第44話

「うおっ!? 足……は、つくな」


 ギリギリ足が着いた。というか、水より浮力が強いのか、跳ねると暫く底につかない。

 ガラス越しに見下ろすと――ディスプレイらしき物を見ながら狂ったように笑う白衣姿の男。

 目には丸眼鏡、頭からは山羊の角、興奮して出る舌先は蛇のように枝分かれしていた――だが、身体はオークのように肥え太り、二重顎が目立つ。

 傍にはくたびれた白衣を身に着けた人とコウモリが混じったような研究員達が沢山。

 誰もが暗い表情で目の下に隈を作って痩せこけている。


「――おお、目が覚めたか、この世ならざる場所から来た『救世主』よッ!」

「な、なんだお前!?」

「我こそは8人いる魔神軍幹部の1人、生物兵器開発局局長『シムラクルム』、狂気のシムラクルムだ!」

「いや、開発ってか……厨二病患者側だろ」


 肥満体型で白衣を翻しながら言う言葉は、狂気のマッドサイエンティストに憧れて真似している痛い奴にしかみえない。


「ふ……何とでも呼ぶが良い。貴様の血液データをみたが、貴様はこの世界にある全人類の遺伝子配列と一致しない、かといって魔神軍ともモンスターとも違う! あとはその培養液から貴様の細胞をイジりたい放題、実に楽しみだ!」

「お前……まさか本当に頭いいのか、その顔で!?――そのディスプレイといい、オーバーテクノロジーだろ……。お前、二重顎の癖に、頭良いのか!」

「顔と二重顎は知力と相関しないッ!……そうだな、貴様と最も近い遺伝子配列を持つ生物は――『ゴリラ』と呼ばれる動物だ」

「誰がゴリラだこの野郎。脂多めのくせに」

「――お? その反応、貴様の世界にもゴリラがいるのか?」


 意外そうな顔を浮かべるシムラクルムに、一々イラッとくる。

 人を馬車馬のようにこき使い、日々痩せ痩けていく社員を眺めながら、自分は日々肥えていった前世の社長を思い出す。


「だが喜べ、この世界で最も貴様に近い存在を――つい先程創ったぞ! 最早、読み取り誤差と言うほどに近いキメラが――そいつだ!」

「……やぁ」

「ぎゃぁあああああッ!!」


 培養液の上を歩いて現れ、手を差し伸べてきたのは――どう考えても人間にしか見えない。

 というか、嫌だ……。

 この子、メッチャイケメンなんだけど。

 顔がお茶目で可愛いし、王子様みたくキラキラしてる。――キラキラしてる理由が分かった。

 ショタッ子に多種多様な鉱石が埋められた肌、吐く息からは冷凍庫のような冷気が出てきていて、それがドライアイスの演出のように感じるのだ。


「その男は私の実験用モルモットだ! 元々は優秀な我が研究員だったのだが――ある日、退職願などを出してきおってなぁ」

「いやぁ……。僕さ、初めての就職先がここだったんだ。……でも、家族と子供ができたからさ。泊まり込みばかりじゃなく、定時で帰れるところに転職したくて……」

「我が偉大なる研究を持ち出すリスクのある者を、逃がす訳がなかろう! 情報が漏洩したらどうする!? 数多のモンスターや鉱石の特性を交え、肉体の若返りにも成功したキメラだ!――先程、貴様の遺伝子配列へ無理矢理近づけてもビクともしなかった! おかげで貴重なサンプルが取れるというものだ!――不老の軍団を作り出せる日も、そう遠くないぞっ!」

「――ってな感じで……。もう数百年になるんだよね。はぁ、もうひ孫どころか玄孫までいるらしいんだよなぁ。なんか、僕は裏切りの大罪人で人質にとられた事になってるらしいし。……僕の人生、ずっとついてなかったよ……」


 何だろう、何百年と生きていて玄孫までいるショタってのも微妙だな。


「……何か、その報われない感じとか――あなたは俺と同じ匂いを感じますよ」

「君もかい? 実は俺も、君から自分と近しい匂いを感じるんだ。……今の僕の外観ってさ、ちゃんと君みたいな人間になれてるかな?」

「いやぁ……。完全に上位互換です」

「ふぁはははッ! それは私の研究で貴様等の遺伝子配列を――」

「――うっせぇ豚管理者! お前1人で肥え太りやがって! 魔神軍幹部だかなんだか知らねぇけどよ、テメェも管理者なら周りの奴らの疲労も管理しろッ! 不老の研究より不労の管理しろボケ!」

「な……豚」


 俺の暴言に唖然と口を開くシムラクルム。

 逆に力ない瞳を『おっ?』とこちらに向けてきたのは、傍で作業をしていた研究員達だ。


「退職希望者を被検体にするとか、労働基準法どころか人権すら守ってねぇじゃねぇか! 周りの人達の疲れた顔を見ろ! 良い仕事は、体調も良くなきゃできねぇんだよ! テメェの我が儘に周りを巻き込むな! 周りの人達の隈も見ねぇで、高い目標ばっか見てんじゃねぇぞ、狂気の管理者が!」

「おお、良い事言うなぁ」


 隣でショタキメラが感動している。

 研究員達の中にも、バレないように涙を白衣で拭いている人達がいる。

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