第3話

「業務内容は営業、製造、運送……。うわ、いつ寝るのこれ。社員寮まで会社の敷地内じゃないか。ほとんど牢獄だよ」

「だからほとんど寝てねぇよ! 社長は『徒歩1分以内の超ホワイト環境だ』とか笑って自慢してたけどな!――ブラック企業だよ、知ってたよ! でも、逃げられなかったんだよ!」

「それで人生の最期は……。上司命令で夜に個人宅へ飛び込み営業周りをしている最中、集団の男に女性が無理矢理に車へ乗せられようとしている所を発見。――ちょっと、大変じゃないか!?」

「……あ、思い出してきた」

「格好良く『女性に乱暴する男は許さない!』と助けに入ったは良いが、相手の持つナイフが急所に刺さり即死。……え、なにこれ。普通に可哀想な人生なんですが」

「可哀想とか言うな! それでもなんとか全員倒して、女性だけは護ったんだよ!」

「は? 嘘を言わないでよ、それなら即死とかないでしょ。――詳細開示!」


 カーラがそう言うと、机に置いてあったディスプレイに見覚えのある映像が映った。


「――……ねぇ。なんかディスプレイにさ、凄く見覚えのある名作アニメが映ってるんだけど」

「うん、これは間違えたね」


 即座に画面に映る映像を変えたが、次は吹き替え付きの日本映画が映った。

 ……もう俺は理解してしまった。

 こいつ、適当な日本アニメや映画を見て日本語を勉強しやがったな!


「お前そんな勉強方法してるから読み書きが解らないんだろうが! っつか、こんなローカライズ――日本語をお前等の国に合わせて吹き替えできる技術あるなら、まともな日本語学習資料だってあんだろ!」

「うるさいなぁ! 社内では語学スキル習得が必須なんだよ! しかも語学研修なんてめちゃくちゃ時間かかるもの、見なし残業性で追加の残業代が出ないうちでやってられる分けないじゃないか! せめて楽しく勉強したかったんだよ!」


 ヴァルハラもとんだブラックだが、そもそも語学スキルをちゃんと学ばないから社内で出世競争に負けるんじゃないだろうか。

 カーラはいくつか日本映画やアニメを『これじゃない』と変えていく。一体、いくつ観ていたんだ。さては、途中から語学勉強とか研修を忘れてハマったな。


「あ、これだこれ。どれどれ……。あ、何故か営業車に積んであった鉄パイプを手に戦ってるね」


 そうしてやっと、俺の最後に関する映像を見つけてディスプレイで流し始めた。


「そう、何故か社長から『必ず持ち歩くように』と言われてたんだ。万が一の為だって」

「……それさ、絶対君の営業で悩んだ人からの報復対策に鉄パイプ装備させたでしょ。――おお! 君、凄いじゃあないか! 本当に相手のナイフを全部弾き飛ばして――」


 格好良く鉄パイプで相手のナイフを弾き飛ばし、へたり込む女性に手を差し伸べている俺。

 そしてそんな俺の首に――。


「「あ」」


 俺とカーラさんの口から、同時に言葉が漏れた。


「……君が弾き飛ばしたナイフ、見事に首に刺さったね」

「ああ、深々と刺さってるな。俺の首に。……ねぇ。俺、本当にこんなダサい死に方したの?」

「ま、まぁ女性は助かったんだし……。尊い自殺ってことにしておいてあげよう」

「尊い自殺って何だよ!――っつか、やっぱり俺が地獄行きになる理由ないじゃねぇか!」

「あれぇ、おっかしいな……。悪逆の開示!」


 カーラがそう言うと、今度はディスプレイに俺が犯した悪逆とされる内容が表示された。


「……これ、あんたらの言葉? 俺、読めないんだけど。読んでくれない?」

「全く、仕方ないね。1つ、詐欺に近い営業行為。抱き合わせ商品のウォーターサーバーの設置と同時に、実際に使用方法を説明。本人に実践してもらうことや、割引を口実にネット注文へと誘導する事でクーリングオフができないようにした。結果、数多の善良な市民から金を貪り悩める人にした」

「え、あれってそういう事だったの!? マニュアル通りに頑張っただけなんだけど!?」

「2つ、競合他社の社員を社会的に抹殺し路頭に迷わせると共に、自社製造担当社員や運送担当社員へ奴隷の如き労働を強いた」

「与えられた仕事を頑張っただけなのに! 頑張って営業して、俺も一緒に手伝ったのに!」


 頑張って自分の会社が倒産しないように利益上げて――結果、路頭に迷う人が出たのは不況のせいだ。どこも生き残りに必死なんだ!

