第4話

「――きゅ、救世主様よ! 救世主様がご降臨なされた! ああ、神よ……。我らがフレイア様、心より感謝致します!」

「――え?……え?」 


 次に俺の視界に映ったのは――大勢の僧侶服に身を包む人々が拝む光景だった。

 俺は祭壇の上に居るのか、一段下の死跳びとの顔が良く見える。

 人々は柱とアーチの間にある身廊やら外側の側廊やらに所狭しと聖職者らしき人々が跪いている。

 灯りは電気なんかではなく、美しい装飾の採光用高窓から月明かりが差し込んでいる。

 天上の半ドームには1本の巨木と天使や神々が描かれ、月明かりや鮮やかなステンドグラスの輝きにより、より神聖さを際立たせていた。


「うわぁ……。何これ、綺麗。……っつか、何で俺正座させられた姿勢で召喚されてるの?」


 足下を見れば――幾何学文字が刻まれた円陣が神々しい光を放っている。

 何これ、もしかして派剣エージェント戦乙女――カーラの言ってた世界に飛ばされた?


「足下にあるの、これってもしかして魔法陣……ですか?」

「ええ、そうです! これは聖刻の召喚印です。世界が危機に陥った時、この聖刻へ祈りを捧げれば神へ願いが届くと言い伝えがある由緒正しきものです!」

「……正確には、神々の手前に届く『サポートセンター』窓口だったみたいですけど」

「――ああ、魔神軍に殆どの聖刻を奪われ、最後の1つの聖刻から遂に! 我らが神、フレイア様は救いを求む我々を……っ、見捨てなかった!」


 多分この世界の神と崇められるフレイア様へ願いが届く前に、下請けが処理したと思いますよ。――なんて事実は、とてもじゃないけど言えない雰囲気であった。


「……いや、皆さん。泣いて喜んでくれている所を申し訳ないのですが私は戦え――」

「そうだ! 早く学園長にご報告をしなければ! 学生祈祷隊が救世主様の召喚に成功したと!――それと、能力鑑定機も必要ですね!」

「ささ、救世主様はこちらへ! くつろいでお待ちください!――マリエさん、学園長への報告、御願いしてもいい? ハンネさんは鑑定機を!」

「「は、はい、先輩っ!」」


 止める間もなく、マリエとハンネと呼ばれた女生徒達が駆けていく。

 必死に駆けた為か、風の煽りで修道服のフードが捲れた。

 ふと目に入ったミステリアスな銀髪ショートヘアに美しく整った顔立ち――そして出るところはとても出て、引っ込む所はちゃんと引っ込んでいた。

 グレーの瞳に、月明かりが当たるとブルーまで混じって見える――美しい瞳だ。

 あの子は……マリエさんと呼ばれた時に反応していた子か。

 なんか神聖なる衣服ってさ、身体に密着してる造りが多くない?

 覆われたフードで隠されていた分、顕わになった瞬間を見ると凄く煩悩に包まれるんですが。

 チラリズムというか、探究心といいますか。


「――いや、あの……」


 それはそれとして、俺は救世主じゃない。

 騙されたとか責められる前に、告白せねば!


「ささ、救世主様はこちらへ! みんな、紅茶とお菓子を用意して!」

「はい!」


 残された修道服に身を包む祈祷隊らしき生徒達は、戸惑いつつ口を開こうとしている俺などお構いなく――いや、かえってお構いしているのか。『強引に』もてなしてるけどな。

 祈祷殿と扉1枚隔てた、貴賓室とか書かれた場所に連れて行った。

 ……そう言えば、言葉もわかるし文字も読める。

 これがカーラの言っていた神々からの恩恵、〈ギフテック〉ってやつか?

 その部屋は豪華絢爛な丁度品が並べてあり、来客をもてなすと同時に、部屋の主の権力を誇示するような内装だった。

 宗教とかでは清貧が尊ばれるとかいうけど、こういう場所に人間の本質って出るよね。

 まあ、教会に使われてるステンドグラスとかも金銭的には高いんだろうけどさ。

 うちの社長の部屋にもキジとか鷹とか、虎の剥製があったよ。

 あんなん、権力を見せつける以外の何物でも無いよな。


「――どうぞ。紅茶と甘いお菓子を用意しました」

「……あ、これはご丁寧にありがとうございます。頂戴いたします」


 思わず立ち上がりお辞儀をする俺をキョトンと不思議そうに見ていた祈祷隊の生徒達だが、歓迎ムードの為か、優しく頬笑んで見よう見まねでお辞儀を返してくれる。

 異文化の挨拶だろうと理解してくれたようだ。


「おかけになってお召し上がり下さい。……魔神軍に交易拠点も奪われ、物資も不足しているので以前ほど味はさほどですが……。それでも、今ある素材の中で精一杯のものです!」

「そ、それはどうも有り難うございます。……頂戴した方が良いですよね?」


 今までの営業では、ここまで丁寧にもてなされた事なんて終ぞ無かった。

 飛び込み営業先ではいつも迷惑そうな顔をした人に、紙コップや小さなペットボトルに入ったお茶を出されれば良い方だ。


「これは……見事な茶器ですね」

「救世主様は茶器にもお詳しいのですね。そちらはかつて、我が国と交易があった国の一級職人が創り上げた、大変貴重な茶器です」


 大変貴重とか言うの止めて欲しい。

 急に茶器を持っている手が重たくなった。

 とはいえ、出された物に一口も口をつけないのは失礼に当たる。


「――美味しいです。お菓子も、とても美味しいです」


 嘘です。美食大国、日本の菓子には勝てません。

 それでも、美味しいと言うのが礼儀なんです。


「良かったです。今となっては貴重な茶葉で、砂糖も僅かな量を残し手に入らなくなりましたが……救世主様の為に残っていたのは、神の思し召しですね!」


 ――重い、一々言うことが重いっ!


「あ、いやですから――」


 やばい。

 調度品に気を取られ、礼儀作法を優先するあまり、『俺は救世主じゃない』と言い出すタイミングを逸してしまった。

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