第4話 動物たちと庭師(1)

 ティアラを乗せた車はセキュリティーを通過して、もう空からの眺めに飽き飽きする頃に新居へ辿り着いた。


 うっすらと黄色く見えていた西の空は地上に降りるとまだ青い。敷地内に降りた車は邸宅へ向かって走り出した。

 塀と頑丈そうな門扉もんぴは後方へどんどん遠ざかって、木々の中を車は走っていく。高い木々の中を一本道が続く。庭というより森の中を走っているようだ。


 ティアラが窓ガラスを下ろすと吹き込む風が彼女の髪をなびかせた。彼女の栗色の髪が明るい光を受けて甘い金色に輝く。

 ダイレクトに目に入る光と風にティアラは思わず目を閉じて声をもらした。


「ん──っ、気持ちいい。緑の香りがする」


 車に乗る犬がするように、窓の縁に手を掛けて鼻を進行方向へ向けて、思いっきり空気を取り込む。頬をなでる風が心地よかった。


「あれは・・・・・・芝?」


 後ろへ流れていく木々の向こうに開けた場所場見える。


「そういえば、確か敷地に入って左側にゴルフコースを造るって言ってたかな」


 図面を思い出してみたけれど、関心がなくてあまり覚えていなかった。

 ティアラが覚えているのは自室と自分の庭の配置くらいなものだ。


「ん?」


 後ろから近づく音に振り返る。それはひづめの音だった。


「お父様!」


 馬にまたがる父へ大きく手を振る。大胆に上半身を外に出す彼女に執事が慌てた。


「お嬢様っ!」

「大丈夫よ」


 少し速度をゆるめた車に馬が追い付いてくる。馬の真っ白な体が光を反射してシャンパンゴールドに輝く様は見事だ。


「マックス!」


 車の横を並走する馬へ手を伸ばす。

 触れるほど近づきはしないけれど、馬の大きな瞳がちらりとこちらへ向くのはわかった。


「爺、見て。マクシミリアンって本当に美しいわ」


 はしゃぐティアラは振り向きもせずにそう言った。青年執事はやわらかい笑みをこぼして彼女を見つめていた。

 馬上の父が手振りで向こうで落ち合おうと伝えて先に行く。

 スリムな体型で颯爽と馬に乗る姿が綺麗だった。その後ろ姿は20代の青年のようにすら見える。


「お父様、子供みたいに生き生きしてる」


 笑うティアラは父の背を見ながら車の進む先を眺めていた。


 自然に生えていた木々が少しづつ整然としていく。建物の屋根が見えてくる頃には等間隔の並木道になっていた。

 屋敷の正面にある大きなロータリーの周囲には綺麗に刈り込まれた植木。


「お母様好みの美しい植え込みだこと」


 手の込んだ造形と花木の多さに目を見張る。美しいけれど、ティアラの好みでも父の趣味でもない。


 玄関先に車が止まるとティアラは走り出て父の胸に飛び込んだ。


「お父様」

「おっ! あはは。こんな大きな犬を飼ってたかな?」


 娘をぎゅっと抱きしめておでこにキスをする父にティアラは笑った。


「こんな栗毛の可愛い犬はそうそういないでしょ」

「ああ、大切にしなくちゃな」


 父はそう言ってもう一度おでこにキスをした。

 父親から離れたティアラは今度は馬の首に抱きつく。その頬に頬を寄せて鼻をなで、鼻面にキスをする。マクシミリアンは目を細めて彼女のしたいようにさせていた。


「彼が新しい執事?」


 父に問われて青年に目を向ける。彼は美しい所作でお辞儀をしていた。


「そうよ」

「ううむ」


 口元に人差し指を添えて父が鼻をならす。少し渋い顔だ。


「お父様がなんと言っても替える気はないわよ」


 ちょっとすねた顔で父を見上げる。


「こんなにハンサムさんじゃ心配だな」

「爺みたいなこと言ってる」


 父は笑っていた。


「執事と恋いはしません。アンドロイドだし、人だとしても10才以上離れてるのよ。大人すぎてムリ」


 声をたてて笑う父の腕を叩いた。


「なんで笑うのッ」

「おお、怖い。疲れただろう? まずは君の部屋を見ておいで」


 父に促されて玄関を入ると美しいロビーが待っていた。建設途中で見た室内からは想像できない美しさに目が釘付けになる。

 高い吹き抜けの天井からシャンデリアが下がっている。天井に描かれた絵画を見上げながら体を回転させて玄関へ目を戻すと、そこに父の姿はなかった。


「お父様もお母様も、片手間なんだから・・・・・・」


 くるりと反転して階段を見上げる。


(確か3階の、左側だったかな)


 様変わりした室内に記憶を重ねる。


「お嬢様」

「えっ?」


 すっと手を取られてどきっとした。


「私がご案内いたします」


 優しい笑顔を向けられて目が泳いでしまう。


(あっ、これって・・・・・・もしかして)


 『恋愛モード』という単語が頭に浮かんだ。

 ふたりきりの時にだけ発動する恋愛モード。プランの説明を受けているときに聞いた。辺りを見回すと誰の姿もなかった。


 手を引かれて階段を上る。

 初めてじゃないのになんだか気恥ずかしい。


(慣れたら、大丈夫)


 握る彼の手は大きくて温かかった。






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