 ……あれ?

 そうやって冷静に考えると、形が変わっただけで、今も戦争って続いてる……?

 ってか、むしろ経済的に内戦してね……?

 ――いや、それを考えたら負けだ!


「3つ、過剰防衛により、集団暴行犯の男のうち1人へ後遺症が残る重傷を負わせた」

「女性を護ろうとしただけなんだ! 『筋力に優れた男は女性を護れ、泣かせるな』。それだけが親父の唯一まともな教えだったんだ!」


 まぁ、親父は女遊びで女性を泣かせてばかりだったが。

 暴力を振るっているのは見たことが無い。


「……なんというか、君――ついてなさすぎて可哀想だね」

「変な同情はやめろぉッ! 死にたくなる!」

「大丈夫だよ。もう死んでるから安心して」

「そうだった……ッ! 畜生、一生懸命に生きてきたのに……。こんなついてない人生のまま終わるなんて嫌だぁッ!」

「……うん、そう、だよね。大変だったね」

「急に優しい目で見つめるなぁッ!」


 俺は思わず両手で顔を覆う。

 恥ずかしくって、もう顔も見せられません!


「それにしても……うん。――いける。これはいけるね」

「……は?」


 顔を覆った指と指の隙間を空けて見ると、カーラは俺の最期の戦闘シーンを見ていた。


「――うん、確かに。……直ぐに最前線の戦場に投入すればタンポポの綿毛みたくパッと弾けちゃうだろうけど、ちょっと研修期間があれば戦えるよっ! これはいけると見たね!」

「いけねぇよ!? 戦場なんて無理だって言ってんだろ!」

「覚悟を決めて! このまま地獄に落ちてもいいの!? ボクが出世できなくなるどころかヘルヘイムを管理する恐ろしい神様、ヘル様に殺されてもいいの!?」

「前半はともかく、後半は自業自得だろう!?」

「後ろばかり見るなんて男らしくないね! ボクは決めたよ!――君を、人類が滅びそうな世界に派剣するって!」

「お前さ、本当に俺の言葉通じてるのかなぁ!?」

「まあ、人の話は最後まで聞いて。ボクが神々の管理代行をしている世界の1つにさ、今まさに救世主を求める学生プリースト――祈祷隊が祈りを捧げている王立の練兵学園があるんだよ。その練兵学園に舞い降りれば、戦い方を学べる! 君ならすぐに強くなって、人々を苦しめる魔神を倒し世界を救えるよ! そうしたらヘルヘイム行きも回避できる!」

「そんなんできるか! お前、戦い舐めすぎだろ! 本当に戦乙女か!?」

「安心してよ。うちは派剣先を決めたら後は知りませんなんていうブラック派剣会社じゃない。派剣会社ヴァルハラの手厚いサポートを信じて、行ってらっしゃい暁! 契約期間は3年、それまでに魔神を倒せなかったらヘルヘイム行きか、別の戦場行きだからね!」

「だから――って、おい! 俺、了承もしてないのに身体がッ!」


 身体が浮遊感に包まれると共に、視界がぼやけていく。


「ヴァルハラからの〈ギフテック〉として、生前のあんたに相応しい能力を用意したよ。なんと、本来なら特別訓練したり過酷な状況に陥らないと手に入らないと言われる神々からの贈り物にして恩恵、〈ギフテック〉を3つもだよ! うちはホワイト企業だからね! 派剣先に着いたら、鑑定機とかで能力を確かめて貰ってね!」

「せめて労働契約書とか――」


 全て言い切る前に、俺の意識はホワイトアウトした――。

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