第7話

 黒板を背に、約50名の生徒を眼前に。

 まばらな拍手に、戸惑う表情の生徒達。

 もう俺の噂は広まっているのだろう。

 あちらこちらから『あれが救世主……?』、『碌な〈ギフテック〉も持ってないし、能力値も平凡らしいぞ』。『魔法も1つも覚えてないらしい』などという囁き声が聞こえてくる。

 既に秘書はこの場にいない。

 担当教諭らしき人もいない。

 さらし者のように大勢の人の前へ立つのは地獄ですよ。

 この後、何を言えと?

 なんの準備もなく自分の有用性をプレゼンでもしろと言うのか!?

 そんな時、勢いよく入口の引き戸が横に開き――バァンという衝突音が鳴り響いた。


「うおっ、もう、なになに!?」


 自然と、俺だけでなく全員の視線も音の発生源に集まり――。


「――みんな、待たせたね! カーラ教官のご到着だよ!」


 黒スーツに赤縁眼鏡姿の派剣戦乙女、カーラがそこにはいた。


「おお、カーラ教官!」

「教官、待ってました、授業を早く! 俺達、早く強くなってお国の為に戦いたいんです!」

「私も、強くなって家族を護るの!」


 生徒達から歓迎の声が響き、腰に手を当て気持ちよさそうに胸を張っているカーラ。


「うんうん、みんな素晴らしいね。――いいね、実に良い!」


 実に気持ち良さそうな……。そんな姿を見て、俺は思う。

 ――社内では、褒められる事が無いんだろうな……可哀想に。

 賛美の声で愉悦に浸っているカーラの腕を掴み、俺は素早く廊下まで連れ出す。


「――ねぇ、お前は何をやってるのかなァアアア……ッ?」


 カーラを壁にドンと勢いよく押しつけた。

 顔の両脇には血管がビキビキと浮かぶ俺の腕。

 血管が音を立てそうな程に俺は苛ついていた。


「……待って暁、落ち着いて。顔近い、怖い、眼力が凄いよ?」

「うるせぇ。お前のせいでこんな事になってる上に、なんでお前はこの世界で既に信用を受けてんだよ? 俺は疑惑の視線で見られて、とんでもねぇ事になってんのにさ。良いご身分だな、エッ?」

「――だから、ボクは君を成長させる為に来たんだって! 派剣会社ヴァルハラの手厚い派剣エージェントとしてさ!」


 その言葉を聞いて、少し両手の力を抜く。

 その隙にカーラはボクサーのようにしゃがみ、バッと壁ドンから横に跳んで逃れ――俺から距離をとった。――疾い……っ。


「どういう事だ? というか、一応カーラは天上の戦乙女だろ。なんで地上に来られるんだ? 降臨とかってそんな簡単にできるの?――だったら、自分らで何とかしろよ」

「ぼ、ボクは……。君が心配で、特別に戦乙女としての力を圧縮して地上まで降りてきてあげたんだよ! それに、ボクが信用された教官として馴染んでいれば暁もやりやすいでしょ!? この国中に洗脳の力を使いながら降りてくるの、大変だったんだからね!?」


 冷や汗を流し、目を泳がせながらカーラは早口に言う。

 これは間違いない。俺の営業経験が告げる。――こいつ、嘘を混ぜてやがるな。


「……お前さ、ひょっとして戦士でもない俺の魂を拾い上げた事がヴァルハラにバレたな?――しかもヘルヘイムに返さずヤバい世界に派剣したことが上司か誰かにばれた、或いはバレかけただろ?」


 ビクッとカーラの身体が跳ね、口が引きつった。

 鎌を掛けてみたが、これは図星の反応だなぁ……っ。


「それで、ヘル様だっけ? 地獄の神様にしばかれる前に『世界を救うちゃんとした戦士だと証明します!』とか言い訳して、出張みたいに会社を出てきたな?」

「――あんた、エスパーの〈ギフテック〉を習得したの!?」


 してねぇよ。カーラの顔に書いてあるんだよ。


「〈ギフテック〉とやらもぼろくそ言われたよ! なんか『女性パーティーメンバーの強化』、『不運体質』、『過労耐性』とかいう微妙なのだけだったよ! 他は魔法1つ使えねぇどころか赤ちゃん扱いされたぞ! 泣いてやろうか、ああ!?」


 一瞬、あんぐりと口を開けるカーラにイラッとして、後半は思わず感情的になってしまった。

 なんでカーラが信じられないみたいな顔するんだよ。

 信じられない心境なのは俺だよ。

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