第45話
「ききき、貴様……っ。精神は肉体を凌駕する事がある! 科学者とは、表面上の『辛い』だの『疲れた』だのといった言葉1つに、踊らされるべきではないのだ! 心も精神も、鉄や鋼と同じ! ある程度叩いてストレスをかけ、強くせねばならんのだ!」
「はい、出ましたよ精神論者ッ! 心や精神はストレスかけて鍛えれば強くなるんじゃねぇ! ストレスかけると目減りする資産なんだよ! テメェ見てぇな人の気持ちも解らない体育会系の奴がなぁ、パワハラを繰り返して人の人生も自律神経もぶっ壊すんだよ!」
「減らず口を……この若造が! 社会の荒波を越えて行くのが、生きるという事だ! 簡単に辛いなどと音を上げる軟弱者は、叩き直さねばならんのだっ! 叩いた方が良いか、叩かぬ方が良いかの比較検討はまだ済んでいないが……。叩いても辛いなどと抜かす輩は、辛くない心身に改造してやればいい!」
「ちゃんと比較検討してから言えよ、それでも科学者かパワハラ白衣! テメェみたいに狂ったサイコパスがな、掃除用のモップを『これ、日本そばだから。食えるから』とか言ってくるんだよ! うちの職場にもいたよ、バッカじゃねぇの!?」
「それこそ、データでは無く言葉に踊らされる愚か者が――」
「――言葉で踊らされるとか格好付ける前に、目の前の客観的事実を見ろ、クソ上司! テメェの部下である作業員さん達の目の下、何がありますかぁ!? 隈が出来てるっていう事実を見てから出直してこい! 狂気のクソ管理者がっ!」
「ぐぬぬ……っ!」
シムラクルムとやらは丸焼きにされている最中のように顔を真っ赤にして、不機嫌そうに白衣をバサッと翻し――。
「――ふんっ、貴様は貴重な『救世主』という被検体だ! 侵入者を始末し、研究計画が立つまで好きに吠えておるといいっ!」
ディスカッションで勝てないと思ったのか、立ち去ろうとしている。
「見ろよ、あいつ口で勝てないからって逃げたぜ? あれで狂気のマッドサイエンティストを名乗るとか、ダサいなぁ」
「局長って、昔からそうなんだよ。自分が不利になるとすぐ自室に籠もるんだよ。……あの白衣のバサッとかもさ、格好良いと思ってるのかな?」
「――黙って培養液に浸かっていろ! いずれ従順な生物兵器に開発してくれるわっ!」
捨て台詞を吐いて個室へと入っていった。
シムラクルムにバレないよう俺に小さく拍手をしている研究員達は、早く解放してあげたい。
「……君の名前は暁くん、だっけ?」
「ああ、そうです。君――いえ、あなたは?」
「あはは……。随分長く、いじくられたからね。僕は名前なんて……もう、思い出せないんだ」
「あ……すいません」
そうか。数百年、非人道的な実験を受けているのだ。
自身の名前を忘れていても不思議じゃないか。
「いいよ。こんな広い培養液の中、たった2人なんだ。敬語なんて無しに、気楽にいこうよ。いやぁ、僕も昔は暁くんみたいに激しい性格だったと思うんだけどさ……。過酷な労働とか、大切な人の為にって我慢を強いられる環境で、すっかり牙抜かれちゃったみたいなんだ」
「やはり環境面は大切ですよね。……実は俺も生前は真面目な事が取り柄だったんすけど、ここの世界に変なエージェントと派剣されてから、すっかりクズに染まっちゃって……。やっぱり、環境って人を変えますよね」
「解るよぉ。気付いたら歪んでいくんだよね」
「そうなんすよ。俺の世界では心を亡くすと書いて忙しいって読むんすよ」
「ああ、成る程ね。その字を考えた人は天才だね」
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