第10話 思い出(3)

 急ぎで送らせても瞬間移動させられるわけもなく。友達アンドロイドが届くのは夕方近い時間になる予定だった。


「せっかくの休みだし、気分転換にまだ回っていない場所にでも行ってみるのはどう?」


 ラフィールの提案にティアラはすぐに乗った。


「塞ぎこんでいてもなにも変わらないものね」


 ただ暗い気持ちを抱えてじっと待っているのは嫌だった。それに、夕食は両親と一緒にと約束をしていた。


「早く気分を変えなくちゃ・・・・・・」


 いかりを引きずって海底に跡をつけるように動き出す。


 ラフィールが予約した店で昼食をとり娯楽施設を見て回る。

 シニア向けの場所は多かったけれど、若者にも好まれそうな場所もそれなりに点在していた。


(会いたくない人がいそう)


 そんな理由で遊戯施設へは足を踏み入れず、パティスリーを巡る。飾り付けも味も申し分ない。けれど、いまのティアラの心に届くものはなかった。


 アンドロイドが届くにはまだ間がある時間に帰ってきてしまい、庭を散策する。

 空は青く風は心地いい。時間がゆるく流れるのを感じながらゆれる草花を眺めて小道を歩いていた。


「ケイティーに声をかければよかったかな」


 ラフィールはにこりと微笑んだだけだった。

 あの賑やかな従姉妹いとこなら今のティアラの心をかき混ぜてくれそうな気がする。もっとも、夜遅くまで解放してもらえそうにないと想像ができた。


「ティアラ、もう到着するから先に行って部屋へ連れていっておくよ」


 急ぎ足のラフィールの背を見つめながらティアラはゆっくり歩く。


「届くとか運ぶって言わないのね」


 アンドロイド同士だから物扱いしないのだろうか、と考えながら部屋へ向かっていた。


「わたしも爺を物のように思ったこと・・・・・・ないものね」


 足取りは重い。

 早く見たい気持ちと見たくない思いが押し合っている。


(まずは起動させて動作の確認だけ済ませておこう)


 老執事の残したものを見るのは夕食を終えたあとにしよう。そう考えていた。


(お母様に泣いた顔を見られたくないもの)


 見て泣くかどうかわからない。けれど、もし泣いたらきっと母にあれこれと質問されるだろう。

 友達アンドロイドを買った理由として、田舎での気楽な友人が欲しかったから・・・・・・という答えを用意していた。でも、泣く感情の理由が見つからない。





 ティアラが部屋に入るとリビングに縦型の黒いケースが置かれていた。

 正面に立ってティアラが手をかざす。手のひらを横にスライドさせるとQRコードに似た四角い光が横並びに浮かび上がった。

 送られてきた順番通りに四角に触れると軽い音がして全面が開いた。


「思ったより・・・・・・背が高い」


 縦型の棺に収まるように彼は立っていた。

 ティアラと同じ年頃の少年。眠るように目を閉じた彼は、画面で見た時よりも物静かでデリケートそうな気配をまとっていた。


 金のゆるい巻き毛に触れてみる。猫っ毛のやわらかさが心地いい。眉をなぞった指で鼻梁もなぞる。


「安くても質は良さそうね」


 友達アンドロイドを見つめるティアラにラフィールが声をかけた。


「体力は十分だよ。パスワードを言ったら目覚めるから言ってみて」


 促されてすいと息を吸う。


王冠ティアラに付けた宝石の数を教えて」


 白雪姫なこんな風に目覚めただろうか。そう思うほど、そっと目が開き、その瞳に光がさす。

 一歩、ケースから踏み出す彼に合わせてティアラは一歩後ずさった。


「僕を目覚めさせてくれたのは君?」

「・・・・・・そうよ」


 まっすぐ見つめてくる目に力を感じて息を飲んだ。


「ありがとう」

「あっ! ちょっ、ちょっと」


 とつぜん距離を詰められてあっという間にハグされていた。


「これからよろしく」


 ぱっと体を離した彼の笑顔に飲まれて見つめ返す。彼はそんなティアラの頬にキスをしたあと彼女を見つめて微笑んだ。


「ちょっと、いつまで触ってるの?」


 彼の手はまだティアラの両肩に置かれたまま。


「あれ? お触り禁止なんて聞いてないよ」

「お触りって・・・・・・」


 いたずらに笑う彼にティアラは目を丸くする。


「わ、笑わないで!」


 ラフィールを見やると彼はこぶしを口に当ててくすくすと笑っているばかり。


「僕を選んでくれた娘が可愛い子でよかった」


 ティアラの両頬を手で包み込んで彼が覗き込んでくる。妙に近くて視線を定められない。


「やめて。こういうの・・・・・・間に合ってるから」


 少しむっとするティアラに友達アンドロイドはくすっと笑った。


「ああ、彼と恋人モードを楽しんでる感じ?」


 ちらりとラフィールを見た彼がウインクをした。


「違うッ。勝手に決めつけないで」


 心の内を見透かすような表情で「ふぅん」と小さく頷く彼に、ティアラは「むぅ・・・・・・」とにぎり拳をふるふるさせる。ラフィールはほほえましそうに眺めているだけだ。


「ラフィールッ、否定してよ」

「恋人モードではないです」

「ではないんだ」


 目を細めて「へーっ」と言う顔でお友達がうなづく。


(なに? このアンドロイドの連携)


 頬をふくらませるティアラに2ふたりがにっこり微笑んでいた。


「ティアラ。そろそろ夕食の準備が済むよ」

「わかった。着替えを出して」


 ラフィールは軽く頭を下げてリビングを出ていった。


「あなたはここにいて」

「わかった」

「勝手に出歩かないでよ」

「わかったよ」


 ティアラの忠告を聞いているのかいないのか、お友達は部屋の中を見回しながら返事をしている。


「あなた聞いてるの?」

「あのさ」

「え?」


 あまりに気さくな返しに目が点になる。


「僕、君の旦那様じゃないからあなたって呼ぶのやめてくれる?」


 冷ややかな目で見つめられて「は!?」となったティアラに彼は続けた。


「なんて呼んでくれるのかな? センスの良い名前で呼ばれたいなぁ」


 目は冷たいのに声は少し甘い。

 ティアラは困って彼に背を向けた。そして、ちょうど戻ってきたラフィールと入れ替わりにリビングを出ていった。


 ティアラの姿が見えなくなるのを待ってラフィールはお友達の彼にこう言った。


「ありがとう。気が紛れたようだ」

「どういたしまして。脳波のバランスがよくなったね」



 そんな2ふたりの会話をティアラは知るよしもなかった。




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