第10話 思い出(2)
ラフィールに友達アンドロイドを勧められて乗り気になった・・・・・・はずだった。
目の前のビジョンに浮かぶアンドロイド達の顔、顔、顔。ラフィールが拾ってきた候補に不満があるわけじゃない。それなのに決められず、写真を指で弾き飛ばす。
「もっと幼い子供タイプがいい?」
ラフィールに聞かれてティアラは首を振った。
(爺が残したデータを見るだけよ?)
アンドロイドにこだわる必要はないし好みなど関係ない。なんだっていいはずなのに決められなかった。
見終わったあと用がなくなったら売ればいい。それだけの話だ。なんの問題もないのにティアラの表情は暗い。
(誰かが手放した物をまた手放したら・・・・・・。そのアンドロイドはどうなるの?)
中古で売られているアンドロイドは、どれもこれもオーダーした時の半値以下だ。さらに値を下げて売られるだろう。
(値が下がるだけならいい。そのアンドロイドに問題があるんじゃないかと思われたら? ずっと店先に置かれて、売れずに時が経ったらどうなるの?)
ぱっと浮かんだ言葉に心が重くなる。
(廃棄・・・・・・処分)
自分が手放した後の事を思うと怖い。
老執事の様々な表情が浮かんでティアラはぎゅっと目を閉じた。
「ティアラ、目が疲れた? 休もうか」
「ううん、大丈夫」
ラフィールを見上げて微笑む。途中でやめるのは好きじゃないから、続ける。
「・・・・・・あ」
いくつか飛ばした時、ひとつのアンドロイドに目が止まった。
「きれいな顔立ちの個体だ」
ティアラの手が止まったのを見てラフィールが覗き込む。
「これにする」
アンドロイドの青い目、まっすぐ見つめるその瞳に力を感じた。意思を感じさせる強いまなざしに惹かれたのだ。
アンドロイドに意思があるかと問われたら「ない」と答えるだろう。意思があったとして、強く反抗する気持ちがあったとしも廃棄が決定されたら避けられないんだろう。・・・・・・でも。
「気が強そうなのがいい」
ラフィールはくすりと笑った。
「店主とつなげます。いいですか?」
「お願い」
ビジョンが切り替わってAIの人物が写る。明るく元気な女性が対応したあと、まもなく店主に取り次がれた。
「この度は我が店のアンドロイドに目を止めてもらってお目が高い。お高い」
胸元で両手を擦るように動かして話す店主は落ち着きがない。言葉も少々変だった。丁寧な言葉を使うことに慣れていないらしく言葉選びに間が空く。
AIが対応している間にティアラの身分を確認して緊張しているのかもしれない。ティアラはそこはスルーして話を進めた。
「このアンドロイドを買いたいの」
店主の視線がビジョンの端へちらりと動く。アンドロイドの紹介写真が写っているのだろう。
「金髪のツンデレ系ですね」
普段のラフな言い回しをまずいと思ったのか、店主は言い換えた。
「小悪魔的少年は女子人気ありますからねぇ」
愛想笑いがいやらしく見える。
「何回払いになさいます?」
「1回」
「え!? あっ、そう。そうですよねぇ。これくらいの額、お嬢様なら1回ですよねぇ」
中層の人間ならたいてい分割するだろう金額を躊躇なく払える。そんなティアラを前に店主は満面の笑顔になった。
「キャラの設定変更もこちらで行ってますが、別の性格に変えますか? 素直な弟君とか頼もしい幼馴染みとか・・・・・・」
話が長くなりそうでティアラは割って入った。
「そのままでいい」
店主がきょとんとする。
アンドロイドを買うときには誰でも自分好みにアレンジする。それが普通だ。ティアラのような上層の人ならオプションもふんだんに着けると思っていたのだろう。
「あとからでも変更できるでしょ?」
「ええ・・・・・・はい。その時には、またうちをご利用くださると嬉しいです」
久しぶりに聞く猫なで声に吐き気を感じて、ティアラはそうそうに契約を終えた。
「メンテナンスは・・・・・・」
「馴染みの所に頼むからご心配なく」
なるべく早く送るように言って通話を切る。
ティアラはソファーに身を投げて目を閉じた。力尽きた野良猫のようにぱたりと横たわっている。
(友達アンドロイドが届いたら。そうしたら見てみよう)
手にした黒い蝶ネクタイを見つめて、また目を閉じる。体が泥のように重く感じた。
老執事が大切だと言った思い出、彼の残したデータ。蝶ネクタイを両手で包むように握りしめてじっとしていた。
見てしまったら全て終わってしまうような・・・・・・そんな気がする。
見てもネクタイが消えて無くなることはないのに、見ようと思えば何度でも見ることができるのに少しの不安がちらつく。
見たら?
その後は?
見たくなる度にアンドロイドを買うの?
せっつくようにもう1人のティアラが心の置くから聞いてくる。
(先のことなんてわからないッ)
ぎゅっと目を閉じて握りこぶしを胸に抱く。
「・・・・・・! シオナ」
頬をなでるやわらかな感触に目を開ける。慰めようとするように喉をごろごろと鳴らしながら、オセロットのシオナが頭を擦り付けていた。
「シオナ。私のせいなの・・・・・・私のせいで爺が」
あふれた涙がこぼれる前にシオナがなめてくれる。
老執事の残した思い出を見たからといって彼が戻るわけじゃない。彼に謝ることもできない。見たからといってなんになるだろう。
「爺が見てほしそうだったから」
にぎった手の中にネクタイを感じる。老執事から受け取ったときには熱をもって温かだったネクタイ。
罪滅ぼし。
そんな言葉がふいに浮かぶ。彼の気持ちをくめば許してもらえる。そんなはずはない。
「爺に会いたい」
言ったティアラの頭をラフィールがそっとなでた。
「ごめんなさい」
「いいんだよ、謝らないで。長く一緒にいたんだから、その気持ちわかるよ」
小さい頃から慰めてくれたのはいつもアンドロイド。老執事の爺とオセロットのシオナ。老執事に抱きしめられて、シオナを抱きしめて、そうやっていつも元気を取り戻してきた。
「私を抱きしめてくれている時、爺がどんな顔をしてたのか・・・・・・。わたし、知らない」
優しい温もりと包み込む腕。彼の落ち着いたしわがれ声だけが、ティアラの心に染みて残っていた。
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