第30話
「……スゲぇぞんざいな扱い」
「――で、当然マリエ1人をあんたみたいな狼に近づかせる訳には行かないから、ウチも付き合うけど……。男に近づけないマリエがどうやって勉強教えるの?」
「あ」
ヤバい。その方法は考えていなかった。もう無我夢中で、そこまで思考が追いついていなかった。
「――あ、それならいい方法がありますよ!」
マリエが柔和な美しい笑みを浮かべた。
そして翌日の昼休み。
教室の一角には――。
「ここは、この公式を使って下さい」
「ああ……」
「あ、ここの文脈の解釈が違いますね」
「……」
学校中から視線を集めて勉強する俺とマリエ、そしてハンネがいた。
いや、視線の理由は分かっている。
「……なあ、マリエ」
「なんですか?」
「教えて貰ってる身で心苦しいんだけどさ――身長2mぐらいのマッチョに幻想魔法で変身しないと、勉強教えられない? 数mは離れてるんだけど……」
「はい、絶対に無理です。一瞬ならともかく、数m離れてても正直厳しいです。深層心理で警戒しないぐらい男性に心開くとか――絶対に無理ですね。心ばかりは制御できません」
「……その屈強な肉体からマリエの可愛い声が出るとさ、集中できないんだけど……」
「では、勉強を諦めますか?」
「……我慢します」
居心地の悪そうなハンネも、1度約束した手前、マリエから離れる訳には行かないのだろう。
こうして、俺は可愛い声のする魁偉に勉強を教えて貰う救世主候補として――また一段と有名になった。
カーラは指を差して集団とともに笑い、次席のニーナは1人ぼっちで教室の窓際に座って教科書を読んでいた。……それはもう、寂しそうにぽつんと。
なんか、この世界も生きづらいよな……。
「――はい、暁さん。集中して下さいね?」
「すいません」
ああ、もう。せっかく異世界に派剣されたのに、どうしてこうも前の世界と同じで不運ばっかりなんだろう。
とはいえ最前線送りで命を落として、やっとこの世界に慣れつつあるのに、次の派剣先にも飛ばされたくない。
地獄になんてもっと行きたくはない。
とんでもない圧に耐えつつ、俺は必死に勉強に励んだ。
そうして学園内ではマリエの色々な意味で特別な授業を受ける。
学園が終われば自主敵に剣術や走り込み、営業や勉学に励みながら日々を過ごしていき――いよいよ筆記試験の日となった。
「……大人になると時間があっという間って言うけど、学生の方があっという間な気がする」
「はい、暁! テスト配るから死後は謹んでね!」
「カーラに言われると腹立つわぁ……インチキで教師になったくせに。一生懸命に教員免許取って採用された世の人々の為、少しは謹んで生きろよ」
試験監督も兼ねているカーラが、着席している1人1人へテスト用紙を配っていく。
つか、紙が当たり前にある世界って十分裕福じゃねぇか。内需強いな、この国。
本当にこの世界って人類滅亡の危機なのか?
いや、まあ確かに城砦を攻められたりとかヤバいところは見たけど、王都は平和だし……。
いつだって現場の苦労は本社で数字だけ見てる人間には伝わらないのと一緒か。
ニーナの座っている傍の窓と――換気用の窓の間に居る人のテスト用紙は風で飛ばされそうだし臭いはしそうだし……。
「ごめんごめんごめん……っ」
小声で謝るニーナが不憫でならない。
「――はい、テストを始めて」
鐘の鳴る音に合わせてカーラが言うと、生徒達は一斉に裏返していた紙をひっくり返し試験問題へと向きあい始めた。
なんか、前世の学生時代と変わらない……。
――何て言ってる場合じゃねぇ!
俺も必死でやって何としても3位以内に入らないと……ッ!
「――暁。筆記具が落ちているよ」
「え? あ、ありがとう」
カーラがそう言って筆記具を机の上に置いてくれた。
おかしいな。
落とした音も記憶も……。
「……ん?」
渡された筆記具に、俺は見覚えが無い。
というか、どう考えても俺の筆記具じゃない。
「これ……」
筆記具には紙が巻き付けてあり、スルスルと巻いてあった紙を開いて見ると――。
「カンニングペーパーじゃねぇか……」
こいつ、試験監督の癖に堂々とカンニングの手助け――教唆をして来やがった。
カーラの顔を見ると、良い笑顔でパチンとウインクをしてきた。
成る程ね、俺が3位以内に入れないと自分も最前線送りになるからだな。
権力を使った不正とは、汚いオフィスレディだ。
腐敗と癒着の臭いがプンプンするぜ。
「――ファイア」
俺は魔法実技練習で覚えた超初級の炎魔法を小声で使い、カンニングペーパーを燃やした。
研修――いや、講義を受ければ簡単な魔法ぐらいは誰でも覚えられる。
そこからどこまで大魔法を使えるようになるかはセンスらしいが。
いやぁ、真面目に授業を受けて自主練もしといてよかった。
カンニングペーパーの中身は当然、見ていない。
俺は不正に関与していません。
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