で立つ執事が口を開いた。


「奥さま、夕食の準備が整いました」


 母ダイアナの執事だった。


「よかった。お腹が空いてるとトゲトゲしちゃうから、美味しい料理でも食べて楽しみましょう」


 ティアラの背に手を回した彼女は、ティアラの母ダイアナにも手を伸ばす。


「ダイアナ、貴女の迷宮素晴らしいわ。さすがね、完璧よ」


 ティアラと彼女の母の間に入ってクリスティアは話を続けた。



 両家の祖父と父が加わって食事が始まる。

 和やかに会話が進んでいるように見えて、どこかひんやりとした空気が残っているようだった。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る