第3話 車窓(1)
玄関へ向かうティアラの視線の先に車が止まるのが見えた。
車から降りた執事が車の脇に立つ頃、彼女を案内していたアンドロイドが立ち止まって頭を下げる。見送る案内人をそのままにティアラは歩き続けた。
スライドするドアを過ぎて車に乗るまでのわずかな時間、ティアラはひとりで歩いていた。
(視界が広い)
ふとそう思った。いつも側に控えていた黒い影がないせいだ。
やけに広く感じる視界を軽く感じた。それは浮き足立つ新鮮さと一緒に、なにか忘れ物をしたような落ち着かなさも感じさせる。
日の光を浴びて、美しい執事がティアラを待っていた。
「ありがとう」
ドアを開ける執事に声をかけて乗り込む。
ティアラは執事の顔を見ることもしなかった。それは老執事相手でも同じだったけれど。
(なんだか面と向かって話せないな)
そう思いながら後部座席に座ったティアラの視線が自然と助手席へと向かった。
執事をオーダーする時、ティアラが最初にリクエストしたのは「好きな俳優を10歳老けさせた容姿にすること」だった。
彼女は大好きな若手俳優、ヴァン・ロック・ホワイトに似た顔立ちの執事にしたかった。でも、彼と同じ10代の姿をした執事はすでに溢れている。
みんな誰の執事が1番似ているかと肖像権ギリギリを狙って造らせていたからだ。
(ダンディーなお兄さんに仕上がってて良き)
鼻のラインから2つ連なる唇の小山まで目で追って、ティアラはほっくりと微笑んだ。
同級生に見せてマウントを取りたい訳じゃない。ただ、皆と似たような物を持ちたくない、ただそれだけだった。
30代手前の落ち着いた彼は、本物のヴァンの少年っぽさをどこかに残しながら頼もしい大人を醸し出している。
(大満足)
今日だけでこの言葉を何度使っただろう。
執事が振り返る気配を感じて車窓へ目を転じた。
「お嬢様、メッセージが届いています。ご覧になりますか?」
「そうしようかな」
目の端で執事が頷くのが見えていた。と、同時にティアラの前に映像が浮かんだ。
「ティアラ・クローウィル。淋しくなるわ」
最初のメッセージはおしゃべりな同級生。
(ローズが抜けてる)
ミドルネームをはしょった呼び方が気になった。いつもフルネーム呼びで丁寧すぎる彼女なのに、抜けている。
「誕生パーティーには呼んでね。また会える日を楽しみにしてるわ」
心のこもらない声にちらりと画像を見ると、作り笑顔だとわかる基本の笑い顔がこちらを向いていた。
次の誕生日は「田舎」で行うことになる。ようは田舎へ呼んでくれということだ。次のメッセージもその次も似たり寄ったり。居住者から招かれないと入れないエリアへ、呼んで欲しいと猫なで声が続く。
(みんな口ばっかり。どうせ今頃は都会で1番に昇格した財閥令嬢の金魚のふんになってるんでしょ)
呆れ果てて溜め息混じりに聞いていた。そんなティアラの耳に真っ直ぐな声が届いた。
「ティアラ、向こうに行っても元気でね」
その声はクラリス・ルーツだった。
「スノーウィーに会えなくなるのは淋しいな。あの子によろしくね」
飼い猫のスノーウィーは仔猫のうちに彼女からもらった。
「あちらは年寄りばかりだって聞くから、暇をもて余したら遊びに来て。私が付き合ってあげるから」
ティアラはくすりと笑った。
(付き合ってあげる・・・・・・か)
上流階級に参入したお金持ちの娘。彼女はエスカレーター式の学校へ途中から転入してきた。
他のお嬢様達が小馬鹿にしてもクラリスは引かなかった。顔を上げて真っ直ぐ前を見ている。媚びない姿勢が気に入った。
いま思えば、ティアラが自分で作った友達は彼女だけだった。
パーティーで親に引き合わされた子となんとなく友達になって、気づけばみんな父や母の友人・知人の子供ばかり。
(友達の仮面を被ったスパイばっかり)
自分を含めたほぼ全員が互いの情報を親に流している。
子供の頃は気づかずに屈託なく話した友達との会話も、今では両親の手先みたいで嫌になる。
親に誉められたくて情報を引き出そうと話しかけてくる者や、こちらを警戒して口数が少なくなる者。そんな小中学生時代を経て、今ではみんな仮面を上手に被るようになった。
戦略的に近づいたり離れたり、気をつかうばかり。
『新しいお友達も作ってください』
浮かんだ老執事の言葉につい反論しそうになった。
「友達なんて・・・・・・」
ティアラの声にそっと振り返った執事に「なんでもない」と返して窓の外へ目を向けた。
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