第4話 動物たちと庭師(2)

 執事が主人に触れることは滅多にない。幼かった頃は、ときどき老執事に手を引かれて歩くことはあったけれど。


(執事と手を繋ぐなんて何年ぶりだろう)


 繋ぐ手は老執事と同じように温かい。そう、人の温もりを感じさせる。


(爺の手はしわしわだったな)


 いま握っている手を見つめてティアラはそう思った。張りのある力強い手は老執事とはまた違った頼もしさがある。


 手から腕、腕から肩へと目でたどると、美しい執事の横顔に行き着いて見惚れてしまう。

 ティアラの視線に気づいた彼がちらりとこちらに目を向けてすぐに前を向いた。咳払いするみたいに空いた片手を握って口に当てている。

 少しそっぽを向くようなその仕草は、笑みを隠しているように見えた。


(え? 恥ずかしがってるの?)


 そう思うとこちらまでなんだか恥ずかしくなってくる。


(・・・・・・恋愛モードかぁ)


 特に必要だとは思わなかった。

 基本プランに入っていて、後からオフにすることもレベルを上げることも出きると聞いている。いまの設定はレベル1、友達以上恋人未満にあたるとか言っていた。



『日常のちょっとしたスパイスです』


 プラン設定を担当した女性の声が頭に浮かんだ。


『購入時はオンになっています。お試しになってからオフにするか検討してみてはいかがでしょう』



 他のお嬢様たちの噂話を聞いていたから少しは気になっていた。でも、忘れるくらい関心は薄かった・・・・・・はずなのに。いま心が浮き立っている。


(レベル2は付き合いたての彼氏とか言ってたっけ。突然、キスとかされちゃったりするのかな)


 そんな事を考えていると目が自然と彼の唇を眺めていた。


(ちょっ・・・・・・なに考えてるの? ティアラ!)


 うつ向いて手をぎゅっと握ると彼に握り返されてはっとする。顔を上げると優しい瞳に見つめられていて赤面してしまった。


(恥ずかしいッ、この状況でキスとか考えてるなんて私ったらッ)


 ほんの少し前に執事との恋愛を否定したくせに、と自分を責めた。


「お嬢様」

「はいっ!」


 慌てて返事をした声が妙に高い。ティアラは青年執事にくすりと笑われて恥ずかしさが増した。


「着きましたよ。どうぞ」


 青年執事は開けた扉の横に立って、握ったティアラの手を室内へと送り出す。それはバレリーナの手を引くプリンシパルのようだった。

 王子役に手を引かれて舞台に立ったバレリーナが、ひとりで舞台の中央へ歩き出すように、ティアラは自分の部屋へと入っていった。


「まぁ・・・・・・なかなか、素敵」


 綺麗な仕上がりに感嘆して、すぐに気がないふりをする。


「ちょっとゴージャスすぎるかな」


 入って1つ目の部屋はティアラは必要ないと思っていた。でも母の助言を断りきれずに造らせた部屋だった。

 両側に窓があってベランダに出られるようになっている。友人や来客と語らうスペース。大人数で座れる大きなソファーが2組、離れて配置されていた。


(10人ずつ、2グループに分かれてお喋りできそう)


 呼びたい人はいないけど、と呟いてティアラは苦笑いした。数年後のためにバーカウンターまである。カウンターを一瞥して奥の扉へ目を向けた。


「私の愛する子猫ちゃんたちは次の部屋かな」


 この奥こそ本当のプライベートスペースだ。


 真正面の扉を勢いよく開く。とたんに白い弾丸が飛んできた。


「スノーウィー!」


 ソファーでくつろいでいた猫は飛び石を蹴るようにソファーを跳ねて飛び付いてくる。


「きゃはは」


 スノーウィーの好き好き攻撃がいつもに増して激しい。ティアラの腕の中でその身を伸ばして彼女の顔に額をすり付ける。


「あぁん、淋しかったの? ん?」


 やわらかくしなやかな体をくねらせて、全身で愛情を伝えてくるスノーウィーがたまらなく愛しい。

 ゴロゴロと喉を鳴らすスノーウィーとは違う物がティアラの足にすり寄ってきた。


「シオナぁ~」


 大きな猫が彼女の足にしなだれかかり、足にしがみついたり頬をすり寄せたりしている。


「シオナも淋しかったの?」


 イエネコの2倍はあるオセロットのシオナは力強い。しゃがんで撫でようとしたティアラは押し倒されてもみくちゃになった。


「そうかそうか、2人とも淋しかったかぁ」


 2匹の猫を抱きしめてそれぞれの頬にキスをする。

 ひとしきり愛情を交わしたあと、ひとつ抜け落ちたものに気づいた。


「ルルとモコは?」


 いつもならセキセイインコも彼女を出迎えてくれるのに今日はいない。


「お庭にいますよ。呼びましょうか」

「いい、庭を見ながら会ってくる」


 インコは2羽ともアンドロイドだ。放し飼いにしても逃げていく心配はない。


「じきに暗くなりますよ」

「わかってる」


 と、言ったティアラはどこから庭へ下りられるかと見回した。


「ティアラ、ついてきて」

「!」


 ぐいと手を引かれて彼を見上げる。

 少年のような笑顔はこれまでで1番キュートだった。






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