第11話 優しいまなざし(1)

「これはセクシーショットだ」


 そう言ってルシフェルが映像を見せる。

 映し出されたのはつむじの見える位置から撮られた赤ちゃんの映像だった。ベッド上でころりと回転した赤ちゃんがこちらへ笑顔を向ける。


「どこがセクシーショットなのよ」

「セクシーだろ? ベッドで転がってこっち見てさ」


 笑顔を見せるルシフェルに、ティアラは泣きそうな顔を笑いに変えて首を振った。映像は続き老執事の声が聞こえてくる。


「お嬢様、とうとう出来ましたね」


 寝返りをうった赤ちゃんティアラへ老執事がぱちぱちと拍手を送る。


「さすがお嬢様です。きれいな回転でした」


 赤ちゃんの顔がクローズアップになって、ふっくらほっぺをちょんとつつく執事の指が写る。この映像は彼の見た世界だ。だから、ここに彼の姿はない。

 笑う執事につられて赤ちゃんティアラも声をあげて笑う。そしてパタパタと手足を上下させてはしゃいでいた。笑っていた赤ちゃんティアラが急にベッドへ突っ伏した。指をくわえる姿が恥じらうようだった。


「おや? 謙遜なさってますか? 恥ずかしがらないでください。とても素晴らしい回転でしたよ」


 誉めちぎる老執事にティアラはくすっと笑う。


「赤ちゃんが謙遜なんてするわけないのに。爺ったら」


 執事のお喋りは続く。


「ちゃんとってますから、あとで旦那様と奥様にも見ていただきましょうね」


 老執事は忙しい両親とのパイプ役を務めていてくれてた。それなのにティアラはスパイみたいだと彼をつついた。勝手なことをするなとなじったこともある。


(爺・・・・・・濡れ衣だね。ごめん)


 映像を見る両親の姿は残されていない。喜んで見ていたのか邪魔そうに見ていたのかはわからない。けれど、老執事はきっとちゃんと両親とこの時間を共有させてくれただろう。


(見たって言うのは嘘じゃなかったんだよね?)


 見たという両親の言葉を嘘だと思っていた。いつも忙しいくせにと心の中で責めていた。でも、こうやって間接的に見守っていてくれてたのだと知って、そう思うと心がやわらかくなっていくのを感じる。


 赤ちゃんティアラへかける老執事の声はどこまでも優しい。まるで孫にめろめろなお爺ちゃんだ。

 映像はつかまり立ちを成功させるティアラに切り替わった。


「素晴らしい、努力を惜しまない姿は称賛に値します!」


 スタンディングオベーションをしている様な拍手の音が響く。


「もぉ・・・・・・これくらいで。誉めすぎにもほどがあるわよ。恥ずかしい」


 ティアラの声がほんの少し湿っぽい。目尻を手で隠しながら彼女は映像を見ていた。

 つかまり立ちに引き続き初めて歩く姿が映し出される。


「さぁ、こちらまで。ゆっくり焦らないで一歩一歩ですよ」


 映像の中に老執事の手が写り込んでいる。

 執事の声に笑顔を向けて片手を差し出す赤ちゃんティアラ。おぼつかないバランスで机から手を離す。

 ハラハラしているような手が、揺れる体に近づいたり離れたりしていた。


「ご心配なさらずに、転びそうな時は爺がお支えいたしますよ」


 よたよたと3歩ほど進んだティアラがバランスを崩す。執事の手がさっと赤ちゃんをすくい上げた。そのまま持ち上げられた赤ちゃんティアラが嬉しそうに笑っていた。

 回転木馬から外を見るように赤ちゃんの背後がくるくる回る。その映像の中に見知った物を見つけてティアラは小さく声をもらした。


「あっ! あれは最近まで置いてあった!」


 ティアラの声がはしゃいでる。


「こんなに小さい時からあったなんて」


 執事に抱っこされた赤ちゃんティアラが楽しそうに笑ってる。服が変わり少しずつ大きくなって背景も色々な場所へところころ変わっていった。


「ここは回転集みたいだな。同じシチュエーションで楽しそうな君をつなぎ合わせてる」


 赤ちゃんから幼児、低学年の少女へと映像が成長していく。ひたすら楽しそうに笑うティアラが写っているだけだった。


「何が楽しいの?」


 ルシフェルがティアラに質問する。


「私にもわからない」


 苦笑いするティアラはルシフェルと見合って笑った。

 本当は覚えてる。あの浮遊感と笑顔の執事。安心できるささやかなアトラクション。


「クラウドに入れたらAIに削除されるでしょうね」

「確実に消されます」

「僕のところのAIでもカットすると思うよ」


 ティアラの呟きにラフィールとルシフェルが答える。2体のアンドロイドにはさまれて、3人でそっと笑った。


 赤ちゃんの寝返りもつかまり立ちも日付くらいは記録するだろう。主の指示があれば映像も残すだろう。けれど、執事個人が残したいと思ったものだったら・・・・・・それは。

 考えるティアラの横でルシフェルは次々と映像を写していた。


 短い映像の中に少し長めの物が混ざっていて目が止まる。庭でシオナと遊ぶ7・8才のティアラだ。

 草木に埋もれながら猫とかくれんぼをして追いかけあっている。そんな姿を遠くからとらえた映像だった。


 夕日を受けて草木も世界も甘い色に包まれていた。

 草や木に隠れたり飛び出したり、髪を揺らして走り回るティアラの縁取りを光が黄金色に浮かび上がらせる。きらきらと輝くティアラが楽しそうだった。


「きれいだね」


 2体が同時に言った。

 全体に黄金色こがねいろの斜がかかって細かな物が光って見えている。ノスタルジックでメロウな、そんな映画の1コマのようだ。ふいに老執事の声が聞こえた。


「楽しそうにしてらっしゃる」


 嗄れた声のささやくような独り言。

 引きの映像は大きなオレンジ色で、その中心で小さなティアラとシオナが駆け回る。遠く離れた場所から見つめる執事は、ひとりっきりだったのだろうか。


「私の天使。──私の・・・・・・は、おこがましいですね」


 苦笑いする時の「ふふっ」という声が聞こえてきてティアラの心をふるわせた。

 甘い黄金色の光が執事の独り言を溶かしていく。

 幼いティアラが遠くから手をふって「じぃ!」と声をかけている。軽くふられた執事の手が見えていた。


「大きくなられた」


 感慨深そうな声が黄昏たそがれに染みるようだった。




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