第2話 別れの庭(1)
フレンドリー社にあるアンドロイドの引き取り場所は「別れの庭」と呼ばれている。
アンドロイド製造販売の大手プロ社も他の企業も、受け取るだけでフロアとして場所を作ってはいなかった。
「別れの場所なんて名前までつけるの、おじ様らしいな」
そう言いながらエレベーターを降りたティアラは目をしばたたいた。
間違って庭園に来てしまったかと思うほどの緑が目に飛び込んできて驚く。想像していた作りと全然違っていて、辺りをきょろきょろと見回して老執事へと目をやった。
「お嬢様、間違ってはいませんよ」
微笑む老執事の視線がチラリと床に向けられてティアラに戻る。
「何?」
新しい情報を得たときの老執事の仕草だ。
主人にだけわかる動きは個体ごとに違っている。それは人の癖みたいに些細なもので、他人でも注意深くみていると気づくくらいのさりげない動きだった。
「ご両親の執事との連携が切れました」
両親が老執事を購入したときからの設定だ。切れたということは契約が解除されたという事に他ならない。
「そう・・・・・・、もう私の情報を流せなくなったわね」
ティアラは
「私の事をスパイみたいに思っていらしたんですか? なんて寂しいことでしょう」
悲しそうに苦笑いする老執事にティアラが笑い出す。つられたように執事も笑った。
「緑が多いでしょう。驚きましたか?」
「ええ、もっとコンパクトでソファーが置かれてるだけの場所かと思ってた」
彼女は病院の待合室のような場所をイメージしていた。とは言っても、ティアラの想像する待合室はVIPルームの様なものだったけれど。
エレベーターから一歩足を踏み出すと石畳が敷かれていた。ゆるくカーブを描いて行き先を示している。
両脇には木々が植えられていて細い滝や小川が心地よい音を立てていた。
ソファーが点在しているらしく、大小の鉢に植えられた木がほどよく目隠しになっている。
小鳥の声に見上げれば、吹き抜けの天井からハンギングバスケットが吊るされていていて、ハート型の葉をつけた蔓植物が空調の風を受けてゆっくり揺れていた。
「・・・・・・?」
どこからか子供のすすり泣く声が聞こえてくる。ティアラは数歩進んで足を止めた。木々の隙間から奥に立つ少年の背中が見えていた。
「ファフリー、大好きだよ」
6・7歳くらいの小さな男の子が、白い大型犬の首にしがみついて泣いていた。毛がもこもこと生えた大型犬はピレネー犬かサモエドか。
「元気でね。僕を、忘れ、ないでね。大好き、大好きだよ」
ぎゅっと抱きしめながらぽつぽつと聞こえてくる涙声。
「僕が、大きく、なったら。迎えに、来るからね」
言葉の合間にひっくひっくとしゃくり上げる声がする。
ティアラはいつのまにか握った手を胸に当てて聞いていた。
「さぁ、手を離してあげて。いつまでもそうしていたらファフリーも困ってしまうわよ」
母親に促されて犬の首から手をほどく。
小さな手で頬をぬぐって犬の頭を撫でて、父親の差し出したハンカチで鼻をかむ。
「それでは」
と、犬の側に立つアンドロイドが言うと、犬は一緒に歩き出した。
「ファフリー!」
少年の声にちらりと振り返った犬は、寂しそうに背を向けてびっこを引きながら歩いて行った。
古い型の犬だった。修理費がかさんだのか、引っ越し先では飼えなくなったのか。父に抱き上げられた少年がティアラの横を過ぎていく。
愛するペットとの別れは悲しい。
でも・・・・・・と、老執事へ目を向けた。
「お嬢様の泣き顔は見たくありません」
しんみりとした声にティアラは返した。
「泣くわけないでしょ」
そう言う彼女の顔に少しの淋しさが隠れている。
アンドロイドでもそれくらいはわかる。人の感情を知るための表情のデータは失われていないのだから。
「ここまでで十分ですよ。もう車に戻られてください」
「あ、妙に明るいと思った。良い景色ね」
老執事の声が聞こえなかったふりをして、ティアラは窓辺へと歩いて行った。
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