第14話
「あれは、まさかニーナ……?」
特徴的なスレンダーボディに赤髪。間違いようがない。
ニーナは猫を優しく胸に抱くと、傘をさしながら何処かに歩いて行く。
「どこに行くんだろう……?」
どうしても気になった俺は再び寮を出て、彼女を追いかけた。
寮の入口の警備員は半裸だった俺が着衣を整え、再び自主練に行くとでも思ったのか。
特に何も声をかけてこなかった。――まず半裸の事で問い詰めれなかったのが奇跡だ。
「この世界って、半裸は普通なのかな……?」
ニーナに気付かれないよう注意しつつ、俺は彼女を追った。
「――いや、この家はヤバいって……っ。城かよ……っ」
そうして徒歩5分もしない所にそびえ立つ豪邸内に彼女は入ろうとしている。
こんな夜中に……。学生が私有地への立ち入りをする事は規則違反だ。
そして営業でもそうだったが、夜は在宅率は高いものの不審がられて営業成功率は極端に下がる。猫の里親が見つかるとは思えなかったが――。
「――え?」
彼女は門の鍵を開け、僅か数分後には再び門を出てきた。
「ニーナ、だけ……?」
抱えていた猫の姿はない。出てきたのは、傘をさす彼女のみだ。
猫はどうしたのか聞きたいが――街角から盗み見ている俺は何も声をかけられない。
壁にへばりつくように隠れる俺の横をニーナが通り過ぎようとしている。
ヤバい。ストーカー扱いされる。――ってか多分、バレたら殺される。
今更、ずっと見ていましたなんて言えるはずもなく――。
「――私の家で大人しくしてくれるといいんだけど……。猫は環境の変化に弱いし」
その言葉で全てを悟った。
ニーナは、自分を貴族だと言っていた。
あの豪邸はニーナの生家で、彼女は全て見ていたのだ。
校門前で雨に降られて震える猫を……。俺がした行動も含めて。
俺はつい、へばりついた壁から顔を出して――彼女の横顔を見てしまった。
雨の中でもハッキリと見える――その儚げな笑みを。
「必ずしてみせるわ。――猫が捨てられることもない、平和で豊かな社会に」
この子は、こんなにも優しく笑う子だったのか……。
「――……」
俺は自分を強く恥じた。
ニーナは気が強く、俺への扱いもぞんざいだし無自覚に人を傷つけるタイプだと思っていた。
なんならいじめっ子だったり、狂犬とか猛獣とか野犬とか犯罪者予備軍と呼ばれるタイプの、気性が荒い人間だと思っていた。
でも違うんだ。
本当は、とても優しくて――ただ不器用な人だったのだ。
自分の事で手一杯で、不慣れな地で怖くて。ミクロ視点に――考えが極端に狭くなっていた。
ニーナという人物の全体像を、俺は把握しようともしていなかった。
必ず平和な世を取り戻すという熱意が、彼女の気の強い印象に繋がっていただけだったのだ。
ニーナが寮に戻っていく中、俺は傘もささず、ずぶ濡れになりながら立ち尽くしていた。
「――人を見る目がないな、俺は……」
俺は不良がちょっと良い事をしたからって、やたらチヤホヤされる『物語のお約束』みたいな展開が大嫌いだ。
普段から真面目にやっている人の方が、ズッと偉いに決まっている。
同じギャップなら、普段から真面目な人がたまに見せるダメな部分の方が余程いい。
「――それでも、それでもさ……」
ちょっとだけ、この世界で魔神を倒せるようにならねばならない理由が増えた。
「物語のお約束みたいな話、だけどさ……。それでも、自分にできなかった善行をしている人を見て、しかもその人は自分より悪い事をする人だと思ってたら――実は違った。そのギャップで心奪われて、『あんな人になりたい』って思うのは、魅力を感じるのは――普通なんだ」
居ても立ってもいられず、俺は修練場に戻り雨の中で深夜の訓練を再開した――。
「――いつか、あんな格好良い人になりたい……っ」
手足の皮が擦り剥け、関節や筋肉が痛んでも――赤い髪をした彼女へ近づきたい。
その感情が、身体を勝手に動かした――。
修練に明け暮れる日々を過ごす中、大きな変化が訪れたのは――カーラが課外授業をすると言い出してから1週間が過ぎた早朝だった。
「――砦への輸送準備が整ったそうだよ。――じゃあ行ってらっしゃい!」
与えられた寮の自室で寝ていた俺を叩き起こしたカーラは、言いたいことだけ言ってさっさと姿を消した。
「ふぁあああ……。二度寝って最高だよね」
殴りたい。
――有無を言わさず行動が始まり、今は砦への街道を輸送隊、そしてニーナと一緒に歩いている。
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