第6話

「――という訳で、私は死後にヴァルハラという派剣会社に勝手に契約登録をさせられていたようでして。そしてこちらの勤務地――世界へ派剣された訳です」


 現実を受け入れられないのか、頭が痛そうな学園長に状況を改めて説明する。


「成る程。……纏めると、貴方――暁さんはこれから救世主になる逸材かもしれない。だから練兵学園で戦いを学んでから世界を救えと天上の方に言われたと」


 秘書が現状を解りやすく纏めてくれた。


「……如何致しましょうか、学園長」

「そう、だにゃ……」


 脱力した学園長は、イスに腰掛けながら虚空を見つめている。魂が抜かれたようだ。


「私としては、暁さんには疑わしい部分が多く――魔神軍の密偵の可能性も拭えないと思います。最低でも監視は必要だと思います」

「――ちょ、秘書さん!?」

「密偵ではないというのなら、我が国に貢献してください。あなたは天上の方々の事も馬鹿にしている口ぶりで、信用なりません。……正直、多少練兵学園で鍛えた所で、あなたの能力値なら征伐も暗殺も余裕です。――学園長。仮にも聖刻から召喚されたのですから、もしかしたらほんの僅かばかり救世主の可能性も無きにしも非ずという期待を含め、練兵学園に入れてみては?」

「ああ、うん……」


 学園長はもう操り人形のようだ。

 なんとか冷静になろうと水瓶のような大きさのコップから水分摂取している。

 なんか、こんだけ奇怪な行動されるとさ、俺が悪い事している気分になってくるじゃん。

 ただ呼ばれて派剣されただけなのにさ。

 この場面で冷静な秘書さんこそが学園長やれよ。


「――では、こうしましょう。これから不破暁さんには、定期的に出すノルマで救世主としての力を示していただきます。課外授業などの実技ポイントと知能テスト、双方で学年3位以下の成績となったら――最前線に送ります」

「最前線!? それって、最も死にやすい場所ですよね!?」

「ええ、当然でしょう。最前線ですから。死ぬのが仕事と言ってもいいです」

「無理です! ノルマを果たせなかったら部署異動――いや、紛争地帯への転勤なんて、ブラック環境にも程があります! 俺――私はまだ剣すら握ったことがないんですよ!? この世界の知識にも疎いです!――不可能な業務を押しつけるのはあんまりです!」

「そんな事は何の言い訳にもなりません。――無理だとか不可能だとか言う人は、嘘つきです。できない理由では無く、できる方法を探る。常識でしょう?」


 どこのブラック企業のブラック理念だ。しかも、今回は本気で命がかかっている。


「……なんとかなりませんか? その懲役みたいに劣悪な労働環境は」

「なりません。まずは練兵学園1年生クラスに編入していただきます。まぁ、この世界の文化にも詳しくないとの事なので、知能テストは少々厳しいかと思いますが……。それも本当に救世主なら乗り切れるでしょう。課外授業などで実力を発揮し加点をとれば、実技の3位以内は余裕です。少なくとも、暁さんが救世主なのだとしたらですが」

「……ちなみに1年生って何人いるんですか?」

「約50名のみです。王立学園は学費や個室の寮費などが完全免除な上、生徒手当や期末手当が支給されますから、入学試験も通過が容易ではないのです。……残念ながら入学試験で基準に達しなかった方々は、平民としていつ滅ぼされるかわからない世界で庶民として働くか、自費にて他校で戦闘教練を受けています」

「……この学校って、エリートが集まるんですね」

「そうです。だからこそ、無事に卒業できるだけで誉れ高き王国正規兵入りが内定します。拒否権はありません。また、成績上位3名は陛下から直々に騎士号を授与されます」


 騎士って、そんな名誉なの?

 日本人に言われても武士との違いが分からないんですが。


「とにかく、3年後の卒業時まで成績3位以内をキープする。――この条項を最低限でも護ってください。その後は王国兵団と要相談。勿論、達成のあかつきには『救世主である』と仮定します」

「仮定って……。一応は俺、赤ちゃんみたいな能力でも戦乙女から派剣された人間なんで。もうちょい大事に育ててもらえません?」

「天上の方々に派剣されたからこそ、無下に扱わないのです。そうでもなければ、氏素性の不明な者などリスクを考えと根を断っています」

「……ねぇ、今さ、ワシの髪の毛の話した? 無毛とか毛根とか」

「してないっす」


 学園長、もうきてるな。メンタル面でも、頭髪的な意味でも。

 相当に繊細で、言葉1つにピリピリとしているのが解る。


「交渉は1度で決める者ではないと思います。再度お互い話し合う場を作れませんか?」

「できません」

「なんて一方的なんだ……っ。これは――不毛な話し合いですね……」

「そうですね」

「やっぱワシの頭の話してるよな!?」


 涙目の学園長が叫び声をあげた。

 ……まぁ、経営不振やトラブルに陥ったりした時、頭を抱えるのが権力者の役目ですからね。

 俺達のイジりは愛ですので、許して下さい。

 とりあえず、突っ込むだけの元気が出たみたいで良かった良かった。


「こちらの提示条件をクリアして卒業すれば、今後は良い待遇を受けられるよう便宜を図る交渉を王宮にすると約束しましょう。話し合いは対等でないと成り立ちませんから。学園側も王宮も、今の暁さんとは話し合えません。言いたい事はノルマをクリアしてから言って下さい。――これは決定事項です」


 この秘書、決定権ありすぎだろ。――っていうかさ、この人は最早、秘書とかじゃなくて理事長とかなんじゃないの?

 学園長を差し置いて決定とか言ってるし。

 しっかし頭硬いなぁ。

 どこの独裁企業ですか?

 トップダウンで下からの意見は吸い上げて貰えない。

 俺のお先は真っ暗です。

 ブラック環境だけにね。ハハハ、面白い面白い。……ふぅ。

 っていうかね、こちらは3年の派剣期間内に魔神とやらを倒して世界を破滅から救わなきゃ、地獄か別の戦場行きなので。

 その後の良い待遇も何もないんですわ。

 見せつけておいて、実際には貰えない景品とか。

 景品表示法違反も良いところです。

 それ、会社で言えば『人事考課の結果次第で賞与増額』とか言ってるぐらい、形式的で無駄なものですよ――。


「――という訳で、こちらのクラスでお世話になることになりました不破暁と申します。どうぞよろしく御願いします」


 その後、問答無用で秘書さんに案内されたクラスへ放り込まれ挨拶をした。

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