最終話

「――……えっ」


 声が聞こえた?

 マリエの……?

 もしかして、マリエまで『派剣会社ヴァルハラ』に……?

 そう思う俺の横で、落盤が砕け散る破砕音が響いた。

 見ると、鉱山から落ちる岩は――まだ結界に降り注ぎ続けている。

 爆発音も、いまだ鳴り響いている。


「マリエ、なんで……俺に触れるんだ……?」

「――貴方を、放っておけなくて……っ」

「マリエ……」


 怖いのか、マリエはギュッと痛いほど俺を抱きしめながら――震えていた。

 やがて、落盤の音が鳴り止む。

 俺達は岩で完全に埋もれているが、凄まじい爆発を乗り切った。

 俺に与えられた〈ギフテック〉。

 『女性パーティーメンバーの強化』によって強化されたマリエの結界は――無事だった。

 しかし、シムラクルムは間違いなく細胞の欠片も残さず死滅したはずだ。

 それだけ激しい大爆発と落盤だった。

 マリエはキッと睨んで結界に込めた魔力を強くすると――結界が大きくなっていき、取り巻く岩盤を吹き飛ばした。


「太陽……」


 上を見れば――太陽が見えた。

 俺も、助かったのか……?


「暁さん。――私、万が一の奇跡を起こしましたよ!」


 久しぶりに見る、耀く太陽に負けぬ煌めきを携えた笑みのマリエが――結界内に倒れ込む俺の顔を覗き込んでいた。


「凄いな……」


 爆発や落盤に耐えた結界のことだけじゃない。


「男の俺を抱きよせて……自分の結界内に引きずり込むなんてさ」


 トラウマをも乗り越えたこの子は、本当に凄い。

 そして、嬉しかった。

 また俺を仲間として受け入れてくれた事が、嬉しかった。

 トラウマになって震えるほど苦手な男の筈なのに。


「マリエ……。君は本当に凄いし、強い子だね。――マリエ、ありがとう」


 幸せそうな笑みを浮かべるマリエに対し、俺は笑顔で賞賛の言葉を贈ると――ちょんちょんと誰かに肩を叩かれた。

 見ると、カーラがメイク用のコンパクトミラーを俺に『ん、ん!』と渡そうとしている。


「なんだよ、お前は空気読めよな」

「……いいから、鏡を見なよ」


 眼を逸らしながら言うカーラの態度が気になり、カパッとコンパクトミラーを開いて鏡を見ると――。


「――ぬぅおおおおおっ!? なんっじゃこりゃあああ!?」

「そんな汚い言葉、使っちゃメッですよ?」

「おま、マリ……ッ」


 優しく諭すように説教してくるマリエだが、そんな事より――。


「――俺がショタに戻ってるだとぉおおお!?」


 そう、俺の外見は元の好青年から――どう見ても小学生ぐらいの自分になっていた。

 顔だけじゃない。――手足も、背丈もだ!


「『二次創作顕界』が人に使えるなんてあり得ないはずなのに――こんな事は奇跡ですよねっ!」


 この笑み――さっきまでは太陽みたいに温かいと思っていたけど、違う!


「こんな奇跡、認められるかよぉおおおっ!」

「……『俺は1万回も同じ結末を繰り返す方が退屈で気が狂う』、良い言葉ね! 我が家の家訓に付け加えさせるわ!」

「『俺の仕事、いや伝説を!――しっかりテメェの人事考課に反映しろよ』だって! ボク、しっかりこの伝説を報告書に書くからね!」


 十中八九死ぬだろうと思っていった俺の恥ずかしい台詞を、ニーナとカーラがニタニタと笑いながら繰り返してきた。


「ぐにゅぬううう……っ!」


 悶えて、恥ずかしくて――。


「……『俺はキメラさんから引き継ぎを受けてる責任がある。――逃げる訳にいかねぇ』か。良い言葉だったわね」


 ハンネの言葉が――トドメだった。


「ああああああ……っ!――もう嫌だぁあああああッ!」


 俺は脱兎の如く逃げ出した。

 結界を抜け、岩盤を登り――太陽に向かって。


「ああ、待ってください! 暁さ――いえ、あかつきくぅうううんっ!」


 もうこんな世界嫌だっ!

 派剣切りされてもいい、むしろしてください!

 あ、でもそうすると行き先は地獄か!?

 進むも地獄、戻るも地獄だと……っ!?


「いやぁ、ボクは派剣エージェントとして優秀だな。ボクの功績で魔神軍幹部を倒した!」

「人の功績盗むとか、このクソ社員がぁあああッ!――いつか絶対、魔神を倒してホワイトな天国に終身雇用してもらうからなぁあああッ!」


 ――親父……っ。

 見てるかな?

 俺、言いつけ守ってるけど――これで満足でしょうか?

 女性は泣かせてないけど、代わりに俺が全力で泣いたよ……っ。

 頬からこぼれ落ちていく雫なんて、置き去りだ。


「――うわぁあああんっ!」


 小さな身体を目一杯使って、俺は目的地もなく逃げ続けた――。

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ヴァルハラからの派遣社員は異世界でも働きます! 長久 @tatuwanagahisa

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