第17話

「あ、暁! 生きてたね!」

「カーラ……。お前も援軍に混じって来たのか」

「まぁね。いやぁ……だって、ボクが行けって命じた課外授業指令だし。学園長が行けってさ……」


 カーラが降りてきた時の洗脳って、もう解けたのかな。

 その言われよう、当初の信頼とか消え失せてるような。

 ――いや、カーラの普段からの行いで上書きされてるんだろうなぁ……。


「おお、二人ともカーラ教官の生徒でしたな。――では、生徒を迎えに参りましょう」

「え?」


 俺は震えた声を出した。

 冷や汗を流す俺を引き連れ、騎士殿は地下の食料庫に向かっていき――扉を開けてしまった。

 封は開かれた――。


「――くっ……さっ。おぇえええええ……っ!」

「ぐっ………っ」


 カーラは扉を開くなり漂ってきた臭気で即座に嘔吐。

 騎士殿もぐらついたが、踏みとどまった。

 この強烈な臭いの前に膝を折らないとは……。

 さすがは誇り高き騎士殿です。


「――ん? 遂に救援が来たのねっ! カーラ教官に騎士殿ね!」

「は、この度は砦、守護にニーナど……゙ぅ゙ゔお゙お゙ぇ゙え゙え゙え゙え゙え……ッ!」


 缶詰の中身をいつも通り食べていたニーナが嬉しそうに近づくと同時、騎士も嘔吐して意識を失った。なんか地面でカツオのようにビクビクと痙攣している。

 うん、膝は折ってない。硬直だろうか、それとも痙攣かな。ピンと伸びてるよ。

 ……騎士の誇り見たぜ、あんた立派だよ。きっと名前も折れてないさ。


「く……っ! なんでみんな私が近づくと吐くのよ!?」

「ニーナがシュールストレミングしか食わなくて、めちゃくちゃ臭いからだよ。――じゃ、帰る支度しようか、また後でな!」


 俺はニーナと誇り高き騎士殿を置き去りに、未だにオエオエしている戦乙女を連れて屋外に出た。外の空気を吸い、やっと少し落ち着いてきたのか――カーラは苦しげに聞いてきた。


「どういう事?……ニーナに、何があったの?」

「……あの貴族のお嬢様さ、どういう事かシュールストレミングにハマっちゃったんだよ。最初は強がりだったみたいだけど……『この酸っぱさがいい』とか言って」

「シュールストレミングって、世界一臭いって食べ物だよね?」

「そう。……で、ずっとシュールストレミングしか食べなくなった結果――体臭も口臭もああなった。……気付けばさ、魔神軍の敵がニーナしか見なくなって。それで砦を護れたって訳なんだ」


 そう。敵襲がある度、砦の外に出たニーナ目がけ――敵は攻撃を集中させた。

 もう砦なんてお構いなしに。

 盾職らしく敵の攻撃を受けようと突っ込めば、密着された敵は気絶する。

 そりゃそうだよな。

 まともに歯磨きもできない環境で、ずっとシュールストレミングを食べ続けている奴の口臭なんだから。


「――全く、2人とも置いていくなんて」

「ふが……っ」


 階段を駆け上がり、砦の屋上にまで寄って来たニーナの臭いに――カーラは鼻を摘まんだ。


「……〈ギフテック〉、デコイが身についてる、ね……。常時発動型……。しかも、もう1個新たなギフテックの誕生する臭いが……」


 その言葉を最後に、カーラも地に伏した。


「……その鼻、曲がってねぇだろうな。ここまでしてやっぱギフテック産まれませんでしたとか、ニーナが報われなすぎるぞ?」


 俺は嗅覚疲労なのか、もうだいぶ慣れたけど……やっぱ最初はキツいよなぁ。

 体臭で倒れられるとか、いくら獅子みたいな勇猛さのニーナでもショックを受けるだろうなぁと思ってニーナを見ると――。


「……暁。私は、そんなに臭いの? 近づくとみんなこんなで……さすがに、傷つくわ」


 赤獅子のように凜々しかった姿が嘘のように、涙目で唇を噛んで震えていた。


「……取り敢えず、帰ったら風呂と歯磨き――歯削りしまくろう。紙やすり買ってやるからな」


 その言葉だけで十分だったのだろう。


「うう……っ。帰る……っ」


 ニーナは涙目になり、急いで帰り支度をしようと走り出していった。


「背中で泣いてたな……。ニーナ、あんたは男前だよ」


 俺はもう、零れる涙が止められなかった。


「……なあ、カーラ。これ、ニーナを強くする為のOFFーJT――課外研修ノルマだったよな? ぶっちゃけさ、前の方がまともに連携もとれて、強かったんじゃね?」

「やめて、質問しないで。今は、何も考えられないから……」


 俺この先、大丈夫なのかな――。

 帰り道、カーラは盾職にも関わらず集団の最後方――風下にいてもらい、無事にウェルテクス王国王都へと辿り着いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る