第13話

「――報酬? ああ、それなら課外授業とかで出る実践だとか、民間依頼を受ければ通貨のガルズが貰えるよ。支給される手当じゃ仕送り額が足りないとか、良い武器が欲しい子は率先して受けるらしいね」


 金銭的な問題はどうすればいいのか、カーラに尋ねるとあっさりとそんな事を言ってきた。


「つまり、訓練を受けてるだけじゃ……まともなガルズは貰えないって事か?」

「そりゃそうでしょ。王立学園で授業費や食費が無料、更にお小遣い程度でも学生がお金貰えるってだけでも感謝してくれないかな」

「だって俺、今はまだ支給日まえだから――1ガルズもないんだぞ? こんだけ――夜も労働してんのに! 月末締めで翌月支払いはキツいって!」


 そう、日が沈み夜になっても俺は重い鎧を纏いながら走って、仮想の敵に向かって剣を抜刀、何度か型稽古を挟みまた走るを繰り返していた。

 たまに何処からか教官が見ているのか、視線を感じるからサボれない。

 教官も早く寝ろよ。どこもかしこもブラックだな。

 そんな俺を退屈そうに眺めているのがカーラだ。

 スーツは動きにくかったのか、汚れてクリーニングに出す事を嫌がったのか。

 この世界の衣服に着替えていた。グレーのシャツに濃紺のワイドパンツと随分動きやすそうだ。

 必死に訓練する俺を見ながら、その辺に生えてる草花を見ている。


「はぁ……。暁、あんた学生時代に自主的に勉強したらその分、お金を貰えたの?――労働契約して、ノルマ達成とか会社の利益に貢献するから対価はもらえるんだよ?」

「そうだったな、学生じゃなくなって久しくて……忘れてたよ!」

「――あ、4つ葉発見! ラッキー!」

「てめぇ、俺がこんな目にあってる中で4つ葉のクローバー探してやがったのか!?」

 俺だってこの世界でノルマを達成して、天国というホワイト企業に終身雇用されたいから必死にやってるのに!

「ふん、別にいいじゃないか。――あ、雨降ってきた。それじゃ、ボクは目的を達成したし寝るね」

「ねぇ、お前の目的ってそんな事だったの!?」

「様子見も兼ねてだよ。風邪引かないように気をつけてね! 皆勤手当もらえなくなるからね」

「カーラは、いつかぶっ飛ばす!」

「残念でした! 暁が女性にだけは手をあげない性格だって、ボクは知ってるから!」


 ヘルヘイム、いや地獄に居るであろう親父。

 ごめん、俺はいつか親父の唯一まともな教え――『筋力に優れた男は女性を護れ、泣かせるな』を破るかもしれん。

 ――そして、さすがに教官が不定期に監視する視線も無くなった深夜、男子寮にも女子寮にも既に人気がない中での事だった。


「……にゃあ」


 修練場から寮まで帰るには、一度学外に出て校門前を通らなければならない。

 修練場はスペースと利用者の関係上、普段使う校舎や寮のある敷地外にあるからだ。

 大学の野球部やサッカー部の練習場が少し離れた場所にあるのと同じだと思う。

 そして雨が降る中――校門の外には段ボールに入れられ、捨てられた子猫がいた。


「――……お前、誰かに捨てられちゃったのか?」


 猫は寒さに震えていた。

 ……人間だけでも食べていくのが厳しいらしい世界だ。

 きっと、子猫が産まれ――餌を用意できなくなったり飼えなくなったのだろう。

 現代日本と違い、猫の避妊手術などはないんだろう。


「……この学園には富裕層が多いらしいな。だからここに、かな……」


 今日、生徒達の会話からでも生活に余裕があるのは伝わってきた。

 本当に金銭的に切羽詰まった人間と、金銭的余裕がある人間では佇まいや喋り方の焦燥感などが違うんだ。

 これは営業でどこまで値段交渉できるかで身についたスキルだ。

 この学園にはエリートが通うらしいし、金銭的余裕がある人物が比較的多いのは納得できる。

 幼少期から一流の教育を受けた人が難関校に受かりやすい傾向にあるのと同様だ。

 きっと、この校門前に猫を捨てた人は、この学園に通う富裕層に拾って貰えることを望んだのだろう。

 せめてもの贖罪にと思ったのかもしれない。……人間の身勝手には違いないが。


「……ごめんな。寮ってさ、動物は禁止らしいんだ」


 俺は羽織っていた衣服を猫の入っている段ボールに敷き詰め、濡れない場所に運んだ。

 校門前に建つ、如何にも金持ちですという家の軒下だ。

 私有地へ許可無しで立ち入るのは違反行為だが――こんな深夜に見ている人もいないだろう。


「……身勝手に親から離されたり、捨てられたり。辛いよな……」


 行き場もなく、社会や人の都合でいいようにされる猫に感情移入してしまった。

 撫でていると、震える小さな猫と離れたくなくなる。

 しかしこんな深夜にアポ無しで家を巡っても――誰か飼ってくれる人を見つけられるとは思えない。

 せめて今夜だけでも俺の寮室に連れ込めば――。


「いや……。寮の入口には警備員が常にいる。バレずには、連れ込めないな……」


 胸が苦しい。だが、どうにも出来ない。

 ――生き物を飼うのは、人を雇用するのと同様だ。

 その動物、その人の一生や生活を守れるようにしなければならない責任が伴う。

 寮の規則やマニュアルを破って『捨てろ』と命令されたり、今から適当な気持ちで飼ってくれる人を無理矢理見つけて――そんな一時の感情で決めて良いものじゃない。


「ごめんな……。明日、朝一に来るからな。カーラとか秘書さんとか、なんとか伝手を頼るから。ちゃんと飼ってくれる人を探すから……。だから、今夜だけ寒さに耐えてな?」


 俺はもう1枚、上着を段ボールの上からかぶせた。

 これで雨にも濡れないし、風も入ってこなくなった。いくらか寒さは和らぐはずだ。

 後ろ髪ひかれる思いがあるが――朝一番で教官室へ交渉に行こう。

 そう決めて寮の自室に戻る。

 上半身は既に裸で、重量的には軽い筈なのに――鎧を纏っているように足取りが重い。


「――……ん? あれは……」


 半裸のまま部屋に帰り、新しく上着を羽織りつつ窓から猫のいる軒下を見ると――。

 綺麗なワンピースの私服を着た一人の女性が校門から出て――件の猫を撫でていた。

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