第40話
「……この鉱山はかつて、他国との国境上にあったのよ。本来なら、対等に採掘権と警備兵を配備するべきで、出た報酬は山分け。――でも、国家間の利権争いはそんな単純じゃないわ」
悲しそうにニーナが言う。
「ニーナ……。領土を巡る紛争でもあったのか?」
「――なに!? 聞こえないわ!」
「もうさ! マスクをしてればそこまで臭いはしないんだから! もうちょい近づけよ!」
遠くから話していたニーナに、俺の声は届かなかったようだ。
ちょっと面倒癖ぇ!
「嫌よ! そう言っておいて、私が近づいたら吐くんでしょ!?」
「吐かねぇよ!」
「嘘つき! 私は信じないからね!」
「嘘じゃねぇよ! 本当は前みたく皆と話したいのに強がんなよ!」
俺の言葉にモジモジとしたニーナは――。
「そんなの、当たり前じゃない。本当は傍に居たいけど、でもその分……嫌がられたら辛いのよ?」
外側は猛獣みたいで人に畏怖を与える重装備の癖に、中身は弱々な可愛さを見せてきた。
何だろう、普段の凜々しさとのギャップ――ちょっとドキッとした。
「そうだよっ! ボクは鼻栓するから、安心して!」
「――ちょっ、カーラ教官!」
「教官ダメですよっ。――ああ、折角近づきかけていたのに……ニーナさんがまた遠くへっ!」
……夕陽ってさ、涙を良く反射するよね。
ごめんな、ニーナ。
「――仕方ない、食糧にも余裕が無いし、坑道へ入るぞっ!」
大声で叫びながら、鉱山へ入ろうと近づく。
先頭は『盾職』のニーナ、次に『企業戦士』の俺、『槍使いの戦乙女』カーラ、『プリースト』のハンネ、『謎の存在』マリエと言った隊列だ。
何かもう、改めて見るとバランスが良いのかよく分からないパーティだ。
心の壁で結界が自動発動するのを防ぎ、極力俺とマリエを離した布陣だが――。
「――危ない、みんな屈んで!」
ニーナが鉱山を睨みながら大きな盾を構える。
次の瞬間、横殴りの雨のような矢が降り注ぎ、ニーナの盾に吸い込まれるように当たっている。
矢がカンカンと中る音がしては、全て跳ね返している。
「さすが、常態デコイだねニーナ! 見事な囮だよ!」
「お前は人として最悪だ! そこは『助けてくれてありがとう』だろう!」
だが、盾とて大きさは限界がある。
精々2人が隠れられば良い程度の大きさな訳で――。
「マリエ、結界を発動してくれ! 二手に分かれて集中攻撃をやり過ごしながら近づくぞ!」
「あ、暁さん――わかりました!――結界!」
結界の中には中衛から後衛の女性陣3人。
盾の後ろには道を切り開く前衛のニーナと俺が――。
「――あうちっ!」
「暁!? 大丈夫!?」
盾によって軌道が変わった矢の1本が――俺の足に刺さった!
「痛い、マジメッチャ痛い……っ!」
畜生、なんて不運だよ!
「畜生、これがカーラがつけた〈ギフテック〉『不運体質』っていうやつの呪いか!」
「なんでだよ! 生前の暁の行いだよ、ボクは知らないよ! あとギフテックは恩恵だから、呪いとか言わないでよ!」
「――暁さんっ!」
心配したマリエが涙目で回復しようと近づいてくるが――。
「ふんご……っ!」
心の壁という結界でボールのように弾き飛ばされる。
そして坑道の奥へ吹き飛びそうな俺の身体を――。
「暁、そっちに吹き飛ばされちゃダメよ!――奥には敵がいるわ!」
「アバババっ!」
盾を持つニーナが結界から離れないように押しつけている。
後頭部を横斜め前から押しつけて、結界方向へグイグイと。
「うわ……。あんた、顔ヤバ。――キュア」
中から見れば相当やばくて気味が悪い顔をしてるでしょうね、そうでしょうね!
痛みに加えてさ、結界の電流で顔の筋肉が忙しなく動き回ってるだろうからねぇ!
「暁、今の君の顔、ボクの目で撮影してヴァルハラに送っておいたから。もし死んでヴァルハラに帰る事になったら、客観的に見られるよ!」
カーラがこんな状況なのに腹を抱えて笑っている。
――こいつ、マジで腹立つ!
「ニ……ナっ! マヴィエッ!――ヅッゴベ!」
呼吸や発声を行う筋肉にも勝手に電流が流れていて、上手く声が出なかったが――ニーナとは連日の訓練で、マリエは『読心魔法』とやらで正確に意図を察してくれたのだろう。
「いくわよ!」
「――はい! 着いてきて下さいね、2人とも」
俺を結界に押しつけたまま、盾とランスを構えたニーナとマリエが坑道を並走する。
「は、え?――ちょっと待ってよ!?」
1人作戦が理解出来なかったカーラが置いてけぼりだが――。
「うぎゃぁあああッ……!!」
「あばばばばばッ……っ」
ランスを構えた盾の突進、そして心を許さぬ者の結界によって吹き飛ばされていくのは――緑色のゴブリン達だ。
ついでに言うと、俺も結界にへばりつけられて痺れてダメージ負ってるんだけどね。
でも、ここが世界で1番安全なのかも知れない……。
だって、目の前に結界、斜め前には硬い盾職。うわぁ……包み込まれてるぅ。
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