第7話 胸中の大波(4)

 シャイアとサーシャが室内へ戻るのと入れ替わりにティアラがテラスへ姿を表した。それぞれに別の出入り口を通って気づかずに。


 テラスには2・3人用の丸テーブルが左右にずらりと並んでいて、人がまばらに座っていた。

 どこに座ろうかとティアラが目を走らせた時に声がかかった。


「お嬢さん、こちらにどうぞ」


 声の主は近くの席に座っている老婦人だった。


「素敵な執事ね」


 やわらかい笑顔を向けられては断りづらい。

 ティアラは軽くお辞儀をして老婦人の席へと近づいた。そして、老婦人の手に招かれるままに彼女の向かいに腰かける。


(・・・・・・?)


 いつもなら聞こえるラフィールの声が聞こえない。不思議に思って彼を振り返ると、老婦人の執事らしいアンドロイドと並んで立っていた。


「ごめんなさいね。私の執事に待つように伝えさせたの」


 老婦人はそういいながら自分の耳に触れた。


「今日はもう社交モードオフにしてしまったから」


 彼女の耳にはピアスも何も付いてはいなかった。


「お嬢さんって呼んで良いかしら。私のことは・・・・・・ルーとでも呼んでもらえる?」

「わかりました」


 そう返事したもののティアラは落ち着かない。

 本名も地位も知らない相手と話をするのは初めてに近かった。上手に会話できるか不安がよぎる。


「無理に話さなくていいの。お人形の様にそこに座っていてくださる? 人避けになってくれるだけでいいの」


 そう言って老婦人はにっこり微笑んだ。


「オベッカ使いに相手されるのは疲れてしまって・・・・・・わかるでしょ?」


 ティアラは納得した表情で頷いてみせる。


「お嬢さんの執事、いま流行りの青年よね。他の娘達と違って斜め上のアレンジがいいわ」


 誉め言葉に短く礼を言った。


「私ね、執事をアンドロイドに代えたのは12才の頃なの。それまでは人間の執事が側にいてくれたんだけど・・・・・・」


 老婦人は友達に秘密を打ち明けるように顔を少し近づけて、声をひそめて言った。


「年をとった執事が辞めてしまって」


 彼女は80代ぐらいだろうか。ティアラの祖母よりも上の世代に見えた。


「その次をってことになった時におねだりして、流行り始めていたアンドロイド執事にしてもらったのよ」


 彼女は笑いながらそう言った。


「自分好みの容姿をした執事が持てるなんて夢みたいな話だったから、どきどきしながらリクエストしたのを覚えてるわ」


 しわ深い瞼の奥で瞳が少女のようにきらきらと光っていた。


「でもね、いざ対面すると恥ずかしくて恥ずかしくて」


 カップの縁をなでる老婦人の指が恥ずかしそうに行き来している。


「白髪の執事と取り替えてもらったの。いま思えばもったいないことをしたわ」


 ティアラの表情がやわらかく崩れた。


「わかります。私も、どきどきしました」

「そうよね。若い殿方が側にいるんですものね」


 勢い込む老婦人にティアラは笑って頷く。


「ああ、よかった」

「え?」

「笑ってくれた」


 笑顔をこぼす老婦人にティアラは目をしばたたいた。


「崖から下を覗き込むような顔をしてたから・・・・・・。ほっとしたわ」


 そう言って、彼女はティアラの手を包むように手を置いた。

 人避けでも暇潰しの相手でもなく、わざわざティアラに声をかけてくれたのだ。


 荒れていた大波が冷水から温水に変わったように、ティアラは胸がじわりと温かくなるのを感じた。


「お嬢さんは2体目?」

「はい」

「私はね、3体目なの。青年執事はカウントしないでね」

「3体目ですか」

「ええ、フレンドリー社からプロ社のアンドロイドに替えて、今度はフレンドリー社のを買い足したの」


 ティアラは小さく首をかしげた。


「変でしょ、執事を2体だなんて」


 そう言って老婦人は笑う。ティアラも彼女につられて笑顔を向けた。


「お喋りがうるさくてプロ社のにしたんだけど・・・・・・淋しくなったの」


(淋しい・・・・・・)


 老婦人の言葉がぽとりと心に落ちてゆらゆらと沈んでいった。


「この年になると仲良しの友達はみんな長い旅行に行ってしまって」


 言いながら空を指差すと、彼女は視線を上げた。


「思い出話をしたくても電話も繋がらない」


 老婦人は意地悪ねと言いたげに空を指でつつく。


「最初のアンドロイド執事を手放さなければよかったって・・・・・・時々思うのよ」


 彼女の視線が並んで立つラフィール達へと向けられる。


「フレンドリーのアンドロイドは些細なことをよく覚えていてくれる。ふと私が思い出すと次々と会話が続いて・・・・・・。老人のリハビリにはちょうどいいの」


 そう言ってティアラへウインクを投げて、また笑った。


「でも、若い人にはプロ社の執事がいいわね。口うるさくないし自由に過ごせるもの」


 老婦人の昔話を聞きながら静かに時間が過ぎて、このまま心が静まっていくだろうとティアラは思った。


 けれど、そうはならなかった。


 ファッションショーに引き続く日程をさざ波程度でやりすごし、安堵しかけた帰り道。車窓からシャイアとサーシャの姿を見かけた。



 それは一瞬。



 けれど、その姿はスローモーションになりスナップショットになって、ティアラの心に貼り付いた。






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