第49話
「そもそもこの世界の人間ではない男! そしてあり得ない進化を遂げている元プリーストの謎に満ちた女や、力なき神聖さを持つ女に臭い女! こやつらを解析し、狭い培養プール内で1つに組み合わせれば、一体どんな生物兵器が誕生するのか……っ。まだ予測も付かん!――ああ、私はもう……っ。知的好奇心が止められない!」
凄まじく楽しそうに胸を押さえ、頬を紅潮させているシムラクルムは――正しく狂気の存在だ。だが、それ故に俺は過ちを指摘せずにはいられない。
「――狂気のマッドサイエンティストだかなんだか知らねぇけどな。1つの小さな培養プールに俺とマリエ達を押し込むだって?――はっ。研究計画書も立ててない、浅はかな思いつきを軽々しく口にしやがって。……止めときな。死ぬぞ?」
「……ほう、救世主よ。君は仮にも魔神軍幹部である私に、実に興味深い事を言うなぁ。――だれが死ぬと?」
丸眼鏡の奥から剣呑な眼差しを向けてくるシムラクルムを睨み返す。
重く響くような声で、俺は言い切る――。
「――俺だ」
「貴様か!? ここは私だと凄む所だろうが、そんな重々しく宣言する意味が分からん!」
普通に考えてさ、マリエと狭い培養液内で1つになるために近づくとか……俺が死ぬに決まってるだろ。常識的に考えてさ。
何言ってんだこいつ、意味分かれよ。やっぱ馬鹿か?
シムラクルムは付き合っていられないとばかりにハンネへ視線を戻した。
「――さあ、女よ! 侵入者を殺せ。大丈夫、案ずるな! 死後直ぐに冷凍すれば、私の考える実験に支障は来さない!」
「ひっ……や、やめて」
首筋にナイフを突きつけられているカーラが悲鳴をあげた。
確かに、今のこの姿勢だと――1番最初にやられるのはカーラだ。
だが、人質であるカーラが死ねば――おそらく武闘派のニーナが黙っていないだろう。
カーラ……。ヴァルハラでまた会おう。
「――シムラクルム様、御願いがあります」
「んん……?」
ハンネの言葉に、愉快そうだったシムラクルムが訝しげな表情を浮かべてクルクルと歩き回る足を止めた。
「カーラ教官を仕留めるのは構いません」
「ねぇハンネちゃん! ボクに酷くないかな!?」
「――でも、マリエだけは……どうか見逃してはいただけませんか?……彼女はもはやフレイアを信仰しておりません。エミュレッタとかいう謎の神を信仰した結果、プリーストとしての力も天啓レベルも訳が解らなくなっています。フレイアに敵対する魔神軍にとって、危険はありません。いえ、それどころか味方にできます。……それに、私にとってはもう――彼女も家族なんです!」
「ハンネ……っ」
マリエの瞳に涙が浮かんだ。
そう、俺だって知っている。2人は――基本的にいつでも一緒だった。
過去にハンネが夫と家庭を持ち絆をもっていたとしても――姉妹の絆だって劣らず強いのだ。
「ハ……ッ。くだらない! 実に面白くない。やはり、私を裏切る者の一族は何代経とうが変わらぬか!――許さぬ、全員殺せ! 職を失い、夫へ住宅ローンの負債が全てかかってもよいのか!?」
「シムラクルム様……」
唇を噛んで血を流すハンネ。
何代にも渡り迫害を受けてきた彼女は――仕事を果たせば、やっと自分の代でそれを終わらせられる。しかし、大切な人を裏切りたくない。夫も、義妹も。
そんな葛藤で震えていた。
「――そうか。やはり、あの子は……」
「キメラさん……?」
隣で呟くキメラさんの声が、震えていた。
「早くやれ、女ッ!」
シムラクルムの声が響く。
上司命令、刃向かえば住宅ローンや負債は全て働けない心身状態の夫へ請求が行く。
それどころか唯一苦しい自分を助けてくれた、愛する者が村八分にもなるという最悪さ。
かといって義妹のようなマリエも裏切れない
どう動いても正解がない中で――遂に、ハンネは涙を流した。
「あ……涙?」
辛すぎる境遇のハンネの涙を見たとき、クズの親父が残した唯一まともな教えを思い出した。
『筋力に腕力に優れた男は女性を護れ、泣かせるな』。
その言葉を思い出した時、居ても立ってもいられなくなった。
培養液の入った強化ガラスケースの中から大人しく見ているだけだったが――内心、俺の我慢も限界だった。
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