第58話

「――ふ……」

「……は?」


 言いたいことを言いいきったシムラクルムの元へ――結界からツカツカと歩き出てきたハンネが、すっかり切り取られて小さくなったシムラクルムの頭を――。


「ふっざけんじゃないわよぉおおおッ!」

「ぐ、あっあっ……っ」


 怒りでどうなってしまっているのか解らないハンネが――黒いオーラを纏って何度も何度も踏み潰している。

 やがて『コホォコホォ』と龍の息吹のような息を吐きながら結界内へ戻っていって――崩れ落ちで地面に座った。酸素不足と、絶望によるものだろう。

 マリエが頭を撫でて慰めている。


「……こわ」


 俺のつぶやきに――ハンネがギラリと真っ赤に充血した瞳を向けてきた。


「――見ろ! あんな、激しい性格だから捨てられ――」

「もうそれ以上、喋んじゃねぇえええ!」


 悪に対する正義の剣――というか、これ以上煽るなという恐怖から、俺はシムラクルムを切り刻み続ける。

 いよいよ原型も無くなるほど小さくなって、シムラクルムの発声器官も凍結したらしい。


「――後は、時間まで燃やし続けて、デカくなった塊があればまた刻むだけか」


 既に乏しい酸素の中――俺は肉片をひたすら燃やし、斬り大爆発の時を待つ。


「――暁っ、早く結界の中に入って! そっちはもう、酸素が……っ」


 『残り1分』というアナウンスで、焦ったカーラが声をかけてきた。

 俺は誰でも覚えられるような初級の炎魔法を使い続けながら――。


「――ばぁか。男が苦手なマリエの結界内に、俺が入れる訳ないだろ?――それに、動揺して結界内のお前等まで弾き出されたらどうすんだよ」


 ――精一杯の強がりで、ニカッと笑ってみせた。

 キメラさん。

 渇望してようが、1度死んでようが……やっぱり最後の瞬間は、怖いんすね。


「暁、さん……。だだだ、大丈夫です!――私は……っ」


 逃げ場もない結界内に一緒に入ることを想像しただけで怖いんだろう。

 マリエは震える声で『大丈夫』と主張してくるが――。


「優しくて、男への免疫もないマリエをさ、城砦修復の時に放っておいた俺のミスだ。……消えない傷を付けてごめんな。リスクマネジメント的にも――俺1人が犠牲になるのが、丁度良いんだよ」


 正直、俺は『怖い』。本当は――結界内に『逃げたい』。

 その思考をマリエに『読心』されないように、背を向けたままシムラクルムの欠片を焼き続ける。燃焼に必要な酸素も乏しくなったのか、火の勢いも弱い。

 細胞分裂で大きくなってしまった塊は、キメラさんの凍結効果が付与された剣でまた斬る。

 酸素が無くとも、水分さえあれば凍結はできる。

 つまり俺は、シムラクルムの肉片が落盤に潰され、細胞が圧迫され死滅が確定するまで――延々とこの作業を続けないと行けない。

 少しでも大きな塊になって、何処かに非常口でもあったら――全て台無しだ。

 確実にキメラさんの意志を、最後の仕事を遂げるには――シムラクルムの死が確定するまで、俺は逃げてはいけない。


「――なら、私も焼くわ」

「……ハンネ?」


 覚悟を決めたハンネが結界から一歩出て――酸素の薄い中でフラつきながら燃やし続ける。


「いいから戻れ。お前が死んだら、マリエも悲しむだろ。――これ以上、あいつを傷つけるな」

「だからって、なんであんたが……っ。私が裏切ったせいでみんなはこの鉱山に誘導されたのにっ!」

「うるせぇ! 仕方ないだろ、常に凍結効果が付与された剣で斬らねぇといけねぇんだ。俺はキメラさんから引き継ぎを受けてる責任がある。――逃げる訳にいかねぇ。……それに、そろそろ炎魔法は発動が難しい酸素濃度だろ」

「それも、ウチのご先祖様が勝手に暁に押しつけたものでしょ!? 本来なら、ウチが背負うべきものよ……っ! 剣を……ウチに」


 息が苦しそうで、掠れた声でもなお叫ぶハンネを――見ていられない。

 そんなハンネに俺はにこりと微笑みかけ――。


「ハンネは剣なんて振ったこともないんだろ。……そんな何でもかんでも、背負おうとすんなよ」

「あか、つき……」

「――重い女って思われるぞ。――唯でさえバツイチで、十分重いんだからさ」

「ウチ、やっぱあんた大っ嫌い!」

「バツネは婚約者の為に頑張ってたし、押しつけられた過去の責任を晴らそうと一生懸命だったんだから、これ以上は背負わなくていいんだよ?」

「バツネって誰よ!? あんた、優しい声と優しい言葉に交えてとんでもない――」


 特殊な呼吸法も用いず、酸素が薄い中で興奮してしまったからだろう。

 意識消失してしまったハンネが崩れ落ちるのを抱き留め――結界の目の前にそっと横にさせる。

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