第2話
「日本語なんてちっさい島国でしか使われてないマイナー言語、知らないよぉっ! 何なの、喋るだけでも厄介なのに読み書きとか! 書類に使われる文字は漢字にひらがな、カタカナと3個もあるわ『企業戦士』だの『なやめる』、『あやめる』だの! まぎらわしいんだよぉっ!」
「叫ぶな、それと揺らすな、俺に言うな! ああもう、落ち着け!」
「――カーラ先輩。どうしたの? 騒がしいけど、何かトラブル?」
「あ、主任! いえいえ、この人間がちょっと騒いでて。注意しときますんで、はい。すいません」
こいつ、俺のせいにしやがった!
いや。それ以前にこいつ、後輩に敬語使ってたな。
ペコペコと頭下げてたし……先に出世されたのか。
まぁよくあるよな、気にすんなって言いたいところだが――。
カーラ、お前は存分に気にして態度とか色々と改めた方が良い。
「はあ……」
パーテーション内に顔を覗かせた後輩主任が遠く離れるまでペコペコ頭を下げたかと思うと、カーラは大きな溜息をついて机に突っ伏した。
なんというか、天界とか戦乙女の世界の仕事も大変なんだな。
いや、人材派遣――派剣会社って言ってるぐらいだし、営利法人なんだろうし。当然と言えば当然か。
「何て言うか、大変ですね……」
「本当、大変だよ……。ボクが担当して派剣した戦士は全然功績も残せず死に戻りして派剣の繰り返し。いずれ諦めてヘルヘイム行きを選ぶのばっかりなんだ……。逆にあの子は魂の選別に恵まれてるんだよ。ボクに見る目がない訳じゃない。あの子が良い魂を全部持ってくから、だからボクを追い抜いて出世なんかして……」
「いやいや。戦ったこともない俺を選別してる時点で、カーラさんは仕事出来ないですよ」
「そんなハッキリ言わないでよ! 君、こういう時に女の子に優しくしてあげられないから顔は爽やかなのに童貞のまま死ぬんだよっ!」
「ど、童貞とか言うな! まだ10代だったんだぞ、チャンスがこれからあった筈なんだ!」
「は、どうだろね。――ってああ、そういえばあんたの魂どうしよ……。ヘル様にヘルヘイム行きの魂を間違ってヴァルハラに持ってきましたなんて言ったら、ボクが殺されるかも……。もう逃げたいよ。ボク、疲れちゃったよ……」
仕事でボロボロになって酒を飲むオフィスレディ――OLみたいな事を言いだした。
……なんか天上の存在である天使とか戦乙女への敬意とか、もうどっか天空の彼方まで飛び去ったわ。
「……ヘルヘイムって、要は地獄?」
「……そうだね、まぁだいたいそんな感じ」
「なんで俺が地獄行きなんだよ! 俺、清く正しく真面目に生きてきたんだけど!?」
「はあ……。仕方ないね、一緒にヘルヘイム行きの理由を見てあげるよ」
改めてパイプイスに座り直すと、カーラは魂の履歴という紙を俺にも見えるように机に置いた。
「これはあんたの魂の経歴だよ。生前やってきたことが全て載ってるし調べられる。……ほら、こうして知りたい情報を頭に浮かべて触ると、勝手に浮かび上がる」
「天界の技術って凄いな。ペーパーレス進んでるわ」
「――えっと、あんたが産まれてすぐ、父親の浮気発覚で両親は離婚。……母親は親権も捨てて消えたと」
「まあ、そうらしいな」
「その後、父親は総合格闘技とキックボクシングジムの経営をしつつ、片親で両親の助けを得ながらあんたを育てた。――って言っても父親は酒とギャンブル、女に手を出し続け、借金を膨れ上がらせてるね。育児放棄気味で、実質教育をしたのは祖父母……」
うわっと苦虫を噛みつぶしたような目で紙を見るカーラ。
なんで初めて読んだみたいな反応なんだよ。
ちゃんと読んで記憶しておかないからミスを起こすんだろうが。
あと、普通に傷つくのでその反応は止めて下さい。
「――あ、でも祖父に剣術を習ってるじゃないか!?」
「ああ、祖父が剣術の師範免許を持ってたからな。――といっても、門下生が殆どいなくてなぁ。普段は週一でどっかの公民館借りて教えるような、廃れた剣術流派だったけど」
「――しかも、父親から格闘技も習ってる! 中学生の時には剣道とかいうので全国大会も制覇してるじゃないか! これはもう、戦士であり剣士って言っても良いよね!」
なんだか急にカーラの声が溌剌としてきた。
「良い訳あるか! ウチの剣術は居合いが中心で、型稽古と体裁きばかりだ。中学はまだそれで通用したけど、それ以上先は無理だった!――それに、ルールがあるスポーツと実戦は全然違うっつの! あんた、戦争舐めてんのか!?」
戦争のない平和な国からきた男に戦争なめんなと説教される『戦乙女』ってどうなの?
ぐぬぬって顔しても、黒は白にならないよ?
俺は戦場の『戦士』じゃなくて『企業戦士』だから。
「でも、でも君! たった1年間で中退してるクソ半端もんだけどさ、高校は陸上自衛隊の学校に行ってるじゃあないか! 自衛隊って、要は日本の戦士でしょ!?」
「半端者とか言うな! 家庭の事情で辞めざるを得なかったんだ!」
「はぁ、言い訳!?……父親がアルコールの過剰摂取で急死。その時、祖父母は既に他界。……相続拒否でジム処分や借金はなんとかなった。――しかし、父親が未納だった税金と闇金の督促が引っ切りなしに学校にまで届き、周囲の圧力で自主退学へと追い込まれる……うわぁ」
「うわぁじゃねぇ! なんだよ、その汚い物を見る目は! お前本当にちゃんと履歴読み込んでから俺の魂を選んだんだろうな!?」
「何言ってんの、君の良いところしか見てないよ。ボクは人の良いところを探せる素敵な女性なんだから!」
「怠けてる事実を美化して伝えるな! そんなんだから後輩に出世競争で負けるんだよ!」
「君はボクの触れちゃ行けない所に触れたね!? 世界中で1日にどれだけ人が死んでると思ってるのかな! 全部まともに見てたら、それだけでおばあちゃんになっちゃうでしょ!」
成る程、それは確かに。一理ある、のか?
自動振り分けシステムみたいなのありそうなもんだけど。
……というか、地獄行きの魂ってそんな多いのか?
簡単に天国に永久就職させてたら天国の人口密度もヤバい事になるって事か?
「ふぅ……。――んで、あんたは学校に通いながら貰える生徒手当じゃ限界があるって事で、金融業者に斡旋された企業へ強引に就職させられた、と」
「ああ、営業職で契約……した筈だったんだけどな」
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