第59話

「ハンネはよく頑張ってくれた。……中に入れてやってくれ」


 結界内にいる3人はハンネを結界内に入れ、泣きそうな表情で俺を見ながら――。


「暁……っ。いくら君が救世主だからって、こんな大爆発と崩落に巻き込まれたら――絶対に死んじゃうよ!?」


 凍結の斬撃を繰り返す俺の耳に、カーラの必死な声が届く。


「その必死さ、次はオフィスで欠片でも見せろよな。最初、パイプイスに座ったお前を見た時、本当に最悪だったからな」


 初対面の態度の悪さは――最低の社会人だと思ったな。


「暁さん……。命は『アミュレッタ様』に頂いた、かけがえのないものなんです。この爆発と崩落の気配……絶対に死んじゃいます。――私なら、大丈夫ですから……どうか、どうか結界内に……」

 

 だから誰だよ、その神様。

 震える声は、男が近くに居る事への恐怖か。

 ――それとも、結界が崩落に耐えられるかの心配や、俺が目の前で死ぬ事への不安からか。


「ねぇ、だから誰なのその神様!? マリエ、御願いだから改宗し直してよ、ボクの為に!」


 俺が死んだら、担当派剣エージェントのお前も、ヴァルハラに帰るんだろうな。

 ――存分にヘルヘイムのヘル様、そしてマリエが元々信仰していたフレイア様に怒られろ。


「暁……っ。私、こんな臭いになったのに、近づいてくれたのは暁だけだった。毎朝の稽古が、本当に楽しくて、幸せで……っ。私にこんな幸せを教えておいて、だからこそ、失ったらその反動で不幸になるのよ? さっき暁が言ってた『真に辛い時にそばに居てくれる奴こそが仲間』というなら、私にとって暁は……っ」


 攻撃的で獰猛な紅い髪のニーナが、言葉を詰まらせている。

 オレンジがかった真っ赤な瞳も、潤んでルビーのように耀いている。

 そんなニーナの姿を見て俺は――思わず笑ってしまった。


「何を笑ってるのよ!? この私がこれだけ素直に『傍に居て』って御願いしてるのに!」

「ごめん、俺さ……。転生前は身よりもないし、悲しんだのなんて俺で利益を得られなくなった会社ぐらいだったはずなのにさ。そうやって悲しんでくれる人がいるって、凄く幸せな事なんだよ。俺――この世界に派剣されて、初めて幸せに仕事ができたわ」

「暁……。大した功績も残してない君がこのまま死んだら――やっぱりヴァルハラが派剣する戦士として相応しくないってヘルヘイムに――」

「――99人がやりたくないと思う仕事でもな、1人やってもいいと思う奴がやるっ! そうしないといけない仕事だってあるんだ!――俺の仕事、いや伝説を!――しっかりテメェの人事考課に反映しろよ!」


 エージェントとしての責務からか、言いにくそうでも説明するカーラの声――それを、斬っては燃やす単純作業をこなしながら遮った。


「マリエ……。さっき、絶対って言ったな」

「……はい。だって、こんなの絶対……っ」

「――絶対に結果が分かりきってる事は怖くない。世の中、万が一が起きる事が怖いって言うな」

「当たり前です。幾重に鍵をかけても、万が一誰かが破って襲われたらと思うと夜も怖くて……。2度と破られないように窓を強化しても、好きな絵を貼って自分の姿を隠しても――万が一誰かが侵入したらって思うと、本当に怖くて……っ」


 弱々しい声でマリエの呟くような声が聞こえてくる。

 そんな弱々しい声が――俺に元気をくれる。

 俺はシムラクルムの欠片が這いずって結界内へと入り込まないように、舞い踊るように剣を振るっていた。

 ――本当に、最後までしぶとい。外に残っていて、正解だった。

 爆発も直前のカウントダウンに入った。

 研究所内の酸素も――いよいよ限界に近づいている。

 炎魔法も出なくなってきた。

 血中酸素濃度も低いのか、頭はくらくらだ。

 俺は腹と肺に溜めていた酸素を出し切って――声を出す。


「――俺は1万回も同じ結末を繰り返す方が怖いし、退屈で気が狂うねぇッ! 単純作業なんかやってられっか! 俺達は想像力も何もかも、万が一を想定して成長すんだよ。『学校にテロリストが来たら』とかなぁッ!――万が一の奇跡、起きる事を祈って大人しく見てろォッ!」

「暁さん……っ」


 かなり大声で叫んだつもりだが――酸素が無ければ音も伝わらない。

 音なんて空気の振動なんだから。


「大きな声なんていらない。届けば良い。間違っても結界から出ようとしなければそれでいい」


 それで生き残るみんなの心を揺らせれば――真面目なだけが取り柄で、他には何もなかった俺からすれば――万が一の奇跡が起きたと言える。

 ――大爆発と同時、天上から大きな岩盤が落ちてきて――シムラクルムの欠片や俺達に降り注ぐ。

 俺とて最後まで足掻く。

 剣を振るって落盤を逸らし、結界と自分へのダメージを最後まで減らす。

 自分の剣が届く範囲で落盤を防ごうとするが――。


「あ……これは」


 自分に向け落ちてくる落盤の大きさを見て――悟った。

 とても逸らせる大きさではない。


 いよいよ、覚悟を決め――脱力し笑った。


 ――そうか。人間、いよいよ覚悟を決めると――笑うのか。


 そうして、瞼を閉じた。

 世界は色を失い、暗闇に染まり――。


「――暁さんっ!」

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