第5話

「……我がウェルテクス王国は他国との国境も寸断され、魔神軍の占領地に孤立しております。まさにどこからも援軍が来ることがなく、滅亡を待つばかりかと思っていました」


 神妙な顔で勝手に語り出す、この場の生徒達の取り仕切りらしき修道女の言葉。

 追従する生徒達も沈痛な面持ちを浮かべている。

 いやいや、敵領地内で孤立。援軍もなく、物資も内需のみ。

 内需だけで国民の生活を賄いつつ戦争しろとか、ブラックすぎる状況でしょう。

 まさに滅びる寸前じゃん。


「――しかし、それも救世主様がご光臨なされた今、全て解決です! ご覧下さい、あちらの絵画を!」


 バッと修道女が手を向けた先にある先には――1枚の絵画が飾られていた。

 大きな純白の翼が生え、炎を纏う神々しい女神が数多の槍を持つ天使を従えている――もしかして、炎を纏うのがフレイア様で、槍を持つのは戦乙女かな。

 とにかくそんな天使達の中で、1人だけ翼も生えていない人間が一緒に戦っている。

 相手はコウモリの翼を生やす悪魔のように醜悪な生物。

 これって、いわゆる宗教画ってやつだよな。美術の教科書に書いてありそう。


「これは、宗教画ですよね?……これが何か?」

「これこそ、我らが主神フレイア様が数多の天界軍と共に人間の救世主を召喚し、凶悪な魔神軍を退治する絵画です!」

「……この絵画に描かれた勇敢で美しい男性が、私だと?」

「はい、その通りです! ああ、フレイア様のお導きに感謝を……っ」


 手を握りながら恍惚とした表情で天へ祈る修道女。

 あ、ダメだこれ。盲目的な信者だ。

 絵画に描かれているような、均整の取れた筋肉で勇猛果敢に戦う美男はどう好意的に考えても――俺とは似ても似つかない。

 っていうか、トーガらしき衣服に身を包み、槍を持って戦う勇敢な戦乙女も詐欺だ。

 一部だけど、『朝はだるい』とか言ってぐてっとしてたぞ。


「――実際はくたびれたスーツに身を包んで、みんなキーボードとインカムで戦ってるもんな……」

「はい? 何かおっしゃいましたか?」

「いえ、なんでもありません」


 言えない。敬虔な信徒らしき彼女達に、『戦乙女が戦っている真の姿はスーツ、戦場はオフィスです』だなんて――とても言えない。


「――救世主様がご降臨なされたとは本当か!?」


 俺が教会から連れられて来たのとは別のドアをバンと開け、息を切らした年配男性が飛び込んできた。

 このカツラでハゲを隠そうとする感じ、偉そうに秘書を侍らせている事から察するに――この人こそが件の学園長だろう。

 救世主じゃないと言うなら、今だ!


「――あ、初めまして。私は救世主などではなくですね」

「鑑定機を作動させよ! ささ、どうぞおかけになりながらこの機械に手を乗せてください」

「あ、はい……」


 話を聞けよ、畜生。

 人の言うことを聞かず、自分の言いたいことだけを言う感じ、間違いなく権力者だ。


「あ、申し遅れましたが私は不破暁と申しま――」

「おお、これは私こそ失礼を! 私はウェルテクス王国練兵学園にて学園長を務めているゲオルグと申します」

「名刺も持ち合わせておらず失礼します。それで、私は救世主などでは――」

「名刺? はて、救世主様――いえ、暁様は不思議な言葉を使われますな」


 人の言葉は最後まで聞け権力者ッ!

 とはいえ、この世界には名刺などもないのか。

 異なる文化の世界で、言葉だけでも通じているのは幸いだ。

 俺はそんなに観る時間がなかったが、最近の創作物にあるご都合主義展開のようだ。


「……あの、私は救世主では無くただの派剣――」

「――おお、鑑定が終了した! 能力が映し出されるぞ!」


 学園長のゲオルグが叫んだ。

 唾が飛んでるんだってばよ! そんな興奮すんな、血圧上がるぞ!

 能力測定器から投射されたホログラムのような巨大な光が――中空に映し出された。

 何これ。この機械凄くない? 文明レベル、今の日本負けてるんじゃ……。


「――え」


 ホログラムの文字も読める。――そして、周りの困惑の声も聞こえてくる。


「基礎身体能力値は……平凡、ですね。天啓レベル1……。赤子と同レベル……。神から最もかけ離れた初期の、天啓レベル……」


 秘書が唖然と言葉を漏らす。


「――……〈ギフテック〉は『女性パーティーメンバーの強化』、『不運体質』、『過労耐性』……?」


 修道女も呆然としながら口を開く。

 あのカーラとかいう戦乙女、生前の俺の行いに応じた〈ギフテック〉を3つ授ける的な事を堂々と言ってたよな。

 どういうことだよ。絶妙に馬鹿にしてる〈ギフテック〉じゃねぇか。


「……これが、神の祝福を受けし救世主の力だと? 確かに初期からギフテック3つというのは異質だが――、バッドスキルばかりではないか……」


 ゲオルグも震えながら目を剥いている。


「――だから、私はただ派剣されただけの平民なんです、前職は営業職です!」


 遂に、遂にだ!――俺がずっと言いたかった言葉を言えた。

 数秒沈黙が場を支配したかと思うと――。


「――学園長!?」


 ゲオルグ学園長がショックで気を失い、壊れた人形の如く――力を失って机へ沈んだ。

 激しい音をたてて倒れこんだ拍子に、貴重な茶器も一緒に床へ落ち――割れた。

 机には、茶器の代わりにゲオルグ学園長のカツラが残されていた。


「きゃぁあああ、国宝級の茶器が!?」


 修道女が涙目で顔に手を覆い、金切り声をあげる。

 まぁ、学園長より国宝の方が大切ですよね。


「……壊れたの、俺のせいじゃないからね? これ以上、借金増やさないでね?」


 賠償請求するなら、この学園長に御願いします。

 その後しばらくの休憩時間を挟んだ後、ゲオルグ学園長が目を覚ました。

 場所を変えて話し合おうという事で、学園長室へと案内された。

